その十二:氷の通路と冬薔薇の妖精たち
その通路は、床が氷だった。
粉雪がうすく積もっているところはすべらないが、つるつるの場所を歩くとすべって転けそうになる。
ヒイラギの生け垣には冬薔薇の花が咲きみだれ、小さな妖精たちがたわむれていた。
『あ、お客さまだ!』
『いらっしゃーい、まっせー!』
チョウチョの羽やトンボの羽をはやしている美しい妖精たちは、僕の手のひらに乗るくらい小さくて、愛らしい。
彼らは光を振りまきながら、あたりをぶんぶん飛び回った。
「すごい、おとぎ話の世界だ」
「ほんものの妖精ですね。ここの植物さんたちが、気まぐれに妖精に変化したものみたいですよ」
「へえ、それはすてきな魔法……」
ツン! と、左側頭部の髪の毛を一本引っ張られた。
『やーい、迷子!』
なにごとかと左を見たら、
ツンツン! こんどは右側頭部の髪の毛が引っ張られる。一本ずつ違う妖精が髪の毛を持ち、いろんな方向に引っ張るのだ。
「いたいッ! いたいから、やめて! わあ、そっちへ引っ張るのはやめてくれ!」
妖精たちは、キャッキャとガラスのベルを鳴らすような笑い声を立てるばかり。まったく聞く耳を持っていない。妖精は気まぐれだから気を付けろ、という伝承を実地で体験したわけだ。
『やーい、迷子だ、迷子になったんだ~! ずいぶん大きな迷子だなー! 大きいのに、恥ずかしいやつだ~!』
「うるさいぞッ!」
僕は頭をブンブン振り、妖精たちを振り払った。妖精はキャーキャー悲鳴を上げながら、どこかへ散っていった。
『やーい、おバカな子ども~!』
僕はとっさに生け垣から集めた雪を小さな雪玉にして、妖精の声がした方へ投げつけた。
雪玉がはじけ、キャーキャー言う声は垣根の向こうに遠ざかっていった。
それから僕とシャーキスは、冬薔薇の花咲く通路の残りを走り抜けた。
「ゴールへ急ごう、シャーキス」
「るっぷ! ひどい妖精たちでした!」
「まったくだ。僕は、二度と魔法玩具のモチーフには、小さな妖精を使わないことに決めたよ……」
妖精にイタズラされたせいもあり、黙々と歩いていたら、だんだん腹が立ってきた。
「くっそ~。さすがに温厚な僕も、許せなくなってきたぞ」
いきどおる僕の頭を、僕の右肩に座ったシャーキスがポンポン軽くたたいた。
「るっぷりい。ご主人さまはあの二人の案内人を、許してあげるつもりだったのですか?」
さすがはシャーキスだ。僕が何を許せないのかわかってくれていた。
「うん。さっきの妖精たちのいたずらは、おそらく魔法使い人形と小熊のぬいぐるみのしわざだと思う」
ここへ来たのもあいつらの魔法のせいだ。
僕の目的は、クリスマスにちなんだ美術品の鑑賞だ。それを女王さまは知っている。
「女王さまが名前探しのなぞなぞを出したのは、宮殿を見て回るついでにできる、おまけのゲームだったんだ。それがこれじゃ、美術品を鑑賞することなんかできないじゃないか!」
「るっぷりい。そうですね……」
女王はニコラオさんの知り合いだし、僕に意地悪なんかしないと思う。
「あの案内人の二人だって、クリスマスの女王さまの部下なんだ。何か事情があってそんなことをしたとしても、いさぎよく謝ったら、許してやろうと思っていたよ」
だんだん腹が立ってきたぞ。
「さっさとこの庭園迷路を攻略して、女王さまに訴えてやる!」
「るっぷ! そういえば、女王さまのお名前はわかったのですか?」
「ああ、うん。見当はつけてある。これまで見てきた展示品のなかに、ヒントはあったんだ。その中に名前もあったよ」
「るっぷりいッ!」
シャーキスは僕の肩から、ポーンと空中に飛び上がった。
「さすがはご主人さまなのです! では、もうわかっているのですね!」
「まあね。でも、どうしてそれが女王さまの名前だと思ったのか、その理由も説明しないと、本当に名前を見つけたことにならないと思うんだ。だって、なぞなぞだもんね。だから、ずっと考えていたんだ」
「女王さまのお名前が、そのお名前である理由ですか?」
「そうだよ。だから女王さまはクリスマスの女王で、ここはクリスマスの宮殿なんだ」
「るっぷりい? その理由とは?」
「あとで、女王さまの前で説明するよ。いまは急ごう!」
白いクリスマス・ツリーまで、あと少しだ。