第19話 英雄なんかじゃない。
『ゆうしゃヘルトのだいぼうけん』
ヘルトと言う機械の少年が悪い魔女を打ち倒し、皆幸せになれたと言う勧善懲悪の物語。
ありきたりな子供だまし。でも、幼い私はこの物語が大好きだった。
華麗に悪を討つヒーローは、私にとって憧れだったんだ。
それからだった、アタシの……『身勝手な英雄ごっこ』が始まったのは。
『こころ、魔使駅周辺のビルにフェアリーズの出現情報が!』
喋るステッキ、「すだち」が私にそう伝えると、アタシはやれやれと言わんばかりに腕を組む。
「まったく、最近多いよね。フェアリーズの出現」
アタシはステッキを手に、天高く振り上げる。そして、声高らかにこう唱えた。
「変身!」
すると、アタシの身体は七色に煌めく光で包まれる。
「助けなきゃ!」
魔法少女の衣装に身を包んだアタシは魔法で目的地へと続くゲートを作り出した。
ゲートをくぐり抜けると、そこには凄惨な光景。
倒壊したビル、倒れた信号、ひび割れた道。まさに”地獄絵図”だった。
それでも、たとえ怖くとも、背中を向けないのがアタシの英雄像だ。
「マジカルスペース!」
刹那、目の前の景色が移り変わり、異空間が作り出される。
フェアリーズはアタシに気が付いたのか、ドリルの様に回転を始め、突進してくる。
アタシは体長3mをも軽く超えるフェアリーズよりも高く飛び上がり、バク宙でそれを避けた。
もちろんフェアリーズもバカじゃない。その隙を狙ってかフェアリーズ自身も飛び上がり攻撃を繰り出す。
しかし、アタシには魔法があった。
「オンリーマイワールド」
そう口にした瞬間、地面と空が逆転し、フェアリーズは地へと身体を叩きつけられる。
一方、アタシだけは重力の影響を受けない様無重力の状態となっている。
アタシは準備が整ったところで、自身の無重力状態を解除する。
宙に浮いていた身体は重力に従い、急速に落下しその勢い利用して、アタシは斧を振り下ろした。
鈍い音を立てて鉄製の身体が破壊されていくフェアリーズはやがて、光の粒となり空へ消えていった。
「これで大丈夫。早く結界を解いて、建物の中に残っている人を助けなきゃな」
アタシはそう呟くと、結界を解き、急いで人々の救出へ向かったのだった。
翌日の魔使中央小学校、4年1組の教室。
扉を開け、クラスへ足を運ぼうとするとなんとアタシの周りには群れが出来ていた。
「ねぇねぇ、こころちゃん。ニュース見たよ!建物にいた人を助けたって」
「やっぱり魔法少女はすごいや!」
アタシを目にしてはクラスの皆がヒーローと呼び称える。アタシはそれが心底嬉しかった。
「ねぇ、あの時の話とかもっと聞かせてよ」
クラスメイトの八神がアタシにそう声をかけてくる。
八神は席がアタシと割と近く、忘れ物をするといつも助けてくれる優しい子だ。
「あぁ、もちろんいいぞ」
アタシは得意気にそう答えると彼女は「約束だよ」と笑顔で言った。
人を助ければ感謝される。周りからも賞賛される。
やっぱり人助けをするのはいいことだって、そう信じてやまなかった。
そう、あの時までは――。
中休み、アタシと八神は校庭のブランコに乗りながら昨日のことや過去に解決した事件、出来事についても全て話した。
「――でなぁ、」
「こころちゃん凄いね!私もこころちゃんみたいになりたいなぁ」
八神は目を輝かせ、頷きながら話を聞いてくれていた時だった。
突然地面が揺れだし、辺りから激しい轟音が鳴り響く。
辺りは騒がしくなり、中には悲鳴をあげる子供も居た。
まさか……このタイミングでか?嫌な予感がする。
アタシは校舎へと視線を移す。
そこにはなんと、白雪姫のフェアリーズが校舎の上からこちらを見下ろしていた。
気味の悪い開いた瞳孔がこちらを見つめている。
歯を食いしばりながらアタシはズボンのポケットに入れたステッキを取り出した。
「マジカルスペース!」
アタシはそう呪文を唱え、異空間を作り出す。
小学校に出現したのは正直、予想外だった。
けど、結界内には魔法少女以外入れない。一度張ってしまえばこっちのもんだ。
「すだち、いくぞ」
アタシは変身をしようとステッキを構える。
『こころ、ちょっと待て』
突然、すだちがアタシを制止させる。
「フェアリーズが現れたってのになんだよ……」
『やがみ……だったか?そいつお前の隣に残っているぞ』
アタシはすだちの言葉に息を呑んだ。
まさかそんなはずはない、だってここは結界内だ。魔法少女以外が易々と入れるわけがない。
と、アタシは隣に視線を移すとそこには恐怖で腰を抜かした八神の姿があった。
「こころちゃん……どうしよう、怖いよ」
怯えた表情で弱々しく声を洩らす八神。なんで、こいつがここに……。
しかし、フェアリーズは優しい生物じゃない。無情にもそれはアタシと八神に襲い掛かってきた。
『いいか、こころ、冷静に対処するんだ。最悪も考えろ』
すだちは真剣な声色で告げるが、そんなんで落ち着ける訳がない。
こんな想定外の出来事に落ち着ける小学生がいるか。
八神の為にも、早く片付けなきゃ……!
「っ……、変身!」
アタシは魔法少女の姿に変身すると、ハンマーを構えフェアリーズに突撃する。
この時のアタシはすだちの言うことなんか聞けるわけもなく、闇雲に走っていた。
フェアリーズは口から毒を吐かれる。
アタシは魔法で瞬間移動をし攻撃を避け、背後を取ってハンマーで攻撃をしたが、手応えはなく代わりにフェアリーズの足蹴りが返ってくる。
それは防御できる暇もなくアタシの腹を蹴り上げた。
ただでさえ腹部への攻撃に呼吸が上手くできない中、背中から地面へと叩きつけられたんだ。
無事であるわけがない。
『こころ、大丈夫か!?』
すだちの心配する声が聞こえる。
立たなくては、ここには八神も居るんだ。アイツを死なせるわけにはいかない。
アタシはよろよろと立ち上がり、次の攻撃を仕掛ける。
空間内の重力を操作し、超加速を再現してみせ敵に突っ込む。
飛びかかる勢いでフェアリーズに急接近したアタシは、魔力を込めて巨大化させた斧を力いっぱい振り下ろした。
――ザシュ。
肉を抉る嫌な感触、飛び散る生暖かい赤色。
振り下ろした斧が当たったのは……八神の胸だった。
「あっ……」
目の前には胸元を深く斬られた八神の姿があった。無残にも八神の居る位置の地面には水溜りができている。
「や、がみ……?」
アタシは彼女に手を伸ばそうとしたその時、フェアリーズは顎が外れる程大きく口を開けていた。
「おい、待てよ!やめろ、やめっ、」
ぐしゃりとグロい咀嚼音が響く。
あまりにも生々しい音にアタシは猛烈な吐き気を催す。
八神が、死んだ。そのあまりのショックにアタシは意識が朦朧としてくる。
この時、アタシは始めてフェアリーズに強い憎悪の感情を抱いた。
思考よりも身体が先に動いて、暴れまわって、気づいたらフェアリーズは消滅していた。
バラバラの金属と八神だった欠片が散らばっている。
『こころ……そう気に病むんじゃない。あれは事故だったんだ』
「…………ぉえ」
すだちの励ましの声も頭に入らなかった。
白地のセーラー服に赤いシミが滲んでいる。きっと変身を解いたら消えるだろう。
それでも、アタシのショックが消える事はなかった。
魔使中央小学校、4年1組の教室。
扉を開け、クラスへ足を運ぼうとするとなんとアタシの周りには群れが出来ていた。
「ねぇ、こころちゃん……なんで近くに居たのに八神ちゃんを助けられなかったの?」
一人のクラスメイトがアタシにそう問いかける。彼女は八神の隣の席に座っている少女だ。
あれから八神は行方不明者として地域で取り上げられたが未だ見つかっていない。
フェアリーズに食われたんだ、食ったフェアリーズ本人が消えたら八神だって残らない。
この事件は既に迷宮入りが確定しているんだ。
「こころちゃんは、魔法少女なんだよね?なんで助けてくれなかったの?」
少女の悲痛な叫びが教室に響く。刃物のような言葉の羅列。
アタシは何も言えなかった。俯いたまま何も言わずに彼女の言葉を聞いていたんだ。
八神を守れなかったアタシになにか言う資格なんてない。
「なんで黙ってるの……?八神ちゃん死んじゃったんだよ、」
「ひどいよ。こころちゃんなんて、ヒーローじゃない!」
嗚咽混じりの叫び声、しかしアタシはその言葉でなにかが音を立てて切れた感覚がした。
『ヒーローじゃない』そうだよな人を守れない奴が英雄なわけないよな。
なんだか全てが馬鹿らしくなったアタシは自分の愚かさがおかしくて、笑いがこみ上げていた。
そうだ、全てはアタシの勘違いだったんだ。アタシは――英雄なんかじゃない。
「そうだけど、なにか悪い?」
アタシの言葉に皆がまるで着ぐるみの中身を見た子供みたいに表情を変える。
中には泣き出す子や逆に怒りを露わにする子、沢山いた気がする。
でもそんなの関係ない。この際だからと全てを感情的に暴露してやろと思った。
「アタシはただ自分が気持ちよくなる為に善行を行っていただけの偽善者だ。お前らの為じゃない」
「お前らはアタシになにかしてくれたか?なにもしてないよな?
「なんにもしてねぇ癖に偉そうに喋るなよ」
本心も噓も混ぜ込んでぐちゃぐちゃなそれを吐き散らした。
グチグチ言ってくる外野に溜め込んだものを一気に吐き出す爽快感は半端な物じゃない。
けど、おかしいな。声が震えて、上手く出ないのはなんで?
あぁ、本当……魔法少女なんてクソだ。




