第二十六話 顕現する憎悪
天照軍に出撃命令が下った数分後。
「おい」
兵が慌ただしく動く紅羽支部の廊下で、静馬は藤堂朝人に話しかけられた。
「……朝人」
「お前が狙撃手だと知ってから、最初の戦いになるな」
「……そうだな」
静馬はその朝人の言葉に、前から気になっていたことを問いかける。
「バラさないのか? 俺が狙撃手だってことを」
「そりゃ、殺されたくねぇからな」
「久世原中佐を警戒してんのか」
「……あぁ。久世原中佐はわかってない。夜鳥羽、お前の力は───」
朝人は唐突に言い出した。
「……え?」
困惑する静馬に朝人は言い淀む。
「……いや、なんでもない」
何か言いたげだった朝人との間に一瞬沈黙が訪れた。静馬はその一瞬でも耐えられなくなり口を開く。
「なぁ、久世原中佐と笹良木少佐のことだけど──」
静馬は、あの夜倉庫で何があったかを細かに話した。
「……そうか。それで久世原中佐の言いなりにはならない方法を取ったってか」
「あぁ。これが俺の力の使い方だ」
「久世原中佐が大人しくなればいいけどな」
「そうしたら、俺が撃ち抜く。覚悟はもう出来てる。中佐が本気だからこそ」
静馬は自分の手を見つめる。
「そうか……狙撃手の覚悟ってやつだな」
朝人は改めて噛み締める。
「そんな大層なものじゃねぇよ」
「でもお前はグリフォイアもディートも討ち取った。……夜鳥羽、お前には負けねぇぞ。俺はこの戦いでさらに上を目指す」
朝人は真っ直ぐに静馬の目を見つめた。
「……! おう!」
「あ、一応俺の方が階級上だぞ」
「そっか、敬語……!」
「はは、冗談だ、誰も聞いてないしな」
「なら、すぐに追いついてやる」
「そしたらまた突き放す」
目を合わせてニヤリと笑い会う二人。立場や戦いは違えど認め合う好敵手。
「死ぬなよ、朝人」
静馬は朝人にそう言った。
「静馬もな。いや、狙撃手ならそんな心配いらねぇか」
そして朝人は、少し考えたあと、付け加える。
「……じゃあ、気負いすぎるなよ。戦場には俺がいる。狙撃手のことを知ってる俺がな」
◇◇◇
そして戦争が始まる。
紅羽支部より北1000m。開けた平野に幽澱軍10万が陣を敷く。
それと睨み合うは天照軍6万の兵
それを望遠鏡で見ていたクライネは違和感を覚えた。
(陣が扇形……?)
紅羽支部の北門を中心とした、約150°に渡るの巨大な扇形の陣を取る。
西から、第三大隊篠田大佐、第一大隊藤堂大佐が陣取り、中央には紅羽支部長桐野中将と第四大隊神谷大佐。そして、第五大隊宗像大佐、第二大隊黄泉沢大佐が構える。
(……そういうことですか)
その意図をクライネはすぐに読み取る。それは陣の横撃対策。すなわちクライネの得意戦法、別働隊の警戒である。長方形に並べば、横からの攻撃に即座に対応できず、最悪前後に分断されてしまう。
そこで扇形に陣取ることで対応する腹づもり。桐野中将の策である。
だが大きな誤算。今回の総指揮はクライネではなくメルクリウス、クライネは戦術的な指示は出せない。ただの少佐として、現地で指示を出すのみ。クライネの失脚が逆に天照の不確定要素を増やすことになる。
が。堕ちても参謀は参謀。まだ若くとも軍を指揮し勝利に導いてきたプライドが、信念が、クライネにはある。
(……メルクリウス殿は無警戒過ぎる……! 狙撃手というものがどれだけ恐ろしいか! 彼の一発で、一手で、こちらの積み上げてきたものが壊されるというのに!)
クライネは望遠鏡をしまい、陣内のテントに戻る。青色の布のテントはクライネ専用の証。
「バルボラ!」
「はっ」
クライネの前に屈強な男が一人跪く。緋色の軍服に金の弁髪が左目にかかる不気味な男である。
「別働隊の隊長をお前に任せる。我が私設兵を率い、狙撃手……ヨトバを探せ」
「はっ。やり方は如何致しましょう」
「自由にやれ。首から上があればいい」
「はっ!」
そういってバルボラは消えた。クライネは手を組み考える。
(たしかに私はミスを犯した。狙撃手を誘拐した時、殺しておくべきだったんだ)
大きなため息をつくクライネ。
(惑わされた。欲が出てしまったんだ。狙撃という人智を超越した力が私の掌の上に乗っていた! あの全能感! ヨトバを支配しようとしてしまったんだ)
クライネはもう一度テントを出て外を眺める。
目線の先にあるのは天照の扇形の陣ではない。
「だが今回はもう迷わない。確実に殺す」
彼は外を見回した。
(狙撃スポット候補は3つ。陣の右か、左か……紅羽支部の北門付近の屋上! その中でも最も厄介なのは紅羽支部の屋上であることに間違いない。扇形の隙のない陣形の奥に狙撃手がいるのなら、我々はまず手前の陣から突破しなければならないためだ)
「……」
そこでクライネは背後から視線を感じた。
振り向きはしない。なぜならその正体がわかっているからだ。
(メルクリウスの使者……! 私が独断で動かないよう監視している! 私がバルボラに指示を出したことに気づいているだろう。メルクリウスにも伝わっているかもしれない。だが……!)
監視されていることに気づいていないフリをすること。それが波風を立てない最善択。
だが、クライネは敢えて振り向いた。
そして監視する使者に微笑む。
(これは私の宣戦布告だ、メルクリウス。必ずヨトバを探し出し、参謀の地位に返り咲くための……!)
その時。
一発の爆音が響いた。
それはメルクリウスの号砲。戦争開始の合図である。
土煙を上げながら、幽澱帝国の盾部隊が走る。怒号か号令かがわからないほどの走音、地面が唸りをあげる。
天照軍は迎え打つ姿勢。閃弾戦争は基本的に動いてる方が不利、集中力は分散し、狙いはブレるためだ。
まもなく盾部隊の足が止まる。彼らは持っている鉄の盾を地面に一斉に突き立て、鉄のバリケードを作成する。
天照軍はそこを狙う。盾兵のバリケードはいわば生命線。命を守る盾であり、一斉掃射の目印である。
ここまではセオリー。
だが。天照の総指揮を務める桐野中将は、幽澱盾のバリケードから土煙がさらに立ち上るのを見た。
それは騎馬隊。
盾兵の上を飛び越えるようにして、幽澱の騎馬隊が100騎ほど突き抜けてきた。
当然その騎馬隊を狙う天照軍。
槍の如く天照軍に突き刺さらんとするその幽澱騎馬隊はみるみるうちに削られていく。
その騎馬隊の最後尾。そこにつけていた男の名は、アール。メルクリウスによって見出された(正確には嘘であったが)精鋭兵のうちの一人。
アールは削られた仲間の、次々に横たわる馬を華麗にかわしていく。
ついに彼の前の騎馬隊が撃たれ、彼の視界が開けた頃には、天照軍の前線の50m手前まで来ていた。
(終わりだな)
アールはそう直感する。だが不思議と恐怖はなかった。
天照軍の閃弾がアールを蜂の巣にする。彼も、彼の騎乗していた馬も無惨にも地面に崩れ落ちる。
「オエッ」
─────カッ!
爆ぜたのは閃弾。アールの体内から爆ぜたメルクリウスの閃弾である。
彼がこの無謀とも言える特攻を飲んだのも、彼の体内に閃弾を植え付けることを承諾したのも、全てはメルクリウスのかけた魔法のためであった。『自分は何者かになれる』、それは厳しい競争社会である幽澱帝国軍の中で劇薬となっていたのだ。
天照軍・中央の桐野中将の部隊の盾のバリケードをに風穴がある。素早くそれを埋めるよう指示する前線の指揮官。
土煙が上がる。今度は5つ。
騎馬隊が戦場を駆ける。迫るのは爆弾。メルクリウスの爆発が牙を剥く。
ドォォォン
聞こえてきたのは聞き覚えのある音。遠くに見えるは見覚えのある閃光。
「……!」
久世原中佐は中央を見る。
次に爆ぜたのは5つの爆発。
疑問は確信へ。記憶は憎しみへ。
「メルクリウス……!」
紅羽支部防衛戦は巨大な戦いへと渦巻いていく。




