第78話
二度目の記憶の欠落が起こったのは4月27日でした。その日は日曜日でした。一回目の欠落の十日後です。
一度目の記憶の欠落によって行うことができなかったミューズへのプレゼンは、金曜日に予定されていました。私はそのプレゼンを何とか終わらせることができ、久しぶりに気持ちが軽くなったような状態でその週末を迎えました。
土曜日はいつものように部屋の掃除をし、溜まっていた一週間分の洗濯物を洗濯機でまとめて洗い、そして午後からは食料品を買いに近くのスーパーに出向きました。私は週末の二日間のうち、土曜日は家事をこなし、そして日曜日は、次の日の月曜日に向けてしたいことをしてゆったりと過ごすという形で過ごしていました。その日からゴールデンウィークには入っていましたが、私はいつもの習慣で、その週末も土曜日は様々な家事をこなしていたのです。そして寝る前に、次の日の日曜日はどのように過ごそうかと考えました。大きな荷物のように両肩にのしかかっていたミューズへのプレゼンも無事に終わらせることができ、私は自分に対して何かしらのご褒美を与えようと思いました。このようなご褒美を設定することによって気分転換にもなるし、次も頑張ろうというモチベーションにもなります。私は日曜日は、以前から見たかった映画を見に行き、その帰りに、同じく以前から欲しかったバッグを買いに行こうと決め、眠りにつきました。
次の日の朝、起きた直後は異変に気づきませんでした。
いつもの日曜日のように起き、そして洗面や朝食などの朝のタスクをこなしていました。異変に気づいたのは小さなきっかけでした。窓から見えたマンションの前の道路。その道路に、これから会社に出勤するというような背広姿の男性が見えたのです。始めは『日曜日なのに休日出勤だろうか』と軽く考えていたのですが、その違和感は私の中でどんどん大きくなっていきました。私はテレビをつけ、朝のニュース番組にチャンネルを合わせました。その画面には『4月28日 月曜日』と表示されていたのです。私は一瞬混乱しました。今日は日曜日のはずなのに、どうしてテレビ画面には『月曜日』と表示されているのだろう。そう思いました。だけどすぐに、似た状況がつい最近私の身に起きていたことを思い出しました。十日前の4月17日の記憶も、私の中から欠落していた。その欠落が今、再び起こったのだと気づきました。
私は何とか自分を落ち着けました。
本当に今日が月曜日なのだとしたら、会社に行かなければならない。私は追い詰められたような目で机の上の時計を見ると、今から急いで準備すれば出勤時間に間に合いそうだということに気づき、とりあえずほっとしながら慌てて準備をしました。バッグを掴み、家を出ようとしたときに、バッグの中に見慣れないものが入っていることに気づきました。それは、私が見ようと思っていた映画のパンフレットと、買おうと思っていたバッグでした。日曜日の私は、その映画を見て、そしてそのバッグを買ったのです。そしてその日曜日の私は、なぜか今の私の中から完全に消え去ってしまっているのです。
ここまで来て私はもう、『仕事で疲れていたから、4月17日のことを一時的に忘れてしまっているだけなんだ』と自分に言い聞かせることができないということを知りました。もう、そのような言い訳で自分をごまかすことはできなかったのです。4月17日に起こった現象と全く同じ現象が4月27日にも起こった。その『全く同じ現象』という事実が、何か不吉な符合のような気がしてなりませんでした。そして二度目が発生したということは、三度目が発生する可能性もゼロではない。
私の頭の中で、何か重大な異常が発生している。そのことだけは事実であると思いました。そしてもし、記憶の欠落の頻度が徐々に増えていってしまったら、仕事にも支障が出てくるし、日常生活にも問題を抱えることになります。何よりも、ぼろぼろと掌から溢れていく水のように自分の頭の中から自分の記憶が消えていくということに、私という人間が徐々に消えていくような恐怖を覚えました。
私はK中央病院の脳神経内科を受診しました。
検査結果は、私の脳に器質的な異常は認められない、とのことでした。その結果に一応は安心したのですが、ただそうなると逆に何がこの記憶の欠落の原因なのか、更に深い霧の中に彷徨い込んだような思いでした。脳神経内科の担当医は、同じくK中央病院のメンタルヘルス科の担当医を紹介してくれました。メンタルヘルス科の担当医の私に対する診断は『うつ状態に伴う一時的な記憶欠落』というものでした。
私自身この診断結果に完全に納得しているわけではないのですが、専門家が言っているので、おそらくそうなのだろうと無理やり自分に言い聞かせました。そして『バタフライ・エフェクト』のエヴァンと同じように、担当医の勧めでこの日記を書き始めたのです。
それ以後の経緯は、この日記を読んでいるあなたもご存知かと思います。
これが、現在私が抱えている問題です。




