20.再会
時折、通行人の何人かは振り向き、実際にダガーを手に取る人も3人いた。
しかしまだ買おうとしてくれる人はいない。
値段を聞いてはダガーを戻してしまった。
もう1時間が経とうとした時、2人組の女性が店を訪れた。
「あ、やっぱり! 声が似てるかなって思ったらほんとにお2人のお店だったんですね」
女性のうち1人は、ユイトもマークスも顔見知り。
頭にかけたゴーグルがトレードマークのシャーロッテだった。
隣には、彼女よりも頭一つ分背の高い金髪の女性。
シャーロッテと同じくスチームパンクな装いだが、大きなサングラスが目を引く。
一緒の女性はユイトとマークスへ会釈し、2人も会釈で返す。
「これは嬉しいお客さんだ。ぜひ見ていってください」
「あー! しかもしかも、一緒に採ったブルークリスタル! かわいい! もしかして、これ、ご自分で作られたんですか?」
「はい、マークスさんが作りました。マークスさんが初めて売り出す商品なんですよ」
「えー! 素敵じゃないですか。こちらおいくらですか?」
「おっと……」
「1万クークになります!」
せっかく見に来てれた通行人は1万クークという値段を聞いて踵を返してしまった。
その経緯からマークスは言葉に詰まるが、ユイトがすぐさま対応する。
「1万……! 良いお値段ですね……。でも一生懸命採ってたし、ベグゲームに来てまだ一か月の私じゃとても作れない本格的な職人仕事……」
シャーロッテはショーケース上に表示されている展示用のクリスタルダガーを持ち上げ、こねくり回すように見つめた。
あれだけ苦労して作った商品を、こんなにじっと見られている。
不備は無いはずだが……と、内心喜びながら決断を待つマークス。
「買いたい! 買いたいんですけど、持ち合わせが足りません……アンナ! お願いお金貸して!」
ダガーを手にうなだれていたシャーロッテが飛び跳ねる。
隣で静かに様子をうかがっていた女性、アンナは言う。
「アナタが欲しいなら、もちろんいいわよ」
独特なハスキーボイス。ユイトとマークスが同時にアンナを見た。
「その声は……」
「アンナ? その声は確かに……って、ユイト君、君も?」
「やったー!」
驚く2人をよそに、ぱっと顔を上げるシャーロッテ。
花のような笑顔に皆釣られて笑顔になる。
「わたしも採掘とかしてすぐ返すから、少しの間借りるね!」
「いいのよ。わたしからのプレゼントにするわ。この青いクリスタルは、私にとっても贈り物をくれたから」
「え、あの、エントリーを受け付けてくれた情報局の方……?」
「情報局? ベグ社のヘッドハンター……。ああ! そういうことか。ヘッドハンターがベグゲーム内でも活動してたのか!」
時計をふと見たマークスは全ての合点がいった。
「え? マークスさん、どうしたんですか?」
「ほら、時間だよ、ユイト君」
「……あ! 7時!」
上機嫌でブルークリスタルダガーを愛でるシャーロッテの横、アンナは抑揚の少ない静かな声で完結に述べる。
「ユイトさん、採用です。おめでとうございます。そしてマークス、あなたは自らが課した課題もこれでクリアね。ようこそ、ベグエンタープライズへ」
「ええええ! えええ? え? えっと?」
「早い! 早いよアンナ! もう少し厳かに発表してやってくれ!」
一瞬喜んだユイトだが、意味がわからないぞと腕を組んで空を仰ぐ。
やられたーと小さく呟くマークスに、アンナから借り受けた1万クークを差し出すシャーロッテ。
「はい、1万クークです」
「お、おお……はい! 確かに1万! シャーロッテさん、お買い上げありがとうございます!」
「あ、ど、どうぞ、こちら商品になります」
沈黙しているアンナの視線を気にしながらも、マークスは代金を受け取った。
我に返ったユイトが慌ててショーケースから商品を取り出し、彼女に渡す。
「わあ……本当に綺麗。大切にします。私も頑張らなくちゃ」
ふふふっと微笑むシャーロッテにアンナも微笑んだ。
「あなたが喜んでくれて私も嬉しいわ。シャーロッテ、少し仕事の話があるの。今日は先に戻っててくれるかしら?」
「うん! わかった。またね! アンナ! ユイトさん、マークスさんも、また何かご一緒しましょうね。それでは!」
シャーロッテを見送り、3人はセレネ広場へと場所を移す。
ユイトとマークスは同じベンチに腰掛け、アンナは隣のベンチに1人で座る。
「やられたよ、アンナ。最初から俺たちを見ていたとはねえ。あれだね、俺は現実世界のほうで君にヘッドハンティングされていたけど、ベグゲーム内でもヘッドハンティングが行われていたわけだ。ある意味」
ユイトの顔を見るマークス。
アンナは頷いた。
「ええ、ベグゲーム内のあらゆる行動ログはリサーチャーが全て調査済み。その中でひと際異才を放っていたのが、ユイトさんだった。アナタのアバター操作技能と、過去の工芸、工業、ものづくりへの自発的な探求心には目を見張るものがありましたから」
「い、いいえ、それほどのことじゃ……」
「いやいや、まったくだ。彼の熱量は大したもんだ。で、ここ数日は俺も一緒に行動していたから、アンナに丸っきり筒抜けだったんだなあ、俺たち。いやあ、なんか恥ずかしいねえ」
「そう? ベグゲーム初日の夜とは違って、今のあなたからは高いモチベーションを感じるわ。彼のおかげね」
「え? ボク、ですか?」
「ええ。マークスは、もともとベグエンタープライズ社の子会社、エルゴ社で課長職にありました。ベグ工場の日本誘致という実績、加えて会社の枠に捕らわれない行動力と開拓精神が月での、ひいては太陽系外縁開拓事業に向いていると、本社の目に留まり月事業部部門長に推薦されたのです。でも、最近の彼はやる気をなくしていたわ」
「まあ、ね。月って言われても、やりがいと勤務地は別問題だからねえ」
「そ、そういうもんなんですか」
会話の途中でアンナは口に手を当て黙った。
「ワタシとしたことが、失礼。マークスの件はエントリーとは別件、話し過ぎでしたね。……わたしからユイトさんへお伝えする内容は、採用か非採用の結果のみ。あとは、マークスにお任せします」
「おいおいおい、せっかくだからゆっくりしていけばいいのに」
「合否連絡を待つ候補者がたくさんいるの。彼らをあまり待たせられないわ」
「あ、そうか」
「はい、ではこれにて」
「あ、あの! 1ついいですか?」
「……手短にね」
「ボクがどうして採用されたんでしょうか。2年間も就活失敗しているようなやつなのに」
「過去の履歴は考慮に値しないと判断しました。今の時代、労働は義務ではありません。AIが人を養ってくれますから。人が労働者として採用される確率は万に一つ以下です。こんな非現実的な数値を参考にするよりも、すべての行動が記録されたベグゲーム内ログの方が確実。月での活動には、アバター操作技能が高ければ高いほど我々にとっては有益なのは言うまでもないわ」
「い、言われてみればそうかも……」
「ただ、マークスと出会っていなければ、あなたが採用になることはありませんでしたね。人のために踏み出す勇気と行動力、それらを自発的にやりぬく力。我々が今求めている素質を、マークスの未熟なアバター操作が引き出してくれたの。……では、失礼します」
ベンチから立ち上がったアンナは、2人に横顔を向けたままゆっくりと言葉を付け加えた。
「これも何かの縁、娘と仲良くして頂戴ね。……マークス、熱意溢れる貴方にまた会えて嬉しいわ。それでは、また」
そのまま彼女の姿は明滅し、一本の光の筋となって消えた。
「……言うだけ言って去ったなあ。娘って、シャーロッテさんだよな。アンナが出てきた瞬間、彼女もヘッドハンターなのかと思ったよ。ほんとの娘とはねえ」
「ってことは、ボクたちはたまたまアンナさんの娘さんと会ったんですかね」
「ま、だろうなあ。彼女がいなかったら、俺のダガー売れなかったかもしれない。感謝しなきゃな。……とにかく!」
立ち上がるマークス。両腕を空に掲げて伸びると、見上げるユイトに手を差し出す。
「やったじゃないか! 合格だぞ!」
「……はい!」
マークスの手を握り、ユイトは立ち上がった。
そしてマークスのように両手を掲げて体いっぱいに伸びた。
常に快晴、雨知らずのサンドアイズの空は青い。
変わらない晴天だが、今日の空はいつもよりも澄み渡って見えた。
「ついにやったぞー! しかも月だー!」
ユイトの歓喜の声はセレネ広場に響き渡った。
「腹から声、出るようになったな」




