第20話 それでも貴方は__。
『最後のお仕事』
彼女の放った言葉が私の胸に重く突き刺さる。
その言葉を放った狼谷こころの表情は暗く、絶望しきっているものだったから。
次の瞬間、大きく風を切る音と共に刃が振られる。
私は咄嗟に背後へと飛び退いたが、一発の攻撃を避けた程度で彼女が止まることはなかった。
次々と放たれる力強い攻撃。しかも、そのどれもが無駄のないものだった。
動きだけで分かる。彼女は私達の実力を容易に超えている。
魔法で身体能力を上げていても、避けるので精一杯だ。
「ねぇ、やめようよ。魔法少女同士で傷つけ合うなんてダメだよ」
降り注がれる攻撃の中、やっとの思いで放ったありきたりな言葉。
それは彼女を止めるにはあまりにも力不足だった。
「『傷つけ合うなんてダメだよ』か、随分と綺麗な言葉だな」
薄ら笑いを浮かべる彼女は私を指差して言葉を続けた。
「アタシはお前の、その考え方が気に食わない。魔法少女はいい子やってるだけじゃ務まらないんだよ。」
「残された未来は破滅だけだ」
そう言う彼女の瞳はどこか苦しげで、歯は唇を噛み締めていた。
私はこの仕草をする人はどんな感情を抱えているかなんとなくわかる。
いじめられてた時、ずっと人の表情を見ていたから。
長い前髪の隙間から覗いた彼女には迷いが感じ取れる。
彼女の想いに寄り添ってあげたい、私が彼女を助けてあげたい。
それでも、私が手を差し伸べるには情報が足りな過ぎた。
狼谷こころは私を助けた一件以外にどんなことを経験したのだろうか、発言を見るに魔法少女でなにかあったのだろう。
あと一歩で、彼女を救い出せる気がするのに……!
狼谷こころの心情を探るのに気を取られていた私は気づけなかった。
狼谷こころから放たれたその一撃に。
「もう終わりにしようか。ここでアタシも、お前も」
その一言を聞いた頃には遅かった。斧の刃が頬スレスレまでに近づいていたことに。
「……っ!」
咄嗟にバリアを発動し回避を図るが、反応が遅れたせいか頬には鋭い痛みが走っていた。
思わず触れたその指先には鮮やかな赤色が染め上げられていた。
それと同時に先程まで軽かった身体が急に鉛のように重たくなる。
まるで、魔法の効果が切れたみたいに――でも、どうして?
「終わりだな」
その声に私は思わず視線を移す。目に映ったのは彼女の身体の何倍も大きな斧だった。
もうバリアを使える程の魔力は残っていない。
魔法だって、未だに条件が分からない上に消費が激しい。
ボウガンだって防御で使うには役立たずすぎる。
ダメだ、完全に詰んでいる。私は、彼女を救えずに終わっちゃうの?
そんなの絶対に嫌だ。対策を考えないと。
しかし、時と言う物は時に無慈悲だ。もう悠長に考えられる程の時間は残されていなかった。
鋭い刃が振り下ろされた。そう思っていた。
振り下ろされた刃は丁度、私の身体を避けて真横の地面に突き刺さったのだ。
「んでだよ……」
狼谷こころが踏んでいる地面が、雨粒の降り注いだ後みたいに濡れていく。
「アタシは、助けたじゃねぇか。みんなの事を何度も」
震えたような声がノイズに混じってハウリングする。
私のなかの何かが、彼女をこのまま放っておけなかったんだ。
それに私はまだ、あの時のことを伝えられていない。
ゆっくりと息を吞むと、震える唇を開いた。
「私は、昔貴方に助けられました。覚えて……いますか?」
捻るように出された言葉。しかし、狼谷こころ……いや、英雄は眉間にしわを寄せていた。
「こんな色々デカい女、助けた覚えなんかねぇ」
乱雑に放たれる言葉で、私は心を強く締め付けられる。
そっか……覚えてないよね。髪だって染めてるし、身体も大きくなっているし……。
でも、諦めたくない。
勇気を振り絞り、また英雄に声をかける。
「貴方は私のこと、覚えてないかもしれない。けど、私は確かに貴方に救われたのです!」
声を張り上げ、彼女に届くように声をあげる。
すると、彼女は乾いた笑みをこぼした。
「アタシは……もう英雄なんかじゃない。そんな資格、私には――」
「それは違うよ!」
私は、叫ばずにはいられなかった。
喉の奥が焼ける。視界が滲む。それでも、絶対に伝えなければいけなかった。
「私は、少なからず貴方に救われた!あの地獄の日々から解放してくれたのは――間違いなく貴方だった」
彼女は顔を伏せたまま、表情を読ませない。
それでも、私は続けた。
言葉が詰まろうと、手が震えても、諦めたくはなかったからだ。
「貴方がどれだけ絶望していようと、過去になにがあっても関係ない。」
「それでも貴方は私の英雄だからっ!」
微かに英雄の瞳が揺れる。
私は英雄に一歩、また一歩と彼女に踏み出し、彼女の手を取って言った。
「だから、お願い。貴方が自分を壊してしまう前に私の言葉を聞いて。一度だけでもいいから、救った人間の言葉を――信じてよ!」
英雄は手をプルプルと震えださせ、唇を嚙み締めていた。
彼女の目は涙目でたえず潤っている。
「アタシもう……救われる資格なんてない。人を殺めた魔法少女を救うなんて」
「なにウジウジしてんの」
私と英雄の間にはひびき先輩が入ってきた。
堂々と、腕を組みながら仁王立ちをしていた。
「ひびき先輩!?」
「ちょ~っと黙っていたら資格がないだのごちゃごちゃなんか言ってるけどさぁ」
私の、動揺の声などものともせず。ひびき先輩は英雄を指差す。
「だからって人巻き込んで終わらせるだのなんだのって、自分勝手この上ないんじゃないの?」
「ひ、ひびきせんぱ……」
ひびき先輩なりの励まし方だろう。でも明らかに言い過ぎだよ……。
アクセル全開のひびき先輩をステイさせようと行き場のない手を動かすが、ひびき先輩は止まらない。
「そもそもさ、アンタが消えたら……少なからず悲しむ奴はいるんじゃない?それはここに入れられた被害者も同じでさ」
「悲しむ?一体誰が?」
英雄はあからさまにひびき先輩から目を逸らしながら呟く。
ひびき先輩はその言葉を聞くと目を鋭くさせ、英雄にぶつけるように言い放った。
「アンタが居なくなったら、このお人好しが悲しむじゃない!」
「うちの後輩泣かせたらアンタ、末代まで呪うから!それに、いなばに傷をつけたの許してないからね!」
ひびき先輩は英雄を指していた人差し指を勢い良く私の方へ移した。
今のひびき先輩はブレーキが効かない暴走列車さながらだ。
「ひびき先輩、もうやめましょうよ……流石に言いすぎです」
とにかくひびき先輩を静止しようと試みるが――。
「こいつはこれぐらいはっきり言わないと分かんないわよ!」
「まぁ、でも……言い過ぎたことは認める。熱が入りすぎたわ」
ひびき先輩は私の言葉が届いたのか、肩を落とし深呼吸を始めた。
私はその様子を見てほっと胸を撫でおろした。
「でもさ、被害者の子達もどれだけ絶望していようが大切な人や家族はいるはずだとあーしは思うんだよね」
ひびき先輩はまた口を開くとそう言葉を放つ。
先程までの感情的なものではなく、彼女にしては意外なほど冷静な声で。
「だから、アンタがここですべきことは『被害者達を解放して、あーし達とここを出る』。それでアンタの罪がゼロになるわけじゃないけど、これ以上マイナスは免れるじゃん?」
そう言うとひびき先輩は笑みを浮かべた。
彼女らしい愛嬌のある微笑は、どこか希望の光を孕んでいるように見えた。
「あは、」
小さく吐息のような声が、英雄から漏れ出す。
英雄はやっと顔をあげると、私達を正面から見据えていた。
「なんだよそれ、馬鹿な癖に英雄面しやがって……でも、」
「よかった。ちゃんと誰かを守れてた。無駄なことなんかじゃなかったんだ」
僅かに涙をこぼしながら微笑が口角に浮かぶ。私達は彼女の姿にまた自然と口角を上げたんだ。
もしかすると、彼女も無意識に救われたがっていたのかもしれない。
英雄にはまたそれを助けるための英雄が必要だった。
私は、彼女にとって……英雄になれたかな。
少し間をおいて、英雄と私は被害者達を次々と元の場所へと戻していった。
被害者の数はおよそ45名。そのお送りは意識を失っている状態だったが、健康や命に別条はなかった。
「よし、これで一件落着ってわけね。さぁて、あーし達も帰りましょうか!」
ひびき先輩は弾んだ調子の明るい声でそう言った。
「そうだね、現実の私達がどうなっているかも分からないし……あまり時間はかけられないよね」
私もひびき先輩に続き、そう呟いた。
しかし、そんな時だった。
「お前ら、離れろ!」
突然、英雄は私とひびき先輩を突き飛ばしたのだ。
小さな少女から出されたとは思えない程の怪力に、私とひびき先輩は尻餅をついてしまった。
「いっ……なにすんのよ!」
痛む尻を擦りながら英雄に強く言い放つひびき先輩。
だが、私達は目に映った光景に言葉を失ってしまうだろう。
だって、さっきまで私達が立っていた場所には、ノイズがかった大きなガラスが刺さっていたからだ。




