47,開戦
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帝国側の動きを警戒する日が続く。
騎士たちに鍛錬をつけ、会議を重ねる。わたしたちの到着から四日後には後続隊が到着。バートハート師団長とボルダッツ師団長も警戒と会議に加わる。
ロドルス国の騎士たちは、ファルダ国の騎士に対して見て分かるように二つに割れた。
もとより辺境領で暮らす国境兵たちやギルベールを間に言葉を交わした第九師団の面々は、親しげまたは獣人という種族をとくに気にしない。対して後続隊としてやってきた第二、第三師団は、獣人と言葉を交わそうともしないし、避けている。こそこそ話をしたって獣人の耳には丸聞こえだ。恐らく解ってない。
種族の違いか、それとも守護獣という存在の有無か。ギルベールを見ているとそう考えてしまう。
ボルダッツ師団長は会議に参加しつつも、「我々は滞りなく物資を搬入する! そちらに集中するからな!」と会議以外では後方に下がっている。まあ、いいだろう。物資が切れれば困るのは事実だし、あのぽよんとしたお腹では戦場で動けるとは思えない。精々、第三師団の騎士たちに頑張ってもらおう。
バートハート師団長はギルベールやオスカーと会議を重ね、獣人たちとも情報交換やちょっとしたコミュニケーションも図っているようだ。ギルベールという存在が傍におらずとも、獣人たちも徐々に当たり障りない会話をするようになった。
ギルベールは、わたしにファルダ国の騎士たちとの時間を与えようと思っているのか、獣人たちの会話の折に突然いなくなったりする。
心遣いは嬉しいけれど、わたしがあまりファルダ国側と仲良くしているとなにを思われるか分かったものじゃない。適度な距離というのが大事だ。難しい。
準備を着実に整えていると、相手側の情報も入ってくる。
大将ドゥーラが戦支度を進めており、帝国兵たちの動きが活発化しているらしい。今のところ増援の様子はない。
こちらも着実に準備を進める。騎士たちの緊張も張りつめる。
そして朝。――両軍が対峙した。
砦を後ろに軍が構える。ファルダ国騎士を含めておよそ三万にまで膨れたロドルス国軍は、前軍にギルベールとディザルバ、中軍にバートハート師団長、後軍にボルダッツ師団長が控えている。
とはいえ、ギルベールが言うには「ボルダッツ殿はあまり期待できない。第三師団をもう少し前に出すつもりだったんだが…」とのことだから、使えるのは中軍までだろう。
帝国軍もおよそ同数が揃っている。互いに負傷兵が出ているから、あまり数の有利というものは出ない。
(あれが四人の隊長格か……。装備から見てあれがドゥーラか。あの陣形ならばギルベールが相手をできそうだ)
両軍が睨み合うのを上空から見下ろす。相手の状況を観察するという名目で浮遊しているわたしは、それを終えて自分の馬のもとへ落ちた。
わたしの席はギルベールの隣だ。必然前軍なのだが心配はないし不安もない。ギルベールとだけはぎりぎりまで前後論争を交わしたけれど。
「風の力はそんなふうにも使えるのか」
「自身の守護獣の力であるなら空中移動もできるだろう。わたしは借りているから浮くのがせいぜいだが」
「獣人の力の一端か……。それでもすごいだろう。そういう使い方をしている者は見たことがない」
「浮くというのもそれなりの力がいるからな。――それより、あちらは突撃してくるつもりだろう。君がドゥーラと対することになりそうだ。傍に隊長格らしい男がいたから、その相手はわたしがしよう」
「……」
「さっさと終わらせて君の援護に入るから、心配いらない」
「そういう心配ではないんだが……」
ギルベールは息を吐くと、その表情を切り替えた。その面差しにわたしも口端が上がって前を見る。
そしてその眼差しのまま、後ろに控える騎士たちを見た。
「俺たちは今、この身で国を脅かす危機と対峙している。それぞれが抱く感情があるだろう。――だが、前方にも後方にも、恐怖があるのだと知れ」
「……」
恐怖を抱く目も、震える拳も、信じる目も。すべてがギルベールを見て、その言葉に耳を傾ける。
後ろに多勢の命を預かり、言葉のひとつに重くのしかかる責任。それでもギルベールは背筋を伸ばして、言葉を続ける。
「死ぬのは恐い。家族を失うのも恐い。それでも今ここに立つおまえたちを、俺は誇りに思う。犠牲ない勝利はない。だが――俺がそれを最少にさせる。前に進め。さすれば俺が、おまえたちを勝利へと導く!」
剣を掲げ、その声は、強く揺るがぬものとして、前軍にて響く。
戦場にて有用な力である守護獣。それを持たない男の言葉。それでもそこには揺るがぬ自信と覚悟がある。そこまでそれを感じさせる、その存在感。
「全員、俺に続け!」
「「「うおおぉぉぉぉっ!」」」
響く鬨の声。背筋が震えるのは久方の感覚だ。
「ファルダ国の騎士たちよ。貴君らの国に敵を近づけぬためにも、共に勝利を!」
「おうよ! 強者が勝つ! 大陸有数の強者を有する俺らに負けはねえ!」
「「「おおおぉぉぉっ!」」」
ファルダ国もまたオスカーが突き上げる拳と同じように拳を掲げる。
それを見つめ、ギルベールは身を翻す。
「出陣だ」
戦場は主に三カ所に分かれた。相手と激突する中央軍と、相手を挟む右翼と左翼。中央ではギルベールとわたし、ファルダ国の騎士を含めた第九師団と国境兵。右翼と左翼はディザルバとオスカーが率いている。
兵たちは当然に守護獣の力を行使する。火を発生させ、水を操り、風をまとう。それには守護獣の力で対処するのが一般的であるけれど、ギルベールは違う。
一切勢いを殺さず、守護獣の主を狙って剣を振る。時には主を守る守護獣もいるが、ギルベールの剣は守護獣を斬ることはできない。
守護獣に対処できるのは守護獣だけ。
ギルベールには、どちらもない。
だけど守護獣に斬りかかることで守護獣の動きを一瞬封じ、その一瞬で主を狙う。
(そういう戦いを常に意識しているんだろう)
ギルベールの足に迷いはない。躊躇いもない。それが彼を強くさせ、目の前の敵を斬る。
わたしも敵を斬り、時に守護獣と同じ力で敵を倒す。
第九師団と国境兵も善戦している。しかし見ていて分かった。
第九師団はあまり攻撃力の高い守護獣を有していない。国境兵が力を力で抑え、その合間を第九師団とファルダ国騎士が衝く。
ファルダ国騎士は守護獣という存在はなくとも、それと同じ力を扱うことができる。わたしと同じだ。
一人一属性。守護獣と同じだということだが、わたしはそれからは外れている。それを再認識させられた。
(シルティはロドルス国では力を使うことはなかったようだし。とはいえ、知られた中では火の属性を使った。多用はしないほうがいいか)
シルティは強い魔力に恵まれたらしい。しかし、それを派手に使うことはあまりなかったようだ。
ファルダ国王家の始祖フェンリル。獣の神と崇められるその存在もまた強い魔力を持っていた。シルティが始祖の再来と言われるのはそれ故だ。
騎士たちは単独で向かわず数人で組みを組ませている。
守護獣の力とファルダ国騎士の力の相性、第九師団員の実力。守護獣の力は対する数と相性で押さえられる。連携はそれぞれによってできているかばらばらだけれど、危ういところが視界に入れば補うつもりでいる。
ギルベールを補う力はわたしだけだ。それで充分であると判断している。
後は、ギルベール自身。
帝国兵の守護獣、熊の強打が地面を割る。
ギルベールと私の馬が足場を失くすが、共に駆ける騎士が風の力を使い、馬を助ける。
混乱に暴れることなく馬は大人しいまま、すぐに着地点に降りると、ギルベールの間髪入れずの指示に馬は再び走り出す。さすが日頃からギルベールが連携している愛馬だ。それに共に走る国境兵もよい動きをする。冷静な判断と咄嗟の機転、力もうまく使っている。
わたしも後を追いかける。――が、地面から壁を作って防御された。
土属性の力は相手の足止めに有用だ。しかしそれも、より強い力に破られなければ、だが。
ギルベールの部下である第九師団には、一つだけ不利がある。
それは、騎士たちが強力な攻撃の力を持っていないという点だ。
「足を止めるな!」
第九師団は光と土の属性を持つ者、他属性でも弱い力を持つ騎士が多い。
光と土はあまり攻撃に特化していない。どちらかというと補佐や防御面に強い。――第九師団の師団長はギルベールだ。そして騎士団の配属には守護獣の力も影響するだろう。
強力な攻撃の手は国境兵、もしくはファルダ国騎士が担うところが大きい。
しかしあいにく、わたしがいる。
傍らに作り出した炎の塊を飛ばし、問答無用で土壁を粉砕させ、飛び越えて敵陣へと突き進む。
――さあ、くるぞ。




