21.希望の月【最終話】
後日、ジャラシュの店。
「久しぶり! 聞いたよマークス! 初販売おめでとー!」
「おう、そうなんだよ。あのあとずっとブルークリスタルと格闘してね、やっとこさできた渾身の作品があれだ」
マークスが指さす先にはユイトと談笑しているシャーロッテの姿。
彼女の腰にはブルークリスタルのダガーが、サンドアイズの鮮烈な日の光をたっぷりまとい輝いている。
「シルバールーツをあしらうとはねえ。いいね! さすがユイト師匠!」
「ははは! まあ、俺だけじゃ思いつかないねえ」
「アクセントは師匠の仕事。けど本体のダガーも、なっかなかのもんさ! 初めて作ったとは思えないね! シャーロッテが気に入るのもよーくわかる! さ、一杯おごるよ! なーんて言ってもベグゲームじゃ香りしかしないか! ははは! 味はしないけど祝福を込めたコーヒーだ! 楽しんでくれよ!」
ジャラシュが露店の中から椅子を運びだす。
折りたたまれて店の横に収納されていたテーブルを広げ、椅子を並べた。
「ほらほら! ユイト! シャーロッテ! コーヒーでお祝いだ!」
「あ、はーい。今行きまーす!」
「ジュラシュさーん、私コーヒー飲めません! ミルクティーでお願いしまーす!」
「ああ、そうだった。喋り方がしっかりしてるからつい忘れちゃうよ! シャーロッテはまだ子供だった」
「子供じゃありませんよ! もうすぐ大学生ですから!」
「いや、そりゃ十分若いわー」
「ほんとにー。若いよー」
ベグゲームを始めて日は浅いが、プレイヤーの実年齢はあまり公表されないことをマークスは理解している。
それでも、マークスとジャラシュはお互いが同年代と感じていた。
露店のカウンターでコーヒーを用意し、ジャラシュは即席のカフェにコーヒーを並べる。
味は再現されていない仮想空間のコーヒー。
ほんの少し体力が回復する効果が、キャラクターをほのかに光らせるエフェクトとして表現される。
文字通り味気ないコーヒーだが、ユイトにとって今日のコーヒーには味がある気がした。
彼の姿からは達成感が溢れていた。
ユイトと同様に、マークスも用意されたコーヒーを飲む。
祝福の香りが脳波変換されたのかと錯覚するような、格別な味わいだった。
「うまい」
思わず口にしたマークスの言葉は、味覚をあえて再現していないベグコーヒーにおいて不適切な言葉。
しかし、ユイトも頷く。
「今日のコーヒーは美味しいです」
可笑しな会話だなと2人は笑った。
「ちょーっと! 飲むの早いでしょー! はい、シャーロッテにはミルクティー。で、私にはこれ!」
店に先に並べてある楽器タラバッケを取り出すと、ジャラシュはリズミカルに叩きはじめる。
自らの演奏に、ダンスを交え器用にもコーヒーまですする。
「ジャラシュさん、器用過ぎません? それはさすがにボクでも無理ですよ」
「そんなことないよー! ユイトならすぐさ!」
コーヒーを飲んでいると、ユイトはぴくりと肩を震わせた。
「あ、お待ちかねのメッセージが来たのか?」
「よくわかりましたね。アンナさんからです。えーと……月面に送る遠隔ロボットのテストがあるので、インストラクターとして先行して参加するようにって」
「いよいよ出番だな、ユイト君。月か」
「緊張します……。実際に月に行けないのは残念ですけど」
「はははは。そういえば、月プラントでの加工作業、自分も宇宙に上がるつもりでいたんだっけ。まさかの勘違いだったなあ」
「だ、だって月での仕事募集なんて言われたらそう思うじゃないですか! まさかここからアバター操作で月プラントの仕事をするなんて……」
「おーいおい、月に行くだけならアバター操作は重視されないだろお? ユイト君がやたらとプレッシャー感じていた理由も、その話を聞いて納得いったもんだ。月やら火星やらに行く宇宙飛行士の気持ちになっていたとはね。ははははは」
思い出し笑いで顔をくしゃくしゃにして笑うマークス。
「そ、そりゃ勘違いしますよ。もういいじゃないですかあ。月に送った遠隔ロボットを、アバター操作と同じ技術で操縦するんですよね。アンナさんが言ってました。ベグゲーム内でのデータ蓄積を活用して、遠い月での操作でもタイムラグがでないようにするって」
ユイトが両手で包んだカップを覗き込みながら話す。
演奏に力が入るジャラシュは、会話を聞いているようで心ここにあらず。
「なーんだが難しい話だね? 私はそういうの苦手! 希望溢れる月! とにかく今は祝福さ!」
髭面の中に朗らかな笑顔。
マイペースなジャラシュを横目に、ユイトが続ける。
「希望……うん、ほんとに、月はボクにとっての希望です」
「いいね、希望。ジャラシュの演奏が染み入るねえ」
「ジャラシュさんの演奏も月でできたらすごそうですけどね……。遠隔操作だと、入力する命令と受けとるロボット側の動きにラグが生まれる。そこで大量の操作データをもとに、操縦者の癖を取り込んで、次の動作を先読み処理しながら入力誤差をなくす……らしいですね。……マークスさんはそこまで知ってたんですか? ベグゲーム参加者から募る理由まで」
「いや、知らなかった。最初は本当に興味がなかったからなあ。技術的なことはそれほど興味がなくてね。今はユイト君と仕事ができるほうが楽しみで仕方ないよ」
「あ、ボクもです。月面プラントでの加工やらもそうですけど、インストラクターとしても向こうで装置の組み立て試作とか、宇宙飛行士の支援まで! 色んな作業ができるみたいで楽しみしかないです。マークスさんが上司なんで、緊張も少ないですし!」
「って、ある程度緊張はしてくれよ。ま、なんていっても月だ。ほとんどが人類の未踏の地。挑戦していこうじゃないか。これからよろしく頼むよ、ユイト君」
「こちらこそ、よろしくお願いします。失敗には誰より慣れていますから」
「今の自分にない領域に踏み出すのが挑戦だ。そりゃあ失敗するさ。人命に関わらなきゃ、俺がフォローする。思いっきりやってくれ」
「はい!」
「すっかりバディ!って感じだね! いいねー! あ、シャーロッテから贈り物を預かっているよ。すっかり忘れてた」
演奏の手を止めて、ジャラシュがポケットから取り出したのは銀女神のチャーム。
「お、なんか見覚えあるな」
「初回特典のチャームですね。え? まさか?」
「そそ! シャーロッテが市場に出されているのを少し前に買ったんだって。ナイスな目利きさ! ねえ?」
「はい。たまたま安く売りだされていたので購入したら、所持履歴にマークスさんの名前を見つけたんです。それでもしかしたらって」
シャーロッテの説明中、得意げにチャームを掲げて見せるジャラシュ。
「アイテムの履歴なんて見られたのか。へえ、面白いね」
「銀女神のチャームが手元にもどってくるなんて、すごく珍しいですよ。あ、もしかしてこれを買ったから1万クークが……?」
「そうなんです。銀女神のチャームが1万クークしまして……。ちょうど私がベグゲームをはじめた直後にでた初回特典だったから持っていなかったんです。だから、お2人のお店に行ったときは金欠で……」
「いいのかい? せっかく欲しかったものを手に入れたのに」
シャーロッテを気遣うくマークス。
彼女は、はにかみながら笑った。
「いいんです。ユイトさんも探していたみたいですし。私にはマークスさんの作ったダガーがありますから」
彼女の腰には、マークスの作ったブルークリスタルダガーが誇らしげに輝いている。
「嬉しいこと言ってくれるねえ。ん、ユイト君が探していたっていうのは……?」
「ああ、あれだよ! 最初に私の店に来た時。ユイトが市場でそのチャームが売りに出されていないか探していたらしいよ。その後も何度か見に来ていたみたい」
頭をぽりぽりとかいて照れ隠しのユイト。
「ああ、たまたま市場にいたってあれか。なんだ、最初から良いやつだったのか君は」
「ボクはただ、せっかくの初回特典アイテムを無くしたままじゃ、ベグゲームを楽しめないんじゃないかって。そう思っただけです」
銀女神のチャーム探しは黙っていたので、ユイトは皆の視線から隠れようと肩をすくめて身を縮める。
そんな照れ隠しに、ジャラシュは立派な髭にラテの泡をつけたまま笑った。
「いいねいいね! ちなみに、シャーロッテから銀女神のチャームは私が買い取ったよ。ダガーが売れた記念買取り! シャーロッテと私からのプレゼント! 君達はナイスガイさ!」
ニカっと笑顔を浮かべ、タラバッケを叩きだすジャラシュ。
「はー! なんだなんだ、皆いいやつか! ジャラシュじゃないが、ナイスな出会いだなこれは! ははは!」
皆の心づくしにマークスに笑った。
アバター操作を意識することなく、その顔には満面の笑顔が溢れる。
「ボクもマークスさんと出会えてよかったです。これからも、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ。ユイト君、これからも頼りにしているよ。いざ、希望の月へ」
差し出されるマークスの握手に、ユイトも笑顔で答えた。
「はい!」
朗らかに笑うユイト。
マークスの目をしっかりと見つめるその表情には、一切の迷いも残っていなかった。
――ベグライフ 完結
『ベグライフ 希望の月』をここま読んでいただき、ありがとうございました。
最後まで読んでいただけるのは、創作者として本当に嬉しいことです。
現在、長編サイエンス・ファンタジー『世界樹の巡り人』を執筆中です。
良かったらこちらも読んでいただけると嬉しいです。
それでは、また作品の中でお会いしましょう。




