その十四:悪い魔法使い人形の過去
「るっぷ? ご主人さま、なにか難しいことがわかったのですか?」
「うん。このクリスピス・シャーキーズは、すばらしい人形なんだ。工場の機械で作られた大量生産品じゃない、一流の職人が、一つ一つ丁寧に作った一級品だよ」
クリスピス・シャーキーズは目をまん丸くして僕を見ている。
「この俺さまが、一流の職人が作った、一級品だと~……?」
クリスピス・シャーキーズは僕の手をふりはらった。
「るっぷりい! なるほどなのです、だからぬいぐるみ妖精になったのですね!」
「そうかもしれないね。これだけの作りだと、きみの元いた国でも、作れる職人は限られてくるんじゃないかな。僕はぬいぐるみ妖精の基準がどういうものかは知らないけれど、人形の出来ならわかる。クリスピス・シャーキーズ、きみは、どこかのとても腕の良い人形師が心を込めて作った、最高の一点物の人形だよ」
僕の言葉に、クリスピス・シャーキーズはしばらく突っ立っていた。
「どうしたんだい? きみはいい人形だよ。きみの制作者は、きみを最高の人形として作り上げたんだ」
僕が一歩近づくと、クリスピス・シャーキーズは、二歩下がった。
「グ、グシ、シィ……。それが、どうしたってんでい。何も知らないくせに、かってなことを言うんじゃねえ! いまさらどうしたって、この俺さまが、贈り物として最低のひどい目にあわされた過去には、なんの変わりもないじゃないか!」
「それは、きっと、きみの居場所はそこではない、べつの場所へ行く運命だったんだ。一流の人形ほど、長い旅をするらしいから。そうだ、あとでニコラオさんにお願いしてみたらどうだろう。あの人なら、きっときみが幸せになれる所へ送り届けてくれるよ」
「うるさい、うるさい、うッるさーいッ! そんなのデタラメだ、こどものお前になにがわかる!? おまえはウソつきだ、大ウソつきのイカサマ師だ、ペテン師だッ!」
クリスピス・シャーキーズは杖を振り回して僕から離れた。
「そんな夢みたいなことがあるもんか。俺はな、この顔が醜いからって、ポイッと捨てられたんだぞ!」
クリスピス・シャーキーズの背後にどこかの居間の映像が浮かび上がった。
暖かな暖炉の前。金銀にきらめくリボン飾りをまとった常緑のクリスマスツリー。
長い金茶の髪に、真っ赤なリボンを結んだ可愛い女の子が、贈り物の箱のリボンをほどいている。
「わたしにはわかるわ。この大きさはきっとお人形よ! わたしの欲しかったお人形にちがいないわ!」
女の子は包装紙を破り捨て、箱を開けた。
「ほら、やっぱり!……あれ!?」
かがやくようだった女の子の笑顔は、人形をよく見るにつれ、どんどんしぼんでいった。
この女の子が欲しかったのは、少女の着せ替え人形なのだ。
学校の友だちが誕生日にもらったと自慢していた、白い陶器の顔の、小さな貴婦人のお人形。
なめらかな陶磁器製の顔は白い憂いを秘めて美しく、着替えの帽子にドレス、靴と手袋、ネックレスや腕輪の小物まで持っている最高級のアンティークドール。
少女は両親になんども訴えていた。
友だちと一緒に人形遊びをするための、かわいい着せ替え人形が欲しいと。
祖父母にもたびたび話した。
そのうちの誰かがきっと、女の子の望みを叶えてくれると信じていた。
そして、期待が大きかっただけに、失望は激しく、期待と同じくらい、大きな怒りと悲しみに変わってしまった。
「なによ、こんな人形! ちっともかわいくないわ」
女の子は泣きながら、人形を床へ放り投げた。
「そんなことをしてはいけないよ」
床に転がった人形を、父親らしい紳士が拾い上げ、女の子をたしなめた。
「いらないのなら、町のクリスマスの箱へ寄付しよう」
魔法使いの人形は、町のクリスマスツリーの前に設置された大きな箱へ入れられた。
その箱に入れられたものは、いろんな事情でクリスマスの贈り物をもらえなかった子ども達へ配られる贈り物となる。
そして翌朝のクリスマスに、贈り物は箱から出されて配られた。
クリスピス・シャーキーズはずっと箱に残っていた。
誰も欲しがらなかったのだ。
クリスマスが終わると、箱ごと倉庫にしまわれた。
次のクリスマスが来るまで、クリスピス・シャーキーズは箱の片隅で息を潜め、待った。
忍耐強く、根気よく、何日も、何年も、次に訪れるクリスマスの贈り物となれる機会を、待ちつづけた。
いつか、どこかのかわいい子どもが、自分を選んでくれる日が来る。
その子はクリスピス・シャーキーズを見て、喜んでくれるだろう。
『なんてすてきな魔法使い人形だろう。友だちになろう』って。
そして、いっしょに夢の冒険をするのだ。――――そう願いながら、何年もの年月が過ぎた。
「でも、いつになっても、だれの手も、俺をつかむことはなかった。俺はずっと、ずーっと箱に入ったきりで……とうとう、古くなって壊れた箱といっしょに処分されることになった。そうしたら、女王さまがあらわれて燃える箱の中から俺さまを拾い上げたんだ」
クリスマスの女王はクリスピス・シャーキーズをクリスマスの宮殿へ連れ帰り、「これよりわらわに仕える魔法使いになるように」申し渡した。
こうしてクリスピス・シャーキーズは、クリスマスの宮殿の、専属魔法使いとなったのである。
「がう! がうッ! がーうッ!!!」
なんとなく予想はついていた。
つぎは、小熊のぬいぐるみトッパラッタ・ラッタッターズが、どうしてひねくれたのか?――その物語だ。