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激闘、深層のモンスター

敵が動いた。

一瞬だった。

四本の腕が、同時に振り下ろされた。


速い。

第二層のボスの時とは比較にならない。

空気が断ち切られる音が四つ、重なった。

桜花が掻き消えた。

「……っ」

四本の腕が床を抉った。

石が砕ける音。

衝撃波が通路を走り、足元から振動が突き上げてきた。

俺は後ろに跳んでいた。

というか体が勝手に動いていた。

鍛錬の成果か、それとも本能か。

どちらか分からなかった。


視界の端。

桜花は天井近くにいた。

壁を蹴って跳び、落下しながら刀を抜いた。

光が走る。

遅れて、硬質な外皮が割れる音が響く。

モンスターが吠える。

低い。重い。壁が震えた。

傷はついた。深くはなかった。



桜花が着地した。

俺の隣に戻ってきた。

「……硬いですね」

「200年前もそうだったか」

「もっと柔らかかったです」

「もしかして進化してるのか?」

「かもしれません」


モンスターが向き直った。四本の腕が、ゆっくり広がる。

靄が膨らんだ。通路を埋めるように。逃げ場を塞ぐように。

「桜花」

「見えています」

「靄の中に入ったらどうなる」

「動きが鈍くなります。私でも」


靄は広がり続ける、じりじりと確実に。

背中が、壁に近づいていた。

気づいたら、退路が半分塞がれていた。

「……押してきてる」

「戦略的ですね、このモンスターは頭がいい」

「厄介だな」

「はい」

桜花が踏み込んだ。

正面から。真っ直ぐに。

モンスターが四本の腕を構えた。

四方から同時に来る。

桜花は止まらなかった。重心を落とした。

あの形だ。限界まで低く。

四本の腕の全部の下を、一つの動きでくぐり抜けた。

「……っ」


信じられなかった。

桜花は四本同時の攻撃をかわしきった。


懐に入り、刀を抜いた。

今日一番鋭い音。

「一閃っ、はぁっ!!」

空気が断たれる乾いた響き。

外皮の継ぎ目に、深い一筋が走った。


モンスターが後退した。

初めてだった。

「……効いてる」

よし、と思った。

その瞬間だった。


靄が、爆発した。

膨張という言葉では足りなかった。

一瞬で通路全体を覆った。黒い。濃い。

視界がゼロになった。

「桜花——っ」

返事がなかった。

俺は動けなかった。靄が体に纏わりついていた。冷たい。重い。

手足の感覚が鈍くなっていった。

これが靄かと思った。

桜花が言っていた。動きが鈍くなる、と。

私でも、と。

「……っ」

靄の奥で、音がした。

刀が弾かれる音。

桜花が、弾かれた。

「桜花!」

「……っ、問題、ありません」

声が、いつもと違った。

苦しそうだった。

「嘘つくな、声が違う」

「……少し、鈍くなっています」

「靄のせいか」


「はい。想定より濃い。早く出ないと——」

また音がした。

今度は壁に何かが叩きつけられる音だった。

「桜花っ」

返事がなかった。



俺は動いた。

靄の中を、音の方向に向かって走った。

視界はゼロだった。

でも、足は動いた。

鍛錬で叩き込んだ重心の使い方が、暗闇の中でも体を支えた。

壁際に、桜花がいた。

膝をついていた。

刀を杖代わりに、なんとか立とうとしていた。

「秀馬、来てはいけません、それに靄の中です。動きや判断が鈍くなります」

「なってる。でも動ける」


桜花が俺を見た。靄の中で、金色の目が揺れていた。

「……無茶です」

「それはお互い様だろ」

モンスターが迫っていた。

靄の中でも分かった。重い足音。

地面の振動。四本の腕が広がる気配。


俺は桜花の前に立った。

木刀を構えた。

「秀馬」

「少しだけ時間をくれ」

「少しだけ、とはどのくらいですか」

「お前が動けるようになるまで」

「それは——」

「行けるようになったら言え」

桜花が黙った。


モンスターが踏み込んだ。


腕が来た。

一本だった。

四本同時ではなく、一本ずつ様子を見るような動きだった。

賢い。靄の中で消耗させるつもりだ。

俺は木刀で受けた。


衝撃が腕を走った。痺れた。

吹き飛びそうになるが踏ん張った。

弾かれたでも、倒れなかった。


「……っ」

「秀馬」

「まだいける」

二本目が来る今度は横から。

下がらず横に動いた。

鍛錬で叩き込んだ回避だ、腕が空を切った。


「秀馬」

桜花の声だった。

「なに」

「右に引きつけてください」

「……分かった」

俺は右に動いた。木刀を振った。

当たらなくていい。音を出す。気を引く。

モンスターの視線が、俺に向く。

その瞬間。

靄が、内側から裂けた。

桜花が動いた。

鈍くなった動きの中で、それでも、速かった。

モンスターの死角から懐り、刀を抜いた。

「双閃・連!ハァッ!」


さっきより、深い音が響いた。

外皮の継ぎ目が、大きく割れた。

モンスターが吠えた。

今度は怒りではなかった。

痛みだった。


靄が薄くなり始めた。

モンスターの集中が乱れたからかもしれない。

視界が戻ってきた、桜花がいた。


いつもより息が荒かった。

でも、立っていた。刀を構えていた。

俺も立っていた。

腕が痺れていたが動ける。


「……行けるか?」

桜花が俺を見た。

「行けます」


「靄は薄くなっています、今なら」

「急所は同じ場所か」

「同じです。ただ——」


桜花が刀を構え直した。

「今度は、更に深く入ります」

「どのくらい」

「靄ごと、断ち切ります」

「それ危なくないか?」

「秀馬が囮をしてくれるなら、大丈夫です」

「また囮か」

「得意でしょう」

「さっきは死にかけたけど」


「今度は死にかけません。私が見ています」

俺は木刀を握り直した。

腕がまだ痺れていたが握れた。


「……行くぞ、合図は?」

「私が動いたら、下がってください」

「分かった」

「……ありがとうございます」

俺は前に出た。

モンスターが俺を見た。

四本の腕が広がった。

さっきより速かった。かなり怒っている。

俺は動く。

右に。左に。鍛錬で叩き込んだ動きだ。大きく、派手に。目立つように。

腕が来た。

一本、かわす。

二本目が来た。

(ダメだ、かわしきれない)


腕が肩を掠めた。吹き飛んだ。壁に叩きつけられた。

「……っ」

痛い。でも、意識はある。

モンスターが俺に向かってきた。

その背後で。


桜花が踏み込んでいた。

靄の中へ。真っ直ぐに。

今度は迷わなかった。

重心を落とした。限界まで低く。

モンスターの背中の継ぎ目へ、一直線に。

刀を抜いた。


今まで聞いた中で一番。鋭く、深く、長い音だった。

光が走った。

通路全体を照らすような、白い光が遅れて現れる。

硬質な外皮が、縦に割れる音が響いた。

靄が、消えた。跡形もなく。


モンスターが、ゆっくりと傾き、崩れ落ちた。

四本の腕が、力なく床に落ちた。

静寂が戻った。



俺は壁に背中をつけたまま、ずるずると座り込んだ。

腕が痛い。肩が痛いが息はできた。


桜花が歩いてきた。

刀を納めながら。

俺の前で、膝をついた。

目の高さが、同じになった。

「怪我は」

「肩を打った。でも動く」

「見せてください」

「いや大したことない」

「見せてください」


有無を言わさない声だった。

俺は肩を出した。

桜花が確認した。

しばらく黙っていた。

「……骨は大丈夫そうです」


「だろ」

「でも」

桜花が俺を見た。

目が、揺れていた。

「……怖かったです」

「俺が?」

「吹き飛んだとき」

「でも助かった」


「助かりましたが」

桜花が視線を落とした。

「源之助様も、よく無茶をしました」

「俺も無茶したか」

「しました」

「でも、お前が動けた」

「……そうですね」

桜花が立ち上がった。俺に手を差し伸べた。


俺はその手を掴んで、立ち上がった。

「ありがとな、桜花」

「お礼は帰ってから、と言いました」

「帰る前に言いたかった」

桜花が俺を見た。

少し間があった。

「……もう一度、帰ってから言ってください」

「分かったよ」


桜花が前を向いた。

通路が、明るくなっていた。靄が消えて、魔力石の光が届くようになっていた。

「帰りましょう」

「ああ」

「クリームパン、三個」

「覚えてたのか」


「約束しました」

俺は少し笑った。

肩が痛かった。


でも、足は動いた。

並んで、来た道を戻り始めた。


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