緊急招集
連絡が来たのは、夜だった。
差出人、黒沢。
「明朝、協会に来てほしい。第12区の状況が変わった」
短い文章だった。
でも、短いほど急いでいる。
そういうことだと思った。
⸻
翌朝。
協会の五階。
先週と同じ部屋に通された。
違うのは、人数だった。
前回は三人だった。
今日は七人いた。
黒沢が立っていた。座っていなかった。
それだけで、状況が分かった。
「来てくれたか、座らなくていい。手短に話す」
黒沢が壁のスクリーンを操作した。
地図が映し出された。
第12区。川沿いのダンジョン。
赤いマーカーが、深層から移動する軌跡を示していた。
「三日前から加速している。現在、第六層までの移動が確認された」
「通常のモンスターではない。形状が既存のデータと一致しない」
スクリーンが切り替わった。
映像だった。
暗い。ダンジョンの深層。
何かがいた。
人型に近い。でも、違う。腕が四本。
頭部に角。全身から、黒い靄が滲み出していた。
「……っ」
俺は息を呑んだ。
桜花が、動いた。
スクリーンに一歩、近づいた。
「桜花?」
答えなかった。
スクリーンを見ていた。
じっと。食い入るように。
「……知っていますか、この型を」
黒沢が桜花に問う。
桜花が答えた。
「……はい」
部屋が静まった。
「200年前に、見たことがあります」
「どこで?」
「ダンジョンの深層です。当時も、このように移動してきました」
「当時の記録は」
「残っていないと思います。200年前の深層での出来事ですから」
黒沢が桜花を見た。
「対処できるか」
「Sランクドールであれば、可能です」
「そうか」
黒沢が資料を閉じた。
「ただ問題がある」
スクリーンが切り替わった。
今度は国内の地図だった。
赤いマーカーが、二箇所に灯っていた。
第3区。第9区。
「昨日から、二箇所で同時多発的なダンジョンブレイクが発生した。規模が大きい。国内のSランクドールは全て、そちらに投入している」
「全て‥」
「そう全てだ。そして現在、第12区に回せる戦力がない」
俺は地図を見た。
三箇所同時、偶然じゃない気がした。
「……狙ってますよね、これ」
黒沢が俺を見た。
「その可能性は排除できない」
「第12区を手薄にするために」
「あるいは単なる偶然か、ただ——」
黒沢がスクリーンを見た。
「偶然だとしても、第12区は待ってくれない」
スタッフの一人が口を開いた。
「移動速度から計算すると、第四層到達まであと四十八時間以内です。第四層まで来ると、地上への影響が出始めます」
「住民の避難は」
「第12区の住人を48時間で動かすのは——難しいと思われます」
黒沢が俺を見た。
「だから、来てもらった」
俺は桜花を見た。
桜花は黒沢を見ていた。
「封じ込めればいいですか?」
「倒せれば一番いい。難しければ、深層に押し返すだけでいい。時間を稼げれば、第3区と第9区の処理が終わり次第、Sランクを回せる」
桜花が頷いた。
「分かりました」
「‥待ってくれ」
俺が言った。
全員が俺を見た。
「条件があります、俺も行かせてください」
黒沢が眉を上げた。
「石浜くん、君は——」
「魔力がないのは知っています」
「それに深層のモンスターで今まで以上に危険だ」
「知っています」
「ならなぜ行く」
俺は少し考えた。
「桜花が隣にいれば戦えます。桜花が戦うなら、俺も隣にいます、それだけです」
黒沢がため息をついた。
「……無茶だな」
「よく言われます、桜花に」
黒沢が桜花を見た。
桜花が答えた。
「秀馬が行くなら、止めません」
「止めないのか」
「止めても聞かないと思いますので」
「……正直だな」
「よく言われます」
黒沢が額に手を当てた。
スタッフの一人が苦笑いしていた。
細かい打ち合わせが続いた。
装備や通信、撤退のライン。
黒沢が一つ一つ確認していった。
俺は全部頷いた。
桜花は全部黙って聞いていた。
一時間後。
「出発は明日の早朝だ。準備をしておいてくれ」
「分かりました」
「石浜くん」
「はい」
黒沢が俺を見た。
「桜花は200年前にこれを見ている。嫌な記憶かもしれない」
「……そうですね」
「無理はさせるな」
桜花が口を開いた。
「無理ではありません」
「本当に?」
「嫌な記憶かと聞かれれば——そうです、でも」
俺を見た。
「今回は、一人じゃありません」
黒沢が黙った。
何も言わなかった。
でも、目が少し和らいだ気がした。
⸻
協会を出た時は夕方だった。
川沿いの風が冷たかった。
しばらく、二人とも何も言わなかった。
桜花が先に口を開いた。
「……秀馬」
「なに?」
「200年前に見たあのモンスターは——」
一拍。
「強かったです」
「Sランクで倒せると言ってたけど」
「倒せます。ただ」
桜花が川を見た。
「簡単ではありませんでした」
「そうか」
「今回は私だけです、私はSランクではない」
「でも桜花はSランク以上の力がある」
「……そうですね」
「問題ないだろ」
「問題ない、とは言い切れません」
桜花が俺を見た。
「ただ——」
「ただ?」
「200年前と違う点が、一つあります」
「なに」
桜花が前を向いた。
「秀馬がいます」
俺は何も言わなかった。
「それが、どう作用するかは分かりません。でも」
短い沈黙。
「悪くはならないと思っています」
風が吹き、川面が揺れた。
「……桜花、明日行くぞ」
「はい」
「隣にいろ」
桜花が小さく頷いた。
「——常に」
川沿いを歩いた。
並んでいつもより、少しだけ近い距離で。




