客観的視点が大事ってマジ? その3
「……まあ、とりあえずじゃんけんで。負けた方が告白する側でいい?運ゲーにしといた方が後々揉めずに済むだろ。ここはお互い、恨みっこなしで行こうぜ」
「了解」
これから告白シーンが始まるとは思えないほど低いテンションで、極めて事務的なやり取りが交わされていく。
そして、ローテンションのまま行われたやる気のないじゃんけんの結果は、梅吉が告白される側、青仁が告白する側となった。
「えーと、たしかなんかこう、女子が緑を呼び出して待ってて、んでやって来た緑に『ずっと前から好きでした、付き合ってください!』って思いっきり頭下げてたよな。んでそれを『別に好きな子がいるから』で緑が断りやがった」
「やっぱ緑って処すべきでは?」
「僕はハピエン厨なので成功しない告白はNG」
「(無視)よーしやるぞ青仁」
「ほいきた」
梅吉が先程眼前で展開された告白シーンを思い返していると、監督気取りのアホから指示が飛んできたが、鮮やかにシカトする。こちらは早いとここのトンチキな催しから解放されたいのである。
「……」
「……」
とりあえず、緑と緑に告白してきた女子もこんな感じだった気がするので、青仁と向き合ってみた。告白の作法とか何一つ知らないが、多分これで合ってるだろう。
しかし、こうして改めて青仁を頭からつま先まで眺めていると、やはり面白いほど梅吉の好みどストライクな美少女である。ゲームのキャラクリでも中々ここまで性癖に素直に造形できないだろう。
そういえば、お互いの美少女化が発覚した初っ端に、付き合えばお互いやりたい放題できてハッピーなのでは?なんて頭の悪い理論の元行われた一連の語らいは、ある意味では告白シーンだったのかもしれない。なら、あの時一応告白カウンターは一回は回っていたのかも、なんて思ったりして。
梅吉が余計なことを考えているうちに、青仁が普段の何も考えていなそうなしまりのないツラを、それっぽく引き締める。さてやっと本題が始まるのか、と梅吉が構えたところで。
「……ん?あ、待て梅吉、ちょっとタンマ」
「えっ」
「いや俺、ちょっと気がついちゃったっていうか」
告白シーン(偽)の気配が、一瞬で消え失せた。大人っぽいお姉さん系美少女の仮面が放り捨てられ、いつもの青仁が戻ってくる。一体どうしたのだろう、その気づきとやらは、中断してまで語るべきものなのだろうか?
「あのさ、一茶のことだから、この録画データを既成事実として好き勝手悪用しそうじゃね?やっぱやらない方が良いのでは?」
「も、もしかして……オレらが真にぶちのめすべき敵は一茶だったってコト?!いやでも緑を処すのは別に間違ってなかったしな、そこはそれか」
「その発想はなかった。今後の人生の参考にする」
「いやあんたそれでいいのかよ?!あと赤山は俺をボコボコにするのを正当化すんな!」
全然語るべき気づきだったしむしろサンキュー青仁お前のおかげで命拾いしたぜ案件だった。まあ当の変態ことアホは気がついていなかったようなので、こちらが悪用手段を提示してしまった形ではあるが、第三者が悪用を提案しないとも思えない。故に命拾い案件と捉えて問題ないだろう。
「ふっ、いいぜかかって来いよ。僕は将来女子校の教室の壁として百合を育む事を目的としている者として、何としてもお前らの告白シーンを拝んでみせる!」
「何言ってるか全くわかんねえけどとりあえず紅藤呼ぶわ。俺この前一茶のことで何かあったら通報してくれって連絡先交換したから」
「ナイス青仁!いいぞやっちまえ!」
「クッ……!流石に三対一はキツイな、仕方ない、ここは紅藤の足止めの為にもヤツを召喚するしか……!」
流石に一茶相手だと二対一でも必勝とはいかないので、青仁が援軍として一茶のクラスメイト兼部活仲間を手配しようとする。しかし一茶もただではやられない、カウンターとして何かしらの召喚を試みる模様である。
こうして、戦いの火蓋は切られ──
「あー、あんたらそのままポ〇モンバトルするつもりなら、俺もういなくなっていいよな?さっきから声かけようとして、めっちゃ気まずそうにこっち見てる橙田がいたたまれないんだけど」
──たかと思われたその時、傍観者気取りの緑のたった一言で、先程まで騒がしかった廊下が静まり返った。
「多分、あいつに言われて俺の事呼びに来たんだろ?全く、それなら依頼人直々に俺の事迎えに来ればいいのに。ごめんな、なんか馬鹿どもが馬鹿やってたせいで、話しかけにくかったんだろ?」
「……ッ」
緑の視線を辿れば、たしかにそこに橙田はいた。むしろ何故今まで気がつかなかったのかというレベルるの怯えた様子で、こちらをおどおどと眺めている。なんなら今も緑に話しかけられて、辛うじて頷きを返していた。
さながら女子の群れに放り込まれ、話しかけられた梅吉と青仁のようである。自分と重ねてしまったせいで、余計にいたたまれない。故に、橙田も二人と同じように、長くは耐えられなかったようだ。
「〜〜ごめんっ!あたし頑張ったよねもう無理!」
「ぴッ」
橙田から見て梅吉よりも近くにいた青仁へと、勢いよく飛びついた。そのまま青仁を盾にするように周囲を伺う様子を見せる。その姿は本人の容姿や性格も相まって、とても可愛らしい、庇護欲をそそられるものだ。まあ抱きつかれている張本人はフリーズしているので、美味しいシチュエーションを堪能できてはいないのだろうが。
残念ながら今の梅吉は既に『明らかに梅吉以上に自らに苦手意識を抱いている青仁をわざわざ盾にしたのか』としか思えないのだ。ああ全く、嫉妬とは醜くてどうしようもなくて、踏み潰してしまいたくてたまらない。でも簡単には自分の感情に始末をつけられないから、人は人を妬むのだ。
「あ、そ、その。と、橙田、さん。あ、青伊が……なんか、潰れてる、から」
「んえ?……あ、なんか青伊ちゃんが固まっちゃってる。青伊ちゃ〜ん、どうしたの〜?……だめだ、返事がないや。よし、お酢を飲ませよう」
「なんで?!」
状況が癪に障ったので、さりげなく橙田が青仁から離れるように仕向ける。その過程で、危うく口元にお酢を流し込まれるところだった青仁が復活した。流石の奴もお酢直飲みはNGらしい。普段飲んでるゲテモノドリンクも似たようなものでは?
「あ、起きちゃった。あたしとしては青伊ちゃんにもお酢を飲んでもらいたかったんだけどな〜。絶対前飲んでたおしるコーラ?とかより絶対美味しいもん」
「おしるコーラの方が絶対美味しいっつーの!あ、あとその本当にマジでは、はははは離して……」
「いやお酢直飲みもおしるコーラもどっちもどっちだろ」
「は?!んなわけねえだろ?!」
「お酢はお酢単体だけどおしるコーラ?って名前的にお汁粉とコーラが合体してるんでしょ?!そんなよくわかんない相性最悪なコラボレーションとお酢を一緒にしないでよ!」
青仁と橙田が密着したまま、お酢VSおしるコーラの最悪の戦いが始まってしまう。絵面と会話が別ベクトルで好ましくないのだが。いやこの際クソみたいな争いの方がまだマシなのな?……うん、やっぱそう思ってしまう自分が一番悪い気がする。
「……あれ?」
「どうしたの?梅ちゃん」
「い、いや……」
橙田が青仁を盾にするように密着した事ですっかり忘れていたが、そういえば一茶と緑はどうしたのだろうと、梅吉は気づく。前者については相も変わらず自称防犯カメラ付きの壁としてそこに在るのだとばかり思っていたのだが、いつの間にか姿が見当たらない。なんなら、橙田の本来の用事である緑の姿もない。
「なあ青……伊。あいつらどこ行ったかわかる?」
「えっ。あっ本当だ確かにいない。どこ行ったんだ?」
一応青仁にも聞いてみたものの、当然先程正気を失っていた奴が知る由もなく。いつの間にか二人は姿を消していた。
「で?俺を無理矢理引っ張ってきたあんたは一体何がしたい訳?なんかめっちゃ焦ってるっぽいけど」
「……お前、気がついてないのかよ」
「何を?」
一方、梅吉がお酢直飲みマンとイカレドリンク愛好家の不毛な争いに巻き込まれていた頃。梅吉視点で唐突に姿を消したように見えていた一茶と緑は、一駄弁っていた場所とはまた違う校舎内の端にいた。一茶が有無を言わさず緑を連行し、連れていったのである。
いつになくシリアスな表情をしたハピエン厨ストレスフリーフィクション愛好家は、百合とか正直一ミリも興味ない緑に対し叫ぶ。
「橙田さん、だったか。あれ絶対青仁のこと恋愛的に好きだろ?!僕三角関係とか全然好きじゃねえんだけど?!ああいうの見てるとなんかメンタルがしんどくなるんだよやめろ!!!!!」
「いや知らねえよ。てか何を見てあんたはそう判断したんだ」
ただ一人、哀れにもあの三人の恋模様の真相に気がついてしまったオタクによる、魂の叫びであった。
しかし、緑の反応はどこまでも冷静である。彼の趣味嗜好と真相に気がついていない事を加味すれば、不思議なものではない。
「はあ?お前の目は節穴か?もう見るからに惚れてるだろあれは。転校当初と対応が違いすぎるだろ。あと僕は同性のこととか今まで全然意識してなかった子が同性に惚れちゃった時の視線に詳しいんだ」
「なんだそのキショい知識は。てかあれ単に仲良くなっただけじゃねえの?」
「いいや違う。あれは絶対に恋だ。僕の百合センサーがそう言ってる。ああもうマジでどうしよどうなっちゃうんだ僕は例え登場人物全員女子であろうと三角関係は胸がギュッてなるんだよああいうのって絶対過程でギスってしんどくなるしああもう片思い同士の百合はみんななんの障害もなく結ばれろ……!」
「それ単にお前の好みを三次元に押し付けてるだけじゃ痛ッたぁ?!」
何も考えていない緑の言葉の刃が一茶に綺麗にクリティカルヒットした為、一茶も仕返しに物理的に緑の体にクリティカルヒットを決めた。等価交換という奴である。
「逆に聞くが、お前は橙田さんと青仁がくっついても良いのか?!だめだろ?!」
「?別に良いけど。だって俺、赤山と空島が拗れて絶交とかしない限りなんだって良いし」
「貴様ッ……!それでもTSっ娘の親友ポジか?!TSっ娘の親友として役目を全うしろよ!!!」
「何言ってるか全然わからん。日本語で喋ってくれ」
ある意味誰よりもフラットに『中身』を見ている男に、百合オタ的な価値観はまるで理解されない。会話は平行線を辿る一方である。きっとその道が交わることはないだろう。
「……僕はどうすれば良いんだ……?橙田さんと青仁がくっついたら百合かどうか判定に困るし、ていうかそもそも梅吉と青仁がくっついた所で厳密には百合と言える訳でもな、でもアレがくっつかないとかハピエン厨として許せないんだが……?」
「俺もう帰っていい?帰るわ」
一人鬱屈とした思考に陥り、廊下の片隅に座り込む百合限定仲人を放置して、緑は立ち去った。百合オタの苦悩は、ロリコンには伝わらならなかったようである。




