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亡国の姫は、隣国の静謐王子に甘やかされる  作者: Tsuyuri -露-


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第3話 亡国に芽吹く、ふたりのはじまり


小さな灯りがともった――そう感じたのも束の間だった。

応接間に漂う静けさの中で、次に告げられる言葉が、また新たな現実を突きつけてくる。


「……アウル。状況の報告を」


セレストの低い声が響いた瞬間、張り詰めた気配が室内を覆った。

イエレナの手には、まだ二人の温もりが残っている。

けれど、その温かささえ、胸の奥のざわめきを抑えることはできなかった。


「……姫様が脱出なさったあの夜――王都は、グランツェル帝国の大軍によって奇襲を受け、陥落しました。完全な不意打ちで……王宮もすでに……」


言葉を濁すと、隣のギウンが低く付け足す。


「現在、王都を含むほぼ全域が帝国の支配下です。……フェルディナ国は事実上、陥落した状態にあります」


イエレナの瞳が大きく見開かれ、口元がわずかに震える。


「……そんな……」


かすれた声がこぼれ、膝の上で組んだ手がぎゅっと握られる。

アウルは視線を落とし、慎重に言葉を選びながら続けた。


「侵攻はあまりに急で、アストレア王国の援軍も即時の対応は叶いませんでした。」


アウルの声は低く沈む。


「現在は国境付近でにらみ合いが続き、極めて不安定な状況です。

……王都近郊の街々も次々に制圧され、自由に動ける領地は――」


言葉を切ると、淡青の瞳が陰を帯びた。


「……残されておりません」


その一言が、応接間の空気を凍らせた。

イエレナの耳には、暖炉の火のはぜる音すら遠くに霞んで聞こえる。


イエレナはただ黙って座っていた。

胸の奥で、怒りも悲しみも喪失も、重く絡まり合い、渦を巻いている。


静かな沈黙をひと呼吸おいてから、セレストがゆっくりと口を開いた。


「……しばらくは、少し騒がしくなるね」


そしてアウルに向き直り、短くも明確に命じる。


「王家にも至急報告を。あわせて情報の整理も頼むよ」


視線をイエレナに戻すと、その声色は穏やかさを取り戻していた。


「イエレナ嬢、君は……まずは、しっかり休んで。

これからのことは、僕と――この国に、委ねてほしい」


そう告げたあと、セレストは少しだけ言葉を探すように視線を泳がせ、そして微笑んだ。


「……そういえば、いいかな。

君のことを“イェナ”って呼んでも?」


不意に向けられた柔らかな問いに、イエレナはきょとんと目を瞬かせる。


「アズがそう呼んでいたし……なんだか、その響きがしっくりきて。

よかったら、君も……僕のこと、“セス”って呼んでくれると嬉しい」


その申し出に、イエレナの肩からほんの少し力が抜ける。


戸惑いを含んだまま、それでもどこかくすぐったそうに、小さくうなずく彼女を見て

セレストの口元にも、安堵と柔らかさの混じった微笑が浮かんだ。


その笑みが、イエレナの胸の奥に静かに広がっていく。


張り詰めていたものが、ほどけていくような――

凍りついていた心が、少しだけ、あたたかさに包まれた気がした。



――隣には、確かに、手を差し伸べてくれる人がいる。


――懐かしい顔がある。


――失ったと思っていた世界の一部が、まだここに残っている。



あの夜、すべてが終わったと思っていた。

けれど今、ここで――ほんの少しだけ、

「始まり」を信じてみたいと思えた――そんな気がした。


物語の合間を綴った短編もございます。

よろしければ、そちらもお楽しみください。


▼短編集はこちら

『【短編集】亡国の姫は、隣国の静謐王子に甘やかされる』

https://ncode.syosetu.com/n4783lg/


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