序章6 海獣大決戦 前半
夜は更けていた。
食堂の喧騒も少しずつ静まり、
酔った船乗りたちの笑い声だけが低く残っている。
悠真はまだ地図の前に立っていた。
北海道。
東京。
日本。
その文字が、頭の中で何度も反響する。
異世界ではなかった。
だが、元の世界でもない。
知っている地名なのに、
そこにある文明も、人間も、自分の知るものとはまるで違う。
「……未来。」
ぽつりと呟く。
ユキナは隣で首を傾げた。
「未来って?」
「いや……。」
説明できるわけがなかった。
千年後なのか。
一万年後なのか。
そもそも、本当に地続きの未来なのかすら分からない。
ただ一つだけ確かなのは、
ここが“自分のいた世界の成れの果て”だということだった。
その時だった。
――ギィィィン。
耳鳴りみたいな金属音が響いた。
悠真は反射的に顔を上げる。
店内の照明が一瞬だけ明滅した。
「……?」
ざわつく船乗りたち。
誰かが舌打ちする。
「またかよ。」
「最近多いな。」
ノアだけが静かに天井を見ていた。
金色の瞳が細くなる。
「来る。」
次の瞬間。
――ドンッ!!
遠くで爆発音が響いた。
床が揺れる。
食堂の皿が跳ね、
酒瓶が倒れた。
「うおっ!?」
悠真が体勢を崩す。
外から怒号が聞こえる。
「警報だ!!」
「南側埠頭!!」
「機械獣だァ!!」
港全体にサイレンが鳴り響いた。
けたたましい警告音。
赤い回転灯が窓の外で点滅している。
船乗りたちが一斉に立ち上がった。
「畜生、侵入だ!」
「海から来やがった!」
ユキナが腰の短剣を掴む。
「なんで港の結界抜かれてんの!?」
ノアは既に立ち上がっていた。
その表情には僅かな緊張がある。
「大型。」
「え?」
「神級。」
空気が変わった。
その単語を聞いた瞬間、
周囲の大人たちの顔色が変わる。
船乗りの男が青ざめた。
「馬鹿な……。」
「神級が港まで来るなんて……!」
再び爆音。
窓ガラスが震える。
悠真は咄嗟に外を見る。
港の遥か向こう。
黒い海の上に――
“何か”が立っていた。
巨大だった。
停泊している大型船よりも大きい。
海面から伸びる複数の脚。
暗闇の中で赤い光点が無数に明滅している。
まるで、海そのものに巨大な機械蜘蛛が浮かび上がったみたいだった。
「……なんだ、あれ。」
喉が乾く。
その巨体がゆっくりと港へ近づいてくる。
海を割りながら。
港の砲台群が一斉に火を吹いた。
まるでレーザーだ。
轟音。
閃光。
だが――
機械獣の外殻で砲撃が弾ける。
「硬っ……!?」
船乗りたちが悲鳴混じりに叫ぶ。
「駄目だ!」
「止まんねえ!」
ノアが小さく呟いた。
「旧式砲。」
「出力不足。」
ノアが悠真の腕を掴む。
「行く。」
「ど、どこに!?」
「砲台」
駆け足で店外へ出ると海上の巨大機械が、ゆっくりとこちらを向いた……気がした。
赤い無数の光。
その中心。
一際大きな“眼”が開く。
そして――
悠真を見た。
瞬間。
頭の奥に、
ノイズみたいな声が流れ込む。
《――認証》
《生体反応確認》
《管理権限照合》
《……適合率、一致》
悠真の動きが止まった。
「……は?」
誰の声だ。
機械獣の赤い眼が、
真っ直ぐ悠真を捉えている。
次の瞬間。
海上級機械獣が、向かってきた。
一直線に。
悠真へ向かって。
◇◇◇
ノアは悠真の腕を引いたまま、食堂を飛び出した。
夜の港町が赤く染まっている。
回転灯。
警報灯。
建物の壁面に埋め込まれた誘導灯が、一斉に明滅していた。
――ヴゥゥゥゥン。
腹の底を震わせる警報音。
人々が叫びながら通りを駆けていく。
「北側へ避難しろ!!」
「子供を先に入れろ!!」
荷車を押す老人。
泣き叫ぶ子供。
武器を抱え、南へ向かう兵士たち。
銀髪を揺らしながら、
彼女は路地裏へ飛び込む。
「来て」
「え、おい!」
「ちょっと!」
悠真とユキナも後を追った。
裏路地の奥。
そこに停められていたのは、
黒い大型バイクだった。
異様に長い車体。
分厚い装甲。
後輪周辺には青白い発光ライン。
横には無骨なサイドカーが接続されている。
ノアは迷わずサイドカーへ乗り込む。
「乗る。」
ユキナはバイクに跨る。
「お前も早く後ろ乗れ!!」
「はぁ!?」
遠くで爆発。
――ドゴォォン!!
地面が揺れる。
港側から赤い閃光が空を染めた。
ユキナが怒鳴る。
「ぼさっとすんな!! 死ぬぞ!!」
悠真は慌てて後部座席へ飛び乗った。
次の瞬間。
――ギュォォォォン!!
爆音。
バイクが弾丸みたいに飛び出した。
「うおおおおおっ!?」
猛烈な加速。
景色が一瞬で後方へ流れていく。
石畳を滑るように駆け抜け、
赤い警報灯の下を突っ切る。
風圧が顔へ叩きつけられた。
街中では、住民たちが北側へ避難している。
巨大な防壁へ向かって、人の波が押し寄せていた。
その逆方向。
南。
海側。
そこへ向かうのは、
武装兵士と、
ユキナたちだけだった。
――ドォン!!
――ドゴォォン!!
砲撃音が夜空を揺らす。
建物の隙間から、巨大機械獣の脚が見えた。
高層建築みたいな巨体。
海を割りながら、ゆっくり港へ迫ってくる。
「近っ……!!」
悠真の喉が引きつる。
砲台群が一斉に火を吹く。
青白い閃光。
轟音。
だが、巨大機械は止まらない。
赤い無数の眼が、真っ直ぐこちらを見ていた。
その中心。
巨大な主眼だけが、悠真を捉えている。
《――認証》
《管理権限照合》
頭の奥で、またノイズ声が響いた。
「っ……!」
悠真が頭を押さえる。
ユキナが叫ぶ。
「どうした!?」
「わ、わかんねぇ……!」
《適合率、一致》
ぞわり、と背筋が粟立つ。
ノアだけが静かに海を見ていた。
金色の瞳が淡く光っている。
「来る。」
その瞬間。
巨大機械獣の脚が持ち上がった。
「――ッ、掴まれ!!」
ユキナがアクセルを全開にする。
直後。
――ズガァァァァン!!!
背後で防波堤が吹き飛んだ。
爆風。
衝撃。
破片が雨みたいに降り注ぐ。
バイクが滑る。
「うおっ!?」
だがユキナは強引に立て直した。
「チッ……!!」
そのまま二人を乗せ、
南側埠頭へ突入する。
そこは既に戦場だった。
怒号を飛ばす兵士たち。
海岸線へ並ぶ巨大砲台群。
砲身だけで十メートル以上はある。
ユキナが急ブレーキを踏んだ。
タイヤが火花を散らしながら停止する。
「降りろ!!」
悠真が飛び降りる。
ノアも静かにサイドカーから降りた。
その直後。
――ドゴォォン!!
巨大機械獣の脚が海面へ叩きつけられる。
津波みたいな水飛沫。
兵士たちが叫ぶ。
「第三砲塔、装填急げ!!」
「駄目だ、装甲を抜けん!!」
「出力不足だ!!」
ノアが砲台を見上げた。
そして、一直線に歩いていく。
兵士が振り向いた。
「お、おい嬢ちゃん危ね――」
最後まで言えなかった。
ノアが巨大砲身へ片手を触れた瞬間。
――ギィィィィィィン。
砲台全体へ青白い光が奔る。
空気が震えた。
兵士たちが目を見開く。
「なっ!?」
「出力値が跳ね上がってる!!」
砲台側面のゲージが異常な速度で上昇する。
限界値。
突破。
さらに上昇。
ノアの銀髪がふわりと浮いた。
金色の瞳が淡く発光する。
「――開放。」
次の瞬間。
砲台が咆哮した。
――――ドォォォォォォンッッ!!!!
放たれたのは、
もはや通常砲撃ではなかった。
極太の蒼白い奔流。
夜の海を裂く、超高出力ビーム。
海面が蒸発する。
一直線に走った光が、巨大機械獣へ直撃した。
数秒遅れて――
機械獣の外殻が、爆ぜた。
「……は?」
悠真が息を呑む。
今まで傷一つ付かなかった装甲が、
砕け散っていた。
赤熱した破片が、雨みたいに海へ降り注ぐ。
巨大機械獣が、初めて動きを止める。
港中が静まり返った。
兵士も、船乗りも、
誰もが砲台前の少女を見ている。
ノアは無表情のまま、
再び海を見上げた。
そして小さく呟く。
「……まだ、生きてる。」




