表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 追想行進華 —庭園の足跡—  作者: 玉袋 河利守
2章”貴方が選んだ形、拾い上げた物は
61/70

60”下ッ芽ッ架ッ化ッ掛ッ花


 

 「‥‥‥。」


 「‥‥‥‥‥。」


 この場所。長さ形が決められた木の板が並び、上部にある隙間から光が差し込むと漆を塗られた木が光沢を出す。


 なにもない場所。強いて言えば『天衣無縫』と書かれた掛け軸が架けられている程度。此処はある島の古びた道場である。

この入り口にある名札にはある二人の名が書かれた板が架けられている。


 そしてその名で生まれてきた者たちが、道着を羽織り、帯を締め、距離を取り、お互いに見つめ合う形で立っている。


 何も無い場所。音すら立たない場所。両者、口を開けず、無言のままである。が、その者たちは、沈黙の中でも


 〈何でこの場所なの?遊んでくれないの?〉


 手を前に出し、指を動かす。胸に当てては、絡ませ、想いを紡ぐ。


 〈また、お前は、家の扉を壊したみたいだな?〉


 〈だって、仕方ないんだもん。壊したくて壊してるんじゃないし‥〉


 声を変わらず出せる。小さな青年の想いに大声で笑う一人の老人。


 〈なになに、怒ってるわけではないぞぉ。仕方がない事だからのぉ〉


 〈じゃあ、どうしてこんな場所に連れてきたの?〉


 また、一つこの場所で笑い声が上がる。


 〈翔ちゃんや。お前さんはいずれ、大人になり羽ばたいてゆく身。翔ちゃんが歩いてゆく未来の道には沢山の出来事が待ち受けておる。まだまだ、幼き身、難しいとは思うが、時間とは迫り来る者。いつまで経っても扉を壊すようでは、生きては行けぬ。〉


 「‥‥‥。」


 〈さて、問題じゃ。人間は、動物とは違い言葉を交わせる。その技術を用いて意思疎通を繰り返してきた。じゃが何故、ワシのような耳が聞こえぬ老耄が、翔ちゃんと意思疎通出来ているのか?〉


 〈‥‥手があるから?〉


 老人が投げかける質問に、幼き翔が出す解答を見るや否や、ゆっくりと音を立てず摺り足で近づいてゆく。


 幼き彼であっても、分かってしまう。今抱くこの感情の名前は知らなくとも、理解してしまう。迫り来る老人からは、唯ならぬオーラを曝け出し近づき、何かを仕掛けてくる事に。


 〈翔ちゃんや。ワシは今から、お主に痛いことをするからのぉ。される前にワシをぶん殴ってみなさい。〉


 「え!?」


 指ではなく、声が出てしまう。人を殴るなど嫌に決まっている。そんな考えも見えぬふりをして、幼き彼からすれば大きな皺で作られた手が目の前に広がる。


 殴る事も嫌だが、痛いのもいや。当たり前のこと。幼き彼は目を瞑り、目的地など定まらぬまま老人に向けて拳を放つ。


 「え‥‥?。」


 聞こえるはずのない相手にまたもや声が漏れてしまう。先ほどと同じ言葉、だが訳が違う。今、彼は攻撃を放った。触れた筈、大きく皺が沢山あるその老人の手を目掛け殴った。その感触は、今も尚、鮮明に残っている。


 では、何故?攻撃した側がこの冷たい床に手をついているのか。


 ツンツンと背中を触られ立っている祖父に顔を向ける。


 〈どうじゃ?驚いたかい?〉


 「??。」


 〈これは先人様が繋いだ武術の一端じゃ。〉



  ————————————————————————



 燃えたぎる業火。息をするだけで、肺が焦げる様に熱い。緑だったものも、今は無く。 



 「ハッハッハ!!いい!!実にいいぞ!!リズルに眠るあの歴史を見て、はっきりと分かった。私は選ばれた者!!そして‥‥。」


 アニスの手は赤く。ハンカチで拭き取ろうとも、拭えぬほど真っ赤。その目の前では、半目になり、その瞳には光など映らず、血まみれになる女性が横たわっている。


 「は!は!‥はぁ、はぁ、あれだけの毒を喰らい、此処までやるとは‥、伊達ではないな。‥だが、私が勝った。‥‥?。はぁぁ。」


 アニスのため息。腕が震えながらも、脚が震えながらも、血を吐きながらも、蒼い瞳はまた光を戻し、立ちあがろうとするシフォンの姿。


 「もう。いいでしょ。貴方は強い、それも恐ろしく。ですが、私が勝った!。貴様の力を奪い、ようやくあの化け物を潰せる。あのチビを捻り潰してくれる!!」


 青く澄んだ色をした髪も今はドロドロになり、口を開けば血溜まりが出る。力を入れ様とするならば、節々から、血が吹き出す。この状態では、立てるはずもなく。力を振り絞り顔を上げては、また、自身の作り出した血の池に顔をつけ、飛沫をあげる。


 「‥‥。そうだ。貴方の弟様には、感謝していますよ。半年前の出来事が無ければ私は今頃、貴方に殺されていたでしょうからね。‥‥それにしてもあのクソガキは‥‥接点を持った者に‥‥不幸を‥‥」



    だまれ


 

 「!!!?!?!?」


 「それ以上。‥‥口を開ければ‥はぁ、はぁ、今度こそ‥‥殺す。‥‥。」


 地が揺れた。この大陸の空気が澱んだ。彼女の声に驚き、顔を向け、また驚く。立てるはずもない身体で立ち上がり、アニスを睨みつづけるシフォン。だからと言って戦況が覆るはずなどないのに、アニスの額からは汗が溢れる。


 「何処までも化け物だな貴様は‥百手(はくしゅ)と何ら変わらない。‥貴様を利用し、あのデブとぶつければ良かったか?‥‥いや、それではこの大陸が保たないか‥それに、私の生き方に反する‥‥」



  ——常闇に潜みし矢まなびえらんだはずのや



 「‥‥。私は、一人で十分です。‥‥。元々は片割れ。貴様は死とゆう概念ではなかった。‥‥戻ると言った方が‥‥意に叶う。‥‥。‥では、‥」


 弓は在らず、自身の頭上に浮かぶ一つの矢。一般人が使う物質の矢と大差ない様な弱々げな矢。


 「‥‥‥、さようなら。心配せずとも悪用はしない。‥‥貴方の知恵も歴史も全て無駄にはしないと誓いましょう。‥‥‥‥。‥‥‥チィ。


 創り出した矢を消す。そして、矢を放つ筈であった的に向けて舌打ちをした。


 「‥‥‥。」

 「‥‥‥。」

 「‥‥‥。」

 「‥‥最後はお前と言う訳か。」


 立つことはできたシフォンであったが止めを刺さなくとも、終わりが来る。彼女の今は、呼吸すら困難。少しだけ戻った瞳の輝きすらも失い、立つ力を失う。


 そして、シフォンは目を閉じ、倒れる。‥‥‥。


 否。凭れた。‥‥


 「‥‥久々ではないか。‥半年前以来か?‥‥クソガキ。」


 

  ‥‥‥‥。




 目を瞑り凭れる。彼女が凭れ掛かったもの、それはとても大きく暖かい者。見た目としては、あまりパッとしない黒髪に黒い瞳。


 アニスのかける言葉に、返事などせず、凭れ掛かるシフォンの顔についた血を自身の手で拭う。傷をつけぬ様綺麗だったはずの肌に力を込めず拭う手。だが、その手は、血管が浮き上がっている。


 彼は目を瞑るシフォンを抱き抱えると、少しだけ残る緑のある場所にゆっくりと寝かせる。


 「‥‥。‥ふん、無視か?」

 「‥‥‥‥。」

 「何だ?悲しいのか?所詮血の繋がりなどない、偽りの兄弟。お前は別の世界の人間だ。此方で住む生き物がどうなろうと知ったことではないだろう?‥‥」


 アニスの言葉に返答はなく。無視をする。血だらけになる彼女を緑に寝かせて、振り返った。


 ここでアニスは疑問を募らせる。彼の顔色が分からなかったのだ。離れた距離だから、下を向いているから、そんな理由ではない。顔を上げ、此方を見つめている。


 でも、何も分からない。あの人間の表情が。


 「‥‥‥‥。なんだ、‥‥」


 また、汗をかいてしまう。少し遠くで立ち尽くす男が



     不気味で。仕方がなかった。



 「なんだ、怒っているのか?あの日の時の様に‥失って、絶望しないのか?‥どちらにせよ、貴様も此処で殺す。的が固まれば私も時間の短縮になる。気が効くではないか。‥‥。」


 「‥‥‥‥。」


 何も、反応がない。動きすらしない。立つ屍の様に、彼からは何も感じなかった。命が感じられなかった。そして、彼の顔を見て抱いた不気味さが更に拍車をかける。


 「‥‥お前じゃ何も出来んよ。どうせ邪魔は一丁前にするのだろう?‥それとも、殺して欲しいか?」

 「‥‥‥。」

 「ふん。どんな返答であろうが、やる事は変わらない。おい、クソガキ覚えてるか?これを」


 

 ——常闇に潜みし矢きずけばみうしなったや


 

 「ヒュードルとゆう面倒くさい男を殺した時の矢だ。これに奴は貫かれた。ふふふ、貴様を庇ってな。」

 「‥‥‥‥‥。」

 「同じく、今此処で姉共々、天に送ってやろう。‥‥あぁ、すまないすまない。‥‥‥」


 死体撃ちにも程がある。生きているかすら分からない男の前で、その矢には辺りに浮く魔胞子をかき集めて、力を膨らませてゆく。その黒く輝く魔胞子によってアニスすら見えなくなる。その矢は決して矢と呼べる様な代物ですら無くなった。


 顎を引き、呼吸を整え、片目を瞑り、肩に力を込める。


 その動作自体今は必要無いのに、勝手に身体が動く。彼の手には矢しかなにのに。


 「‥間違っていたよ。姉ではなかったな。愛などない偽りの関係。」



  ———たかが他人と共に朽ちた花の様に散れ——



 「ん!?!?」


 アニスは、放つはずの矢を止めた。放つはずである言葉を止めた。離れた距離。彼方にある棒立ちの的だった筈の真っ黒な彼の顔は、何故か今。


 此処に。——「‥なん!うぐぁ!!!」


 此処にいた筈のアニスの姿は一瞬して消えた。そして満ち溢れた強大な魔胞子は、砂埃を上げる様に舞い、矢とアニス本人は消えた。


 ‥‥。


 何も分からなかった。アニスは分からなかった。何故、自分が此処にいるのかを。何故、自分はまた山に身体が突き刺さっているのか。村にいたはずなのに。力を振り絞り、山に引っ付いてしまった身体を剥し、元の場所に戻ろうと足を動かし思考をフル回転させる。


 (‥なんだ。何が起きた。‥‥何をされた‥)


 「ん!?」


 また、アニスの視界には、ある‥


 何かが広がる—-「うぐぁ!!!」


 一度、張り付いてしまった小さな山にまた吹き飛ばされてしまう。


 (ぅ‥‥。はぁ、なんだ。一体‥‥。ん?)


 山に身体が減り込みながらあることに気がつく。先ほど自身が戻ろうと歩いていた場所には、アニスの知る男の姿がある。


 (‥‥奴が何故あそこに立っている?)


 考えながらも、山から身体を引き剥がそうと必死になる所にまた、


 同じ景色が広がる。—-「んがぁ!!?」


 アニスの行動を遮る様に、思考すらも与えぬ様に、


  

    何かが飛んでくる。



 何も分からない。脳が追いつかない。血を吐き、止めことなど不可能な力にアニスの身体を伝い、背にある山が横に割れ粉々になる。アニスの背にあった筈の山はなくなり、無の空間となると、意識朦朧とする中でアニスは宙に浮いたまま。


 喋ろうとするアニス。でも声は出ない。否、声を出す時間の隙間が無い。山はチリと化し寸時、浮かぶアニスの顔を誰かに掴まれる。抵抗?出来るわけが無い。誰かに顔を掴まれた事を理解した時には、尋常ではない力になす術もなく地へと直下に突き落とされる。


 アニスの身体を受け止めた地上。蜘蛛の巣の様に地割れを引き起こし、辺りを強く揺らす。抵抗?笑わせるな、何も出来ない。魔法も支配も間に合わない。身体が追いつかない。息すらままならない。それでも止まらぬ殺意の何か。


 「はぁ、はぁ、はぁ、」


 ようやく荒波を終え立ち上がることに成功する。駄目だ、膝をついてしまう。目線が亀裂の走る地面に目がいく。その視界に誰かの足が入り込んでくる。


 「‥‥‥?、うぐぁぁぉ!!」


 アニスの視界、誰かの草履が見え、音せず、この平地から忽然と姿を消した。



 ————————————————トントン。



 〈ワシは八ちゃんの様にあれよこれよ、と、教える事など出来ん。が、一つだけ、教える事があるんじゃ。教えるなんて大層なもんじゃない、ただ一つ、知って欲しいんじゃ。〉


 道義の帯が緩み、冷たい床にへばり付く幼き翔に腰を下ろし、はだけた道着を整えながら翔の祖父は語りかける。


 〈‥‥耳が聞こえぬワシと翔ちゃんはこうやって意思を伝える事ができる。それは、手があるから。正解じゃよ。何も間違っちゃいない。ただ、手があっても(手話)を知らなければ相手には伝えようがない。〉


 「‥‥‥。」


 小さな小さな自身の両手を眺める翔。


 〈だが、手がなくともワシは翔ちゃんやお婆ちゃんの言葉を見る事ができる。どうしてだと思う?〉


 「‥‥。〈家族だから?〉」


 「‥〈そう言いたいが、違うのじゃ。家族じゃなくともワシは他人様の言葉を見る事ができる。‥‥分からんじゃろ?‥何故分からないか‥ただ、知らないだけ。耳が聞こえなくとも、手がなくなろうとも、ワシには人の言葉を見る方法を知っている。」


 音を出し祖父はまた、腰を上げる。そしてまた一つ、胡座を掻く翔に向けて手を前に出し、「攻撃をしてこい」と指示を出す。先ほどまでなら攻撃などしたくないと首を横に振っていたのだが、安心感を得た。


 例えるならば、殴ろうが蹴ろうが突進しようが動じぬ父親の様な安心感。


 子供ながら、無理に制御した本能。それがその安心感により制御する糸をプツリと切り落とした。


 「!?!?!?。」

 「ハッハッハッハッ!!!!」


 満遍な笑みで笑い声を上げて、子供には一番似合う表情をを浮かべて、祖父の胸に飛び込んでくる。


 「‥‥〈(我慢しとったんじゃなぁ。)〉」


 高く高く飛び上がる。誰かに何かに攻撃をしようなんて微塵も無い。ただ、ただ、溢れ出しただけ。純白で純粋な心。


 翔はこの場所で生まれた。都会とは違い自然が活きる小さな島で生きてきた。窮屈などない気ままな時間が流れる島で、幼き翔は一つ悩みがあった。


 それは、人より少しだけ力が強かった事ともう一つ。子供とは、気になるものがあればどんな物でも触ろうとする。悪い事ではない、何もかもが初めて見る物、好奇心が湧き上がるのも世の摂理。


 翔もまた一人の子供、気になるものがあり触ろうとするが、壊れてしまう。壊れやすい物だけならばよかったのだが、扉を開けただけそれなのに壊れてしまう。


 綺麗な花があり、触れようならば何故か花が散ってしまう。ふと、近寄る蝶々が彼の指に乗れば枯葉と化す。


 彼にとって。触れる、とは。罪そのもの、何もかもが散ってしまう。


 彼自身は、そんなつもりはない。チカラなど込めず、ただ触れただけ。それでも結果は同じ。


 子供の仕事は何だろう?。食って遊んで寝る。幼き頃の彼は祖母の手料理すら口に運ばず。全力で遊ぶ事も出来ず。日々、黄昏眠る日々。羊の様に眠る日々。


 子供としての仕事を二つ欠如した状態であった。


 そんな彼が、今、死を待つだけの老人に全力を注ぎ込み、飛び掛かる。無邪気なまま、


 祖父の胸を借りて、翔び掛かる。


 子供だ。子供なのに、優しくも、壊さぬ様に我慢した日々。遊ぶ事すら困難。しかし、もう我慢は出来ない。


 幼き頃の自分を思い出して欲しい。あの頃の山の様に硬く高く見上げた存在の父親に母親。貴方はなりふり構わず、突進した筈。『殺したい』、『怪我をさせたい』そんな気持ちなどはなかった筈。


 無邪気に、力のままに、本能のままに、愛を求め突進した筈。


 彼も同じ。だからこそ先ほどの様に、自分の攻撃は当たらない。どうせ避けられる。加えて返ってくる。この世にたった一人自分の遊び相手。彼のため込んだ好奇心が形となり、吐かれる。


 今まで無かった。だから、つい、嬉しくなり我を忘れてしまう。


 「ほぉ!!!!」


  !?!?


 細き老人の手が翔の放つ拳に触れた瞬間。手首を掴まれ、引っ張られる様に回転する。一度天に上がった翔の小さな体は、この道場の床にぶつかると、床と床が粉々になり吹き飛んでしまう。


 爆風、共に破壊された木屑はまだサラサラと降ってくるこの道場。掛け軸は倒れ、名札掛けも吹き飛んだ。


 地に落ちしつけられた翔の身体は、今までに味わった事などない力に圧迫され息ができなり、涙目になり、咳がででしまう。そして、痛い。


 「ゴホン!!ゴホン!!」


 「‥‥はぁ、はぁ、〈受け身ぐらいはとらないとねぇ。〉」


 息を上げ、腕が小刻みに揺れる祖父は、汗を拭うと天井を見つめる翔に手を差し伸べるゆっくりと立たせる。


 「‥〈痛いかい?〉」


 コクりと、頭を動かしまだ痛みが残る背中を摩っている。そんな彼の返答に笑顔で答えると、頭を撫でる。


 〈今、ワシは、翔ちゃんの力を使ってやってのけた事じゃ。痛いじゃろ?それも当然、暴力なのだから。‥驚いたじゃろ?それも当然、知らぬのだから。翔ちゃんには知って欲しいのじゃ、己の力を。己が持つその力を。〉


 翔は込み上げてしまう。先ほど、翔に使った技により祖父が着る道着はボロボロになる。たった一突、なりふり構わず繰り出した自身の力を目で確認すると恐怖が込み上げてくる。祖父でなければ、人の身体が道着の様になっていたのではないかと‥


 感情の波は、荒くなっていく。だが、続けて祖父は翔の小さな肩に指を押し当てこちらに目を向けさせる。


 〈この世に住む人間の大半が自身の力を理解できていない‥‥、自分自身が持つ力を過小評価しておる。己の影の大きさに気付かない。‥自分の大きな力を知らず、壊れないと憶測を立て己が無知である事を証明してしまう行為。それを〉



     〈暴力と言うのじゃ〉




 〈翔ちゃんは特にじゃ。他の子供達よりもほんの少しだけ力が強い。大人になるにつれその力は、気付かぬうちに増してゆく。長い人生、言葉で終われるのなら幸せじゃ。じゃがもし、翔ちゃんが大人になり、己の影の強大さを知らぬまま、コントロールも聞かぬまま、その力を振り下ろしたらどうなるじゃろうか?〉



   答えは、簡単じゃよ。




  ————————————————————————



 「はぁ、はぁ、はぁ。痛い‥死んでしまう‥‥何がどうなっている。」


 あの時、山が粉々になり平地と化した場所でアニスは膝をついていた筈だった。だが、ほんの一瞬誰かの足が見えた途端。痛みとともに、気づけばシオン村に帰ってきている。


 「‥‥はぁ、はぁ、あのデブか!?奴に飛ばされたのか?‥いや、奴の気配など微塵もしない。‥では、誰が‥‥なぁ!!」


 答えは、すぐそこに。


 アニスはその答えと目があった。ただ、アニスの視界はすぐさま歪んでしまう。そして、アニスの体はまた、地に押し付けられてしまう。大きな何かが降ってきた様にこの地の一帯に地割れを引き起こす。


 何度も、何度も、何度も、何度も、叩きつけられては、浮かされ、また叩きつけられ。真っ赤になる顔に意識が遠のいてゆくアニス。しかし今度は手が動く。


 「舐めるなぁ!!」


  【支配】:絶対強制服従(わがためのどうぐへ)


 「‥‥‥‥。‥カッカッ」


 「‥‥‥‥は?‥‥ぐはぁぁ!!」


 唱えるアニスを構う事なく、気にする事もなく、ただ、鳩尾に暴力を突き立て、またもや吹き飛ばせるとこのシオン村でも一番高い風車に直撃し、その瓦礫が吹き飛ぶ。


 「‥‥はぁ、はぁ、息が‥‥‥はぁ、はぁ、あ、あ、」


 「‥‥カッ‥‥‥カッカッ‥‥」


 アニスは何とか瓦礫を避け立ち上がる。顔から口から出た血を拭い服を叩き、冷静さを装う。


 「‥カッカ‥‥‥」

 「その笑い声をやめろ!!!!!」

 「‥‥カッカッカ‥‥‥」


 「‥‥‥、人間が‥‥人間如きが‥‥」


 アニスは、見える全ての魔胞子を凝縮させる。 


 「私の指示を無視するなァァ!!


  【黒異路】:万物を解かせし月風(テスカトンルリポカ)


 笑いながら、前を向く男の足元には突如風が円を描く。たちまちその風は強さを齎し、大きく高くなってゆく。竜巻である。天に届きうる程、どんな地形でも、どんな場所であっても、この場で起きる竜巻の位置が確認できてしまう程。


 風が起こすその暴力に、周囲の地面は抉れ燃える家々は飲み込まれてゆく。この竜巻に飲み込まれて仕舞えば、どれだけ強靭な人間であっても、四肢は無事では済まない。


 そんな竜巻。


 「はぁ、はぁ、はぁ、風邪に呑まれチリとなれ。くそぉ、もう、魔胞子が見えん、リズルに送った魔獣を、少し‥‥‥。‥な、‥‥」


 竜巻はある。言ってしまえば先ほどよりも大きく強さを増している。辺りにある全ての物を呑み込み、破壊された家の破片や木々がグルグルと回っている。そんな中ある筈などあり得ない人影が見えてくる。


 「‥‥‥‥‥カッカッカッカッカ‥。」


 「‥‥‥。あり得ては行けない。私の魔法だ。‥‥ありえん。」


 その人影は、竜巻から歩いて出てくる。


  カッカッカッカッカッカ


 ゾッとした。共に計画を全て中断させた。指を弾くと、リズルへと動かしていた魔獣の半数の力をアニス自身に戻す。


  【黒異路】:殺戮を掲げた千の豪雨おのれとおもいをすてたや


 唱え出すとアニスの周りからは夥しい数の絶大な魔胞子を帯びた矢が数々と弓を捨て現れ出す。そして、上げた片手を勢いよく歩いてくる男に向けて腕を振った。


 だが、——-カッカッカッ、不器用な笑い声は止まず。


 「‥その気色悪い笑い声をやめろぉォォ‥!!」


 アニスから放たれる矢は、こちらに歩いてくる男に当たる。当たってはいるが、矢が刺さらない。矢が彼に当たり、跳ね返り散る。着々と近づいてくる。


 「‥何故!刺さらない!!私の矢であるぞ!!何故だ!!」


 「‥‥‥‥。」


 幾千と飛び交う殺意を帯びた矢を諸共せず歩く。そんな男の名を



 ———〈翔や、お主の力は、全てを壊してしまう程の力になりゆる。そんなお主に一つ爺ちゃんからの贈り物じゃ。〉——



 「はぁ、はぁ、一体何なんだ!!止まれ!!クソガキィィィ!!!」


    カッカッカッカッカッカ


 

 ———〈歩くのであれば、生きるのであれば、自分では自分の影を確認できない。孤独では生涯知る事は出来ない。だからこそ一人では生きていけない。一人で生きた人間などこの世にはいない。〉———



 「‥はぁ、はぁ、くるなぁぁぁ!!!」


   カッカッカッカッカッカ


 ———〈ワシが寄り添い作り上げた武術。‥それは知らせ教える事。‥‥‥そしてコントロールする事。〉


 無数の矢を受ける体は決して無傷ではなかった。身体には刺さらなくとも当たれば傷となりアニスに近づく度に翔の身体は血だらけになってゆく。シフォンからもらった甚兵衛の服も形など分からぬほど切り刻まれている。


 そんな彼の大切な貰い物が傷ついている事すら気付かない。  


 翔の顔は真っ黒に、それは彼の感情すらも同じ色。


   カッカッカッカッカッカ


 「ハァ、ハァ‥‥やめてくれぇ!!!」




 ——「〈怒りは厄介じゃ。想像の怒りか、過ちゆへの怒りか、突きつけられた怒りか、この3点は大人になるにつれコントロール出来る。しかしじゃ、一つ大人でもこんなジジイでもコントロール出来ぬ怒りの形がある。それが、目に入れてしまった現点の怒りじゃ。理由を探す前に怒りが全てを染めよる。〉」



   カッカッカッカッカッカ!!!!



 アニスの魔法は止まる事は無い。無限に飛んでくる殺意の矢を受け止めて、へし折って、重い重い足並みで座り込むアニスの元へと近づいてゆく。近づけばアニスの魔法の威力は当然上がり、腹に刺さり、腕に刺さり、足に刺さり、身体全体が血だらけになる。それでも止まらない足。


 これだけの殺伐とした風景、周りが業火に包まれ燃えるその音すら掻き消える程、近づく不気味な男の足音がアニスの心臓を強く撃ち落とす。


 「私の魔法だゾォ!!何故朽ちない!!あり得ない!!あり得ない!!私は花言葉の書に書かれていたぁぁ!!私の名は!!」


 これでもかと、あれ程無数に出していた矢が量を増やし、この大陸に境界線を張る様に、一面に黒い詠唱が忽ち吹き上がると、先ほどよりも鋭い矢が、顔を出して、1人の命の為に飛んでゆく。


 無量大数、かすり傷や、刺さる事はあるが致命傷を負わす事ができない。


 「ハァハァハァ、私だぞ!!私の色だぞ!!私の色を浴びて灰にならない生き物など、この世にたった3名‥‥ならばお前は該当しない!!たかが人間がぁ!!人間風情がァァ!!‥‥まて、‥‥‥、まて。」


 半年前、スイレ王国で凛道 翔とゆう人物を転移させた。その場所で異変を感じた事があったが、考え過ぎだと追求しなかった。先程、天傘 敦紫と対峙した時に得た根拠、そして今目の前で血塗れになり近づく男の言動をみて、全てが繋がってしまう。


 「何故‥‥何故お前は‥‥私の‥‥この世界の人間の‥‥‥」


 一致した。合理の元、こうなってしまった。変え難い真実。その結果、混乱を招いた。全ての魔胞子の動きが止まった。即ち、今放つ無数の矢の魔法は途切れた。あの男の足枷が消えたのだ。アニスの生命線の途切れが見えた。


 「はぁ!!」


 矢の雨が過ぎ去った事で、青年の足には血管が浮き上がると、地を強く蹴り直様、アニスの視界には大きな大きな拳が広がった。


 只の暴力が飛んできた。


 ‥‥‥‥



 ——「〈改める。月日。経験。これが大人になると、怒りを起こす時に合わせて被さる。すると、笑顔へ変換する事が可能じゃ。悲しいが、笑顔はその為にある。感情の抑制剤、それが笑顔じゃ。〉」



 「やめろぉ!!やめろぉ!!やめろぉぉ!!」


 「カッカッカッカッカッカ!!!!」



 ——「〈いつかはその抑制剤すら、太刀打ち出来ぬ事が起きる。そんな時、お前は何かを壊しかねない。だからこそ、爺ちゃんからの贈り物じゃ。」



 狂気じみた笑顔。笑い声なのかと、何やら化け物の様な鳴き声にすら聞こえる悍ましい物。それを向けて放ってアニスの目の前まで距離を詰めて行く。信じられない恐怖にアニスは無我夢中で逃げようとするが、足がすくみ言う事を聞かない。


 ——「花を謝って踏み躙る子にはなってほしくない。だからと言って笑顔を作り無理をしてはいけない。ではどうするか?」

 

 壊れかけた柵に止まるその小さな小鳥は、空を見上げて羽を広げて足を曲げて羽ばたこうとする。この場所から今まさに空を飛ぼうと羽を羽ばたかせる動作の時、ゆっくりとアニスの額には悍ましい笑い声を挙げた怪物の暴力。


 「やめてくれぇぇぇ!!!!」


 ——「それが今からワシが教える武道。憎しみに満ちた心にも裏には本来の優しき心が隠れておる。表と裏、それらを合わせる表裏一体の武術。


 際限のない殺意に満ちた暴力は、怯えるアニスの命を喰らう。


 ——「乱れてしまった気を合わせる。技術ではなく心の所作。それを教える。‥‥必ず役に立つはずじゃ。‥‥これは爺ちゃんの望みじゃ。‥‥(アイ)見つけ用いて、乱れた心を軌道(キドウ)修正する。生涯をかけたワシの武道の真理。」


  

  好きなら、好きと、本当のお前で、


   優しく、花を撫でれる人間になりなさい。



 「やめろぉぉぉぉ!!!!!‥‥‥‥??。」


 「‥‥‥‥‥。」


 笑い声は止み、彼の猛攻はピタリと止まる。


 「‥‥‥。は、はは。なんだ?怖くなったのか?殺す事が。」


 「‥‥見えた。お前がどんな奴だろうと‥‥少しでも花に見えた。」


 「チィ、生ぬるい、!そんな事だからぁ!!目の前で殺されるのだぁ!!」



  【黒異路】——魔創——



 座り込んだ体制、足首に力を込めて前宙。拳を付けたてる彼の顎を蹴り上げ、地に刺さる槍を手に取り、振りかぶり、目の前の彼‥‥ではなく。緑の上で寝そべるシフォンに向けて投げ放った。


 「!?。」


 槍が彼の顔を横切った。振り向き狙いに気づく。風となり、微かな命を喰らう槍を追いかけ追い着く。彼の横には肩を並べる槍、目前にはシフォンの心の臓。


 鈍い、辛い、音が鳴った。


 「‥‥‥‥。」


 「‥‥、お前に徳はあるのか?恩でもあるのか?」


 「‥‥‥ふぅ。‥ふぅ。」


 「‥、そんなに逝きたいのなら、楽に逝かせたのに。馬鹿な男だ。」

 

 刺さった。腹部に。腹を貫通した槍はサラリと溶け、空道を作る。彼の身体に穴が空いた。彼女を傷続けぬ様、振り払えず、彼女を退かせる時間もなく、目を瞑るシフォンの前に立ち、その槍を身体で受け止めた。


 酷い話、彼の空いた体の向こう側、眠る彼女の服は真っ赤に染まってゆく。アニスの槍を真っ向から受け止められなかった。長い長い槍は、彼、そして彼女諸共突き刺した。


 「‥‥、大変、可笑しな事が私の目の前で起きているが、‥まぁ、いい。‥‥‥、毒を喰らいそいつはもう助からないのに‥‥、馬鹿で無知な餓鬼だ。」


 「‥‥ふぅ‥‥‥ふぅ‥‥‥‥ふう‥‥」


 「??。」


 即死だろう。そんな状態。なのに、彼は真っ赤になった彼女を抱き抱える。震える足を叩き立ち上がると、千鳥足でアニスの背を向け歩き出す。


 「ふん。‥‥、何処へ行く。‥‥‥あぁ、そうか。まぁいい。最後ぐらいは‥‥好きにしろ。‥‥‥、死に際を見れて‥‥墓場を選べるのだ‥‥‥。」


 覚束ない足。

 裸足。

 その足で彼が向かう先は、

 この村で唯一の食事処。

 畑があり、黄昏る木々があり、

 暖かな灯りがある場所。

 夜になれば騒ぎ、宴会を開いた酒場。


 二人の我が家である。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ