45,いつか君の手料理を
♢
「思った以上に有意義な時間になったな」
「……」
「ギルベール。相手は隙を突いてくるぞ」
「そう思うなら止めてくれてよかったんだが……」
思わず恨めしく言ってしまう俺に彼女は軽やかに笑う。
レオンハルトの相手をしただけでもかなりの集中力を持っていかれた。だというのに、いつの間にやら俺との手合わせができると参加者の列ができていた。しかもほぼほぼファルダ国の騎士で、中に第九師団の面々や元部下も混じっていた。
……なぜ、あれほどわくわくしているような顔でファルダ国の騎士が並んでいたのか、全くもって解らない。
『ははっ。モテるんだな』
『……なんの列だ?』
『君へのラブコール』
いったい俺に何十人の相手をしろと? 開戦前に体力がなくなるんだが?
さすがにそれは困るので丁寧に断った。「というか第九師団は王都でできるだろう」「混ざっちゃ駄目なの!?」なんてことを言い合いながらも、がっかりされたので少々胸が痛んだ。
鍛錬場を後にした俺は、彼女とともに砦内へ戻った。
時刻はすでに日が落ちた頃。本格的な衝突は翌朝以降になるだろうが、夜間奇襲に備えて見張りが緊張を帯びる時間となる。騎士たちは交代で見張りにつき、俺もそれには加わることにしている。それまでの束の間の休息。
少々疲労を覚えている体で食堂へと向かう。見張りなどで騎士は忙しい上に体力仕事だ。食事はしかとしたものを摂るのはどこの砦でも同じだろう。
こんな状況だ。資本である身体の源を疎かにはできない。
のんびり食事とはいかないが、俺たちは食堂へと足を踏み入れた。途端に視線が向けられる。
俺ではなく、隣の彼女に。
(……迂闊だった)
ここは屋敷ではないのだ。辺境の生まれ育ちとはいえ食事となると獣人の同席を快く思わない者もいるかもしれないし、王都の生まれ育ち者ならば嫌悪するだろう。
あまりにも自然と屋敷では食事を摂っていたから、俺にとっては自然なことすぎた。
「……部屋に運ばせ――」
「あー! 師団長にシルティ様! こっち空いてますよ!」
にこやかな笑顔とともにかけられる声。そこにいるのは俺の部下である第九師団の面々。
……そうか。野営では一緒に食事を摂っていたな。
手招いてくれる部下を見て、隣の彼女を見て、互いに笑みがこぼれた。
用意されている料理をトレイに乗せ、第九師団の集まるテーブルへと向かう。その間にも視線は感じていたが、俺も彼女も気にはしなかった。
腰を下ろせば、第九師団の顔ばかりが見える。それに少しほっとしている自分がいた。
提供される料理は騎士たちのそれに相応しく量が多い。しかも肉も野菜も盛りだくさんだ。それでいて胃の負担にならない。
国境の砦として、それなりの財源を割り振っているのだろう。
こういう場で出される料理は当然、屋敷で食べるようなものとは違う。俺はそれに慣れているし、第九師団の面々も野営中の彼女のことを知っているから気にはしていない様子。
しかし視線は感じる。「お姫様だろ? 口に合うのか?」「こんなもの食えないとか?」なんて声も聞こえるが、俺よりも耳に良い彼女はさして気にしていないようだ。
屋敷で食事するときのように品良く……よりも少し砕けた様子で、彼女は食事を始めた。
「んっー。しかと煮込まれた柔らかな肉が口の中でほぐれる……これは煮込みにかなりの時間と手間をかけた丁寧な調理だ。瑞々しい野菜にかかるドレッシングも食の手を進めるし少し酸味をきかせているのがまたいい。騎士の人数で考えれば作るのも大変だろう品数は料理人への感謝を抱かせる。素晴らしいバランスと他の料理を邪魔しない味付け。至極満足」
……こちらの居心地が悪くなるほどに周囲の視線を集めていることをもう少し解ってくれないだろうか。視線が刺さる。
ちらりと厨房の方を見れば、気になっていたのか身を乗り出してこちらを窺っていた様子の料理人たちがばっと口許を手で覆って体を震わせた。
野営時とはまた違う彼女に第九師団の面々も少々驚いているようだ。
「……口に合ってなによりだ」
「ん? 合わない者がいるのか? なんともったいない」
この人はファルダ国ではどういう生活をしていたのか……。屋敷での食事時もさしてマナーは気にならないし、かと思えば野営の食事にも慣れている。
この様子だと平民家庭での食事すら変わらぬものとして考えていそうだ。
「シルティ様、野営にも慣れてましたもんね。お食事の好みって高級な物とかじゃないんですか?」
「おいっ」
「価値あるものの中には美味しいものもたくさんあるけれど、わたしはそれより、誰かのために腕によりをかけたり、家族団らんのために苦手でも作ったり、家族や親しい者と楽しく食べるという食事のほうが好きだな」
「「「へえ~」」」
同じテーブルを囲む部下たちが少し驚いた顔をしている。
王都出発時は彼女の同行に戸惑っていた者たち。無理もない。遠巻きにするしかない部下たちの内情と行動を責めるつもりはなかったし彼女もとくに気にしていないようだった。俺とガードナーは彼女を気にかけていたし、それで充分だったともいえる。
……とはいえそれも、行軍中の野営時などで彼女が遠慮なく接していたから随分薄れていった。もう少し他者の機微を察してほしい。
そして今。彼女の実力を知ったことと、この瞬間に感じた親しみ。
(王族などではなく、普通の家庭のようなものを言うんだな。……俺との婚姻はそういうものから縁遠い)
彼女がそういうものを好ましく思うのだと、初めて知った。
行軍時の携帯食に慣れていることも。野営時に動物を狩って調理することに慣れていることも。戦場経験があることも。百の馬に作用させられるほどの強力な光属性の力を使えることも。圧倒的な火の力も。
結婚して二年が経ち、やっと少し知った。知らないことのほうがはるかに多い。
以前なら気にならなかったその背中の遠さが、今は無性に気になってしまう。
「そうだ」
「ん? どうかしました?」
食事中の彼女がなにか思いついたように声を上げ、耳を立てる。
なにかと視線を向けると、なぜかその視線がくるりと俺に向いてにこりと笑顔が目に入る。
「食事話ついでだ。ギルベール。今度なにか作ってみせてくれないか?」
「……は?」
「君も騎士だ。野営食は作れるんだろう?」
「できるが……つまり、帰路で、ということか?」
「いや。屋敷で。屋敷の厨房で君が作った食事を食べたい」
「…………なぜ?」
「食べたいから。お返しにわたしもなにか作ろう」
しん…とこのテーブルに沈黙が落ちた。部下たちの視線が交互に動きながらも口は出さないよう手で押さえているのも視界の隅に入っている。
……まったくもって、意味が分からない。なぜそんな必要があるのか。俺などが作らずとも料理人が作るし、それも彼女は美味しそうに食べるというのに。
「……屋敷の食事になにか、不服があったか?」
「全くない。いつも美味しい食事には感謝している」
「なら――……」
「いいじゃないか。互いにとって無意味というわけでもないだろう?」
「……」
なにも知らないと思っていた手前、その言葉に思わず眉が寄って返す言葉を失くす。
視線を逸らした俺になにを思ったのか、彼女はこてんと首を傾げた。
「それとも、貴族が料理をしてはいけなかったかな?」
「しない者が圧倒的に多いだろう。使用人の仕事だ。……あなたは、ごく自然としていたのか?」
「ああ。厨房は気軽に足の向く場所だ。ロドルス国ではあまり望まれないかなと思ってやっていないけれど」
「……」
ファルダ国とは随分違うだろうなと、そう思う。ダンスもそうだったが、貴族の振る舞いや生活行動も違うのではないかと思えてしまう。
そうした異なる中で彼女は二年間を過ごしている。
(俺は――……)
関わらないほうがいいと思って、そうしていた。
なのに彼女が寄越すのは、真逆のことばかり。
「――……考えておく」
「楽しみにしておこう」
どう接すればいいのか分からない。
二年間保っていたものをあまりにも突然に崩されて。簡単にこちらに歩み寄ってきて。頭痛を与えて、胃痛を与えてくる。
隣の彼女をちらりと見ると「おいしい」と満足そうに食事を続けていた。




