第二十五話 静謐、嵐前の如し
「どうも。私がメルクリウスだ。もちろん知ってるよな?」
鶴崎平野に並べられた幽澱軍・元グリフォイア直属兵。その前に、【蟲閃】のメルクリウスは飄々と挨拶をする。グリフォイアという長を失った彼らの半数は、将軍ベイルと参謀クライネの軍に属することになっていたのだ。
「クライネ君が無能だからさ、私が一旦特別参謀になった。みんな覚えておくように」
メルクリウスはそう言い放った。とっくに戦線を退いた老参謀だが、冗談を言いながらもその目つきは衰えていない。
「……メルクリウス殿、今後の士気に関わりますので控えてください」
メルクリウスの横で、クライネが怒りを抑えたような表情で語りかけた。
「だって本当だろ? 君の才能を見抜いて君を弟子にしたつもりだったけど、節穴だったかもなぁ」
「……お控えください」
「あらら何も言えないか」
「……あと」
「ん?」
クライネはメルクリウスを睨む。
「……この怒りは必ずアマテルにぶつけ、借りを返しますゆえ……黙ってろ」
「おお、怖い怖い。でもねぇ、お前はまだまだだ」
そう言って、メルクリウスは縦横綺麗に並んだ兵の列の間を歩いてゆく。
「君と君」
メルクリウスは、並んだ兵の中で、個人を指差し始めた。
「……?」
指された一般兵は戸惑いを隠せない。だが老獪な参謀は止まらない。
「あとは君と……君! それからお前!」
指名されたのは5名。メルクリウスに連れられ前に出る。
「お前たち5人、少佐相当官に任命するから、次の戦いで部隊を率いなさい」
「ちょ、ちょっと何を勝手に……!」
クライネは慌てて静止した。
「ん〜? だってこいつら才能あるだろ、明らかに。もったいないと思っただけさ」
「……は!?」
「じゃ、あとよろしくぅ。別に私はベイル・クライネ軍の長じゃないからね」
そう言って立ち去ろうとするメルクリウス。クライネは肩を掴んだ。
「この軍の長じゃないなら、勝手な人事はおやめください! この軍の長はベイル中将と私です、いくら総合的な参謀があなたでも……!」
「わかってるじゃないか。この私が参謀だ、黙ってすっこんでなさい」
そう言って掴んだ腕を振り解いて城内部へと去っていく。クライネは負けじとついていった。
「────メルクリウス殿! 考えて直してください!
あなたが選んだ者たちはどう見ても平凡な兵! とても少佐など務まりません!」
城の中、兵の目が届かないところまでクライネは反論する。
そこでメルクリウスは足を止め、クライネの方に向き直る。
「そこまで節穴じゃないようだな、クライネ。別にあいつらはテキトーに選んだだけだ」
「……! ではなぜ……」
「魔法をかけたのさ。かつてお前の才を見抜いたこのメルクリウス様にに『才能がある』と言われたら、誰だって奮起する」
「!!」
クライネは心当たりがあった。
「閃弾とは生命エネルギー、やる気になれば、威力も上がることもある。〝豚もおだてりゃ木に登る〟って言うだろ?」
「しかし!」
「指名されなかった兵も反骨精神で力が伸びるかもしれないしな。0.01%でも勝つ確率を上げる……戦争は準備から始まってると口酸っぱく教えたろう」
「ですが、少佐相当官など……!
未経験者には荷が重いはずです!」
「兵は戦場で伸びる。やってみなくちゃわからないこともある」
「我々がそんなギャンブルに手を出さなければならない状況ではありません! ここは堅実に────」
ここまで反論してクライネは後悔した。
冷たい目。
メルクリウスの弟子時代に向けられた眼差し。
それが意味するのは〝期待はずれ〟。
「……賭けに出ないといけない状況だよ、クライネ。天照軍を舐めちゃいけない、奴らは今波に乗っているからね」
メルクリウスは左手の火傷跡をさすった。
それは11年前、自らが侮った天照軍の兵の自爆によって受けた傷跡。
「あ、そうだ」
メルクリウスは思い出したようにクライネに話しかける。
「テキトーに選んだって言ったけど、アイツだけはちゃんと選んだ。最後に選んだアイツだ」
クライネは記憶を辿る。最後に指差された男を。
「青髪の……ルカ二等兵ですか?」
「くくく……ルカは化けるぞ、お前以上にな」
メルクリウスは口角を上げた。その不気味な笑みは冷たい目よりも怖い。クライネはそう感じた。
◇◇◇
「この度の登用、ありがとうございます」
淡青色の髪の男は、メルクリウスの前で頭を下げた。
「くくく、お前が一番悔しかろうと思ってな。レグルス=アルケーン中佐、グリフォイアの兄よ」
「えぇ……グリフォイアは未熟者でした。天才と持て囃され……傲慢に……っ! それでも唯一の家族でしたっ……」
大粒の涙が床に落ちる。
「……このレグルス、この恨みは必ずやアマテルにぶつけ、このご恩をお返しいたします!!」
メルクリウスは着々と部隊を整えていた。白嶺地方に備えている幽澱軍部隊補給所、そこに勤めるグリフォイアの兄・レグルス中佐を部隊に引き入れる。
「アツいねぇ〜。ま、好きにするといいさ。……そうだ、一つ良いことを教えてやろう」
「……?」
「天照の狙撃手を知っているか?」
「……狙撃手ですか。はは、まさか実在すると?」
狙撃手の存在は、鶴崎城の士官以上の者しか知らされていない情報である。全員に知らせれば一般兵は怯え、また全ての士官に知らせれば狙撃手を鹵獲し飼いならそうとする輩が現れかねないというクライネの策であった。
「グリフォイアを撃ち抜いたのは、ソイツだそうだ。ディートもな。天を貫くような閃弾でな」
「狙撃手がいる……そして愚弟の仇……!」
これも嘘。
メルクリウスは狙撃手の存在は知れども、誰がグリフォイアを討ったかなど知らない。
(レグルスは扱いやすいな)
メルクリウスは強かに笑う。勢いづいた天照国を止めるための術を着実に張り巡らせる。
◇◇◇
翌日。鶴崎城の幽澱軍は挙兵する。
その凶報は紅羽支部へと届いた。
「幽澱軍が挙兵! 行き先はおそらくここ、紅羽支部! その数およそ10万の兵です!」
「なんだと……!」
第五大隊隊長・宗像大佐は冷や汗をかく。
「増員しているな。その兵力があれば紅羽港を陥落させるまでもなく、紅羽支部を陥せるという判断だろう」
第三大隊隊長・篠田大佐はそう分析した。
「迎え打つぞ。部隊総員を叩き起こせ!」
紅羽支部を束ねる桐野中将は立ち上がり指示を出した。続けて声を張り上げる。
「奴らは北から来る! と第二大隊隊長・黄泉沢大佐と第五大隊隊長宗像大佐は、紅羽支部の北東を担当しろ!」
「承知いたしましたぁ!」
宗像大佐は大きな返事をする。
「ようやく私の出番がきたっ……!」
その一方で小さく呟く男がいた。
会議室の端の眼鏡をかけた男は、暗殺された等々力大佐の後を継いだ黄泉沢大佐。等々力大佐がかつて率いていた死地を駆け抜ける軍・通称〝地獄突進行軍〟に所属していた〝最も死を乗り越えた男〟である。
「等々力のクソ野郎……いくら死にかけたと思ってんだ。私はお前とは違う、兵を大切にし、兵のことを第一に考え任務を遂行してやる……」
黄泉沢大佐はぶつぶつと呟いている。性格が少し歪んでしまっているのだ。
それを無視して桐野中将は続ける。
「第一大隊隊長・藤堂大佐と第三大隊隊長・篠田大佐は紅羽支部の北西を防衛しろ!」
「は!」
「了解」
「そして紅羽支部の北は、桐野中将だ。第四大隊隊長・神谷大佐は俺の補佐に回れ──────む。神谷の馬鹿はどこいった」
「あのバカは欠席です! どうせ仮病ですよ、紺西地方出身はこれだからいかん!」
宗像大佐は怒りを露わにした。
───紅羽支部・屋上。会議中堂々昼寝を豪快にかます男は、何かを察知したように起き上がる。
そして北を見て呟いた。
「来おったな、幽澱の奴ら」
彼は、第四大隊隊長・神谷泰介大佐。寝ぐせが風にたなびく。
かつて天照国の都があった土地、紺西地方・大更府から来た援軍を束ねる28歳。至上最年少大佐である。
「来いや、儂が返り討ちにしたるわ」
天照国軍・紅羽地方・第四師団まとめ
紅羽支部長 桐野大和中将
第一大隊隊長 藤堂黎次大佐 英雄率いる部隊
第二大隊隊長 黄泉沢慎太郎大佐 等々力大佐の後釜
第三大隊隊長 篠田孝允大佐 久世原や笹良木がいる部隊
第四大隊隊長 神谷泰介大佐 紺西地方からの援軍部隊
第五大隊隊長 宗像大善大佐 熱血大佐




