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4月20日、4月21日 半強制入会

春は短い。




入学当初は薄桃色の花吹雪を散らしていた桜の木の面影もなく、見上げれば若々しい緑の間に青が覗く。


まだ始まってまもない教室には賑やかな笑い声が満ちていた。


野球選手がホームランを打ったとか、化粧品を放課後買いに行こうといった話し声は廊下に響くほど活気を帯びておりとても楽しそうだった。




教室全体が明るい空気で包まれている中で主人公、西ヶ谷樹にしがやいつきは確実に浮いていた。


どこの集団にいるわけでもなくただ自分の席と廊下で静かに時間を溶かしている日々。


中学の頃からの親友しか友人はおらず挙句の果て、その友人とはクラスが別れてしまった。




日々深くなっていく目の下のクマ、髪もボサボサで整えられている様子は感じられない。


目つきも短刀のように鋭く、普通にしていても睨んだように見える。


周りのクラスメイトも自分の前を通らず避けているのは明らかだし何よりも段々とやつれていってることは本人が一番よくわかっていた。


部活にも所属しておらず、そもそも運動全般は苦手だしこれと言った長所の一つもない。


樹はそんな自分がつくづく嫌であった。




中学時代は上手くいっていたと思う。成績も、人間関係も。


人並みに面白い話はできたし人並みに友達も居た。


毎日楽しくて仕方がない、とまではいかなかったが今のように自己嫌悪に陥ることは決してなかった。性格も明るく社交的だったはずである。


しかし、そんな樹の人格は一瞬にして粉々に砕け散った。




忘れたいけど忘れちゃいけない、文字通り焼き付いてしまった記憶。





帰り道、樹はバッグに付けていたお守りがないことに気付いた。




全身から汗が噴き出し、鳥肌が立ったのが分かった。


そのお守りは樹にとって絶対に手放すわけにはいかない大切な思い出である。


春の夕方ということもあり太陽がまだ沈んでいない。


暖かい風も心地良く吹いていたし日が沈むまで探そうと思い足を早めた。


この時間帯はいわば帰宅ラッシュ、家へ帰ろうとする社会人や学生で溢れかえっている。


人影に隠れて見つけられないかもしれないという不安が脳裏をよぎる。


大通りには少しずつ明かりが灯り、空がさらに濃い茜色に染まっていく。


その時だった。


「ねえ」


突然かけられた声に驚きながらも振り返るとそこには風に短い黒髪をなびかせた同じクラスの女子、東屋陽あずまやはるが立っていた。


女子に話しかけられるのが相当久しぶりだったがためしばらく思考が止まっていたが、すぐに彼女が掌の上に乗せていたお守りを見て状況を理解した。


そのお守りは紛れもない自分の宝物そのものだった。


思わず安堵の息が漏れる。


「これ落ちてたけど君のだよね?」


お礼を言おうとしたがあまりに人と話さない期間が長かったから焦り、詰まってしまった。


数秒の間が空いてしまったが


「すみません。ありがとうございます、」


と、彼女の掌の上のお守りを受け取ろうとする。


その時だった。




彼女は突然お守りを乗せた手を上に上げ掌を握った。


また数秒の沈黙が走る。


今自分たちがいる通りは普段から交通量が多く時間帯も相まって今もひっきりなしに車やトラックが走っている。


静寂の中でエンジン音がこだまする。


また数秒立つと車は来なくなった。前の信号で捕まっているのだろう。


「…え、っと?」


状況が一切飲み込めず戸惑っている樹に彼女はこういった。


「このお守り大事なものなんだよね?」


彼女の大きな目にはどこか目力があって言葉が出てこなくなる。


図星であったが何も言わない、言えない樹に畳み掛けるように彼女は言った。


「返してほしかったらちょっとお願いがあるの。」


『お願い』というよりは明らかな脅しであった。が、目の前で握られている物は樹にとって命より大切なお守りである。ここで断る訳にはいかなかった。




次の日、樹は呼ばれた場所へ来た。


樹の教室は1号館の2階であるが呼ばれた場所は3号館の1階。


1号館はどの部屋も全体的に街の風景がよく見える校門側に位置している。


2号館は門から入って1号館を通り抜けて運動場を曲がった先。渡り廊下を通じて1号館へ行けるのが移動教室で大変便利だ。


そして3号館は運動場も体育館も通り抜けた先、裏門近くにある。


周りは森のように木々が生い茂っており人通りもほぼなく、校舎は決して使われていないわけではないのに「旧校舎」というあだ名もついている。いわばそれほどボロっちい。


渡り廊下もないことからまず誰も来ようとしないため静かである。




歩くだけで足音が反響する廊下を進むとその先には東屋が居た。


彼女はこちら側に手を振っている。


昨日は「明日の放課後3号館の1階で」という情報しか聞かされていなかったため探すのに少しだけ時間をかけてしまった。


恐らく彼女がいるところには大きな教室があった。


きっとそこで話そうという意味であろう。


「遅かったね」と彼女が切り出すと


「位置くらい教えてくれても良かったじゃないですか、」


と情けない声で樹は言う。


「まあ積もる話もある訳だしとりあえず入ろうか。」


彼女はそのまま大きな部屋の前を通り過ぎた。


困惑する樹を横目にその隣にある、わずか3畳程の部屋のドアを開けた。


質素な部屋にはホワイトボードと申し訳程度の機材、そして真ん中に椅子と机があった。


彼女は窓側の椅子に座ると「ささ、どーぞ」と言わんばかりにハンドサインをした。


樹は向かい合う椅子に座る。


「で、お願いの件なんだけどさ」


つばを飲み込む。一体どんな条件が来るのか。




「私のやってる同好会に入ってほしいの!」




何回目だろうか。彼女との会話で沈黙が走ったのは。


数秒のフリーズのあとやっと樹は我に返る、そして


「え?それだけですか…?」


「うん、それだけだよ?どうかな?」


底の見えない彼女からのお願い(脅し)ということもあってもっと恐ろしい身の毛がよだつものを要求されるとばかり思っていた。


それに自分は当然特技の一つもないため部活にも所属していなかった。


「勿論いいですけど、」と答えると彼女は


「えー!本当!?」と目を輝かせた。


「じゃあこの入会手続き書に名前書いて!」


そう言った彼女は四角い枠がある用紙を樹の前においた。


そして「あ、ごめんごめん」とポケットからペンを出した。


まるで樹が最初からOKを出すとわかっていたように。


ただ今は死んでもお守りを取り返したい。何も考えず枠に『西ヶ谷樹』と書く。


書き終わって紙を東屋に渡すと東屋はそれを内ポケットに入れた。




「ようこそ!探偵同好会へ!」




今初めて樹は同好会の名前を聞かされた。


そして同時に「うわ、うさんくさ…」と思った。


申し訳ないけど本気で入らないほうが良かったと思ってしまった。


「ん、その顔は私が名探偵だと信じてないな。」


「そりゃ、まあ、」そんなの信じられるわけがない。たかが一高校生が名探偵だなんて。


「お、言ったな?じゃあ何か推理して当たってたら信じてくれる?」


どうせお守りは入れば返してもらえる。首を縦に振ると彼女は自信に満ちた目で言った。




「西ヶ谷君って火にトラウマがあるでしょ。」


 


息が荒くなるのが自分でわかった。


手足が細かく震える。


掌に汗が伝う。


「…はい。」


まさに図星であった。


これ以上何を隠そうか、と震える声で過去のことを語り出す。




寒くて乾いた日だった。


近所で勃発している連続放火の件で回覧板が回ってきていたのを覚えている。


知ってる人の家が燃えたとか怪しい男を見たとかそんな話で家中が大騒ぎしたりしていたがまさか自分の家が次のターゲットになるだなんて夢にも思ったことはなかった。


友人と別れて一人で家に帰る道中、何台も何台も横の大通りを消防車と救急車が通った。


けたたましいサイレン音が夕時を包む。


また近くで放火が起きたのだろうか。


火事の様子が気になったが寄り道する暇はない。家で家族が待っている。


今日は樹の誕生日。


道を曲がれば毎年、誕生日を祝ってくれる両親が玄関先に立ってるのが見えるだろう。




しかし道を曲がった先にいたのはホースを持ち西ヶ谷家に水をかけている消防隊員だった。


火は15本の蝋燭でなく、家を包んでいた。


自分に気づいた消防隊員が寄ってきて、「まだ家族が火の中だ、必ず無事で帰す。」と言う。


火の近くにいたわけではないのに身体から汗が止まらなかった。




気がつけば無我夢中で家へ向かって走った。


止めようとする隊員の腕を払い除け、


燃える瓦礫を素手で押しのけて狂ったように泣きながら突っ走っていく。


しかし誰もいない。


父も母も妹も見つからない。声すら聞こえない。


アドレナリンが切れて体に激痛が走る。冷たい。いや、熱いんだ。


それでも家だったものを走り回って探した。誰か一人でも、無事でいてほしかった。


もう駄目だ、見つけられない。どこにいるかもわからない。


そう思って膝をつき、目線を落とすと大きな炭が落ちていた。


「これは家のどの部分だったんだよ、」


跡形もなくなっている何かを見て火事の大きさを知った樹は挫折し、消防隊員の言葉を信じ、瓦礫をどけて来た道を帰った。




後の現場捜査で道中落ちていた炭は家族の焼死体だったことが判明した。


犯人は未だ不明。


捜査しても誰の犯行かわからないことから警察は諦め、あろうことか事故として処理。


事件は事故へ、そして完全な迷宮入りと完全犯罪になった。


そして今返されたお守りは火事から唯一無事で戻った両親の形見である。




「…ふーん、なるほどね」


やや重たくなった空気をどうにか変えようと明るい声で彼女は言う。


「でも私が名探偵だってことはわかってくれたでしょ!」


「えぇ、わかりました。けど、、どこで…?」


「4限の化学の実験中だよ、パイロフォビアって言って火にトラウマがある人が火を目の前にすると一瞬止まっちゃう症状のこと。ほら、マッチついたままで数秒止まってて班の子に心配されてたじゃん。」


事実だった。あまり自覚はないが確かに心配されたしフリーズしていたのだろう。


そして同時に同じ班でもない東屋がそれを細かく見ていたことに感心した。


「どう?この同好会に興味出てきた?」


肯定しようとする樹にふと、ある意見が思いついた。


しかし嫌がられるんじゃないかという不安が湧く。が、樹は勇気を出した。


「もし、僕が入ったら。」


「?」


「あの放火事件の犯人を見つけ出してくれませんか。」


樹は下げた顔を起こす。彼女の顔色に嫌悪さはなかった。


「わかった、事件が入ったら後回しになるけどやってみよう。」




誰も行き来しない3号館の小さな部屋で名探偵と助手は晴れて握手を交わした。





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