第二十七話 飄々豹変
戦場で響く爆音。その閃弾の主が、かつて久世原の故郷を襲ったメルクリウスであると、久世原は悟った。同じく篠田大佐の部隊にいた、笹良木少佐も同様に察する。
「………この戦場のどこかにメルクリウスがいる」
両者の思惑は一致していた。しかしそう簡単にはメルクリウスにたどり着けないことも同様に悟る。
戦いの火ぶたが切って落とされてから5分程度。アール達の自爆を合図に、幽澱帝国は大隊による突撃を開始した。
鉄盾のバリケードを築いてした盾兵は再度重量のある鉄の盾を持ち上げ、戦場を駆ける。
対するは天照国の扇形の陣。
天照国・扇形陣形配置
■東側 藤堂第一大隊&篠田第三大隊
■中央北側 桐野本隊&神谷第四大隊
■西側 黄泉沢第二大隊&宗像第五大隊
その扇形を包み込むように幽澱帝国の盾兵が、天照国の扇形陣形の端から200mほどに鉄のバリケードを再度築き上げた。
「「突撃ぃぃぃ!」」
その時、二つの巨大な声が響き渡った。号令をかけたのは天照国。
それも同時。東端の篠田大佐と、西端の黄泉沢大佐が号令をかけたのである。
それぞれの部隊は、扇形に包み込んできた幽澱帝国のバリケードの端を攻め上がる。
中央から見ていたクライネはその意図に気づいた。
(まさか……やられた?
扇形の陣はただの防衛陣形ではない! 天照国が扇型をしていれば、幽澱が攻め上がる際に、自然と前線が扇型になってしまう! 通常陣形は長方形を成しているが……扇型になればその防御の厚さが薄くなる……そこを狙ったのか)
■戦場西側 突撃号令をかける数分前。
黄泉沢大佐率いる第二大隊は目の前に進軍してくる幽澱軍と対峙する。
「あぁ~嫌だな……本当に嫌だ」
弱音を吐いていたのは等々力大佐の後任として第二大隊隊長に就いた黄泉沢慎太郎大佐。
「落ち着け私。私はあの等々力大佐とは違うんだ。いいか、大事なのは民の命、兵の命、命だぞ」
ずれた眼鏡を直しながら、自分に言い聞かせるようにそう呟く。が、肩に重くのしかかるものがあった。
(し、しかしこの重圧……! 大隊一万人もの命をこの私の手と頭で操らなければならない重圧! 等々力大佐は常にこの緊張感の上に立っていたというのか! イカれている! そしてその命たちに突撃命令を出して紙屑のように散らしていた!? 余計にイカれている!)
そうして冷や汗をかいている間に、眼前に幽澱軍のバリケードが形成された。
(これは……桐野中将の予測していた状況! すなわち突撃の合図……行くのか? 本当に? いや今! 行くしかない、腹くくれ、私!)
「と、突撃ぃぃぃ!」
号令をかけると黄泉沢大佐率いる第二大隊は敵の陣の端を突くように攻め上がっていく。
「行け、行くのだ、足を止めるなぁあぁ! ひゃぁぁぁ!」
(こうなったらやけだ!)
黄泉沢大佐の掛けていた眼鏡が進軍の中で外れるほどの勢い。
普段おとなしい彼は戦場で豹変していた。
長らく元第二大隊隊長の等々力大佐の下で、その地獄突進行軍に耐え続けてきた日々が、開放された反動で狂気ともいえる突破力をもたらしたのだ。
「ゆけぇ!!! ひゃははは!」
彼は騎馬の尻を蹴り上げると、縦横無尽に戦場を駆けめぐる。指揮する立場でありながら、ほぼ前線に飛び出してきてしまった。
「黄泉沢を狙え! 敵の将軍だ!」
当然、恰好の的となる。だが、幽澱の兵が閃弾を構えるまでの刹那。
「うるっさいぃぃっ! 【怒呉】!!!」
黄泉沢の早撃ちの炸裂弾が幽澱軍に突き刺さり、前線を崩壊させる。彼の閃弾【怒呉】はただの炸裂弾ではない、ストレスを貯め込んでいれば貯め込んでいるほど強力になる特性を持ち、結果として炸裂弾ほどの攻撃範囲と威力を手に入れたものである。しかし、本人はそれを自覚していない。
「攻めろ攻めろ攻めろ攻めろ攻め上がるのだぁあ! そうだ! 地獄突進行軍の再来だぁぁぁ─────!」
──────見覚えのある光景に、第二大隊の前線で盾兵を務めている真桑雄介二等兵の顔色は悪くなっていた。
鶴崎平野撤退戦線、鶴崎平野決戦(天狗村防衛戦時の本陣同士の戦い)、紅羽港防衛戦などを生き延びてきた真桑はもう限界をとうに越していた。閃弾能力は低い彼の仕事は約23㎏の鉄の盾を持ち、戦場を走ってバリケードを築き上げること。すなわち最前線を担う危険なポジション、等々力大佐の部下であったのであればなおさらだったのだ。
彼が経験したどの戦場でも、彼は怯えていた。閃弾の撃ち合いじゃ勝てない、できることは、横の仲間の鉄盾と、自分の鉄盾を隙間なくつめバリケードを展開し小さく縮こまっているだけ。
だから、等々力大佐が暗殺されたとき、少なからず安堵していた。大佐が変われば、この現状が変わるかもしれないと。
しかし、この現実。黄泉沢大佐は等々力大佐のDNAをしっかりと引き継いでしまっていた。
だが、真桑雄介はすぐに、黄泉沢大佐と等々力大佐の相違点に気づく。黄泉沢大佐は前線を張ってくれているということ。これにより前線の部下の生存率は各段に上がっていた。
それに気づいた時、少しだけ気分が楽になった。頑張ろう、なんとしても生き残ろう、そう決心した。その時──────
──────ゾクリ
嫌な気配がした。
黄泉沢大佐は真桑以上に敏感に感じ取る。
(これは─────!)
それは、かつて等々力大佐の部隊に居た時に感じたのことのあるモノ。
「死の匂い……!」
その時、黄泉沢大佐の視界ががくっと沈む。彼の騎乗する馬がやられたのだ、とすぐに把握した。
そして死の匂いが強く鼻を突く。崩れ落ちる中、本能的に体をよじる。
彼の視界に入ったのは黒い腕。身軽なローブを身に纏う、黒衣の男。
「近距離戦……!? この閃弾飛び交う戦場で!?」
動揺する黄泉沢大佐。黒衣の男は頭に被さる布を取り去った。
「俺の名はレグルス=アルケーン。てめぇらにやられたグリフォイアの兄だが……お前は狙撃手を知っているか」
「……天照語で話してくれなきゃわからんっっ!」
レグルスは黄泉沢大佐の肩の紋章を目に留めた。
「お前の階級は高そうだ、後で体に聞いてやる」
◇◇◇
■戦場東側
東側で号令がかけられた第三大隊も、第二大隊同様に攻め上がっていた。
「攻めろ! 敵の虚を突くのだ!」
普段温厚な第三大隊隊長・篠田大佐も鬼のような形相で指示を飛ばす。その先頭を走るのは久世原中佐の部隊。
「【迸雷】!!!」
怒りがこもった閃弾が敵の盾兵の築いた鉄壁を撃ち破った。彼が先ほど見た爆発の主・メルクリウスを目指して彼は馬の尻を蹴る。
「盾を上げろ、前線をさらに上げる!」
味方の盾兵に指示を出し、さらに前線を押し上げる。第二大隊がいる西側に比べ、東側の幽澱帝国の対応は鈍かったのだ。
その要因。
「くそっ……なんで……!」
メルクリウスによって任命された新たな少佐相当官・ルカ=メロロクィラ。ただの二等兵であった彼が1000人規模を率いるのは、クライネの読み通り無茶だった。瞬く間に久世原に隙を突かれ、前線崩壊のほころびを生み出してしまった。
「……待てよ」
紫色の靄が、ルカの周りを漂い始めた。メルクリウスが『化ける』と評した彼の真価が顕現する。




