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既に覚悟は決めている その2

「ね、ねえ、青伊ちゃん。その……青伊ちゃんって、梅ちゃんと付き合ってるの?」

「んむぐッ?!」

「あ、え、ち、違う?!違うなら否定してね?!か、勘違いでこんなこと言っちゃってたらすっごく失礼だから、謝りたいし!」


 混乱したままぎょっとした目つきで橙田を見れば、言い出しっぺである彼女の方も平常心ではいられなかったらしく、わたわたと無意味に両手を動かし、弁解している。その顔は露骨に赤く、彼女がなんらかの羞恥心に襲われていることは明白だった。


「……」


 人間、自分より慌てている人を見ると逆に平常心を取り戻せるもので。存外まともな思考回路を保てていた青仁は、橙田の言葉にどう答えるべきか、冷静に思考する。


 先日サ◯ティワンのフレッシュパックを二人で買いに行った時、この件について梅吉と少し話し合いを行ったばかりである。この時はお互いに恋人関係(仮)は解消した方が良いと思いつつも、青仁なりに色々考えた結果保留という結論を出した。

 ここからは青仁の推測だが、奴があのド軽率口約束を継続させようとした理由は、十中八九奴が青仁に向けている独占欲由来だ。奴にとってはくだらない口約束すらも、青仁に対する独占欲を満たすものになるらしい。

 という訳で、別にそれならそれでいいか、と青仁は納得した。梅吉との関係性を継続する為に、奴の独占欲を刺激しない方針で生きている以上、当然の判断だ。それが先日の一件に対する、青仁の主観的な結末である。


 残念ながら青仁も、梅吉の独占欲を気持ち悪いと拒める程、男として真っ当な感性を保てていないので。そういう意味では、既に覚悟はできていた。


「あ、青伊ちゃん……?」


 この時の話し合いでは、橙田含めた一部女子に付き合ってる!と思われている件については、結局誤解を解くとも継続するとも決着が出ていない。保留のまま話題はサー〇ィワンで何を頼むかについてへと移行してしまったので。となると、それより以前に緑を交えて話し合っていた時の『そういう体にしておいた方が、ボロが出た時に都合が良い』という発言はまだ有効であるはずだ。

 ならば、青仁はこう言うしかないだろう。


「え、と。そ、その……つ、ツキアッテマス、ハイ」

「……!」


 空島青仁(16)、嘘とはいえ人生で初めて「付き合ってます」という言葉を使った瞬間であった。


「そ、そう、なんだ」

「……」


 心なしか、少しだけ橙田の表情が沈んだ気がした。だが即座にそれは気のせいと判断できる程パッと切り替わり、今度は別の質問の形として青仁に襲いかかる。


「い、いつから付き合ってたの?!」

「……し、四月?」

「こ、告白はどっちから?!」

「……う、うううめき、い、や梅の方」


 例の口約束が結ばれたのは始業式が始まる前なので、嘘は言っていない筈だ。どちらから告白したのか、という話も記憶が正しければ多分発案者は梅吉なので、これも嘘ではない。


「……」

「……」


 何かを考え込むような、複雑な表情で橙田が黙り込む。こうなってしまえば、青仁が何かを発することなんぞできる筈もなく。二人の座る調理台の周囲だけ、気まずい沈黙が支配する。

 しかし調理室に来た直後の沈黙とは違って、この空気を破ったのは橙田の方だった。


「う、ううう梅ちゃんのどういう所が好きなの?!」

「ン゛っ?!」


 なんか突然新手の羞恥プレイみたいな質問がかっ飛んできた。思わず何も口に含んでいないのに咽せる。


 恋バナ経験がゼロを超越しマイナスの域に突入している為、正確なところは定かではないが、おそらくは恋バナの鉄板だと思われる質問だ。故に青仁が突然と感じただけで、世間一般的には多分そうでもないのだろう。

 ところで、青仁と言う人間の性格には素直のすの字も存在していない。親しい相手の良いところを挙げるなんて、例えその場に本人以外なかったとしてもできる訳がないのだ。頼むから今からでも「梅吉の悪口を百個言うまで終われまテン」に変えて欲しい。ギネス世界記録を出せる自信があるから。


「え?え、えーっと」


 気温がようやっと下がってきた、一年の中でも過ごしやすい室温の中で、緊張と焦りからくる汗を滝のようにかきながら青仁は必死に考え続ける。流石に一つも出てこない訳ではないのだが、如何せん口にしようとすると自分の中の何かが発狂する。

 というか、今気がついたが橙田の発言は恋愛的な意図を前提としたものではないか。二人の間にあるのは恋愛ではなく単なる性欲でしかないと言うのに?その場合もう顔と体しか褒める所がなくなってくるのだが?口にした時点で青仁の社会的立場が終わるのだが?


「あ、あのー、そ、そのー……うーん……」


 そろそろ居た堪れなくなってきた。いや嘘、最初から最後までずっと今すぐに逃げ出したい衝動を堪えているだけだ。だがもうここまで来ると腹を括るしかないのでは。仕方ない、今いちばん最初に思い浮かんだ奴に対する感情を言葉にして終わりにしよう。

 思い切り息を吸って、吐く。どうにか覚悟を決めて、青仁は口を開いた。


「お、いや違う、わ、私みたいなの、と。ず、ずっと、変わらず、ば、バカをやってくれるところ、かな……うぅ」


 ぷしゅう、と顔から湯気が出ていそうな程に真っ赤になっている自覚がある。下手に梅吉にセクハラをされるよりも恥ずかしい。少なくとも青仁にとって、友人に対する本心から来る好意的な発言は多大なる羞恥を伴う。言葉は尻すぼみに小さくなっていき、やがて耐えきれなくなった青仁は俯いた。


 とはいえこの言葉は嘘ではない。正真正銘の青仁の本音だ。

 お互いに同時期に性転換病を発症する、なんて一見ギャグみたいな状況に陥って、色々と面倒な感情がお互いに介在するようになってしまってもなお、くだらない話で盛り上がって馬鹿みたいに笑える相手なんだ。それって多分、下手な恋愛よりもずっと大切なものだろう。

 少なくとも青仁は、梅吉が同じ境遇にいなかったとしたら、今自分はこうやって平穏な日々を過ごせていなかったと確信している。だからこそ、こうして無様な真似をする羽目になってもなお、関係性の維持に努めているのだから。


「……そ、っか」


 一方、青仁の言葉を聞いていた橙田の様子はなんだか少しおかしかった。視線を宙にさまよわせ、難しそうな顔をしている。

 とはいえ正直、橙田の反応も無理のないことなのかもしれない。三人組で仲良くしている相手のうち二人が付き合っているのではないかと疑惑をかけていて、ついに意を決して聞いてみたら肯定されてしまったのだから。もひ青仁が逆の立場だったとしたら、ひどく気まずい思いをすることだろう。


「ご、ごごごめん!こ、こういうのさ、き、気まずいよね?!と、友達と友達で付き合ってる、とか。しかも、ど、同性同士、だし」

「……え」

「い、いやその、私だったら多分、うっげえって思うからさ……む、むしろ、普通にしてられる橙田さんは……すごいよ、本当に。俺には絶対できない」


 だから青仁は、なけなしのコミュニケーション力を振り絞って、必死に橙田に話しかけた。思いつく限りの慰めとも呼べない言い訳を並べ立てる。ほうけたようにこちらを見つめて固まってしまった橙田相手に、青仁は話し続ける。


()()()()()()()、お、俺は橙田さんと仲良くしたいって思ってて!だ、だって橙田さん良い人だし……お、俺絶対変なことしてるけど、笑って流してくれるし……絶対どもってて気持ち悪いのに、ちゃんと話してくれるし……お、俺が友達とか、も、もったいないぐらいだし!」


 緊張と羞恥心で脳が沸騰して、自分で自分が何を言っているのかわからなくなる。でもきっと、これが本心だ。


「その、い、色々迷惑かけて、ま、マジでごめん。ていうか、その、多分これからも迷惑かけることになっちゃう、と思う。で、でもそれも、橙田さんが、俺たちのこと、見捨てないでいてくれたから、で……だーっ、言葉がまとまらねえ!と、とにかくその、えっと」


 言葉が繋がらない。きっとここでなんか良い感じのことを言えてこそ、コミュニケーションというものは真に成立するのだろうけど。残念ながら青仁の力では不可能である。


「こ、今後とも、よろしくお願いします……?」


 故に、場違い感が半端ない、妙に浮いた言葉で締めくくることになってしまった。どうしよう、余計に橙田を混乱させてしまった気がする。もしやこれは何も言わない方が良かったのではないか、と脳内反省会が即座に開催された。怖くて橙田の顔を直視できない。


 しかし、怯える青仁の想像通りに、案外現実は進まなかったようで。


「もう、青伊ちゃんったら!それじゃあなんかお仕事みたいだよ〜!」

「……た、しかに」


 橙田が破顔する。ケラケラと笑ってくれた。ほっと胸を撫で下ろす。これで今回の対橙田コミュニケーションの赤点は回避できたことだろう。安堵感が胸に満ちていき、無意識に止めていた呼吸が再開される。


 そうして、青仁が一人ゴールテープを切った気分に浸っていた中。ふ、と橙田が目を細めた。常ならば明るい印象を与える瞳から、感情が姿を消す。

それは今まで青仁が見て来た橙田の印象から外れた表情で、少しどきりとした。どこか影を纏った雰囲気で、彼女はポツリと呟いた。


「……青伊ちゃんってさ、ずるいよね」

「……へ?」


 ずるい?何が、どうずるいのだろう。まるで脈絡のない、しかしどうにも暗い響きを持つ言葉が橙田の口からこぼれ落ちて、そのギャップに少し身の内が冷える。

 しかし残念ながら、青仁がそんな事にかまけていられたのは一瞬だった。


「ねえ青伊ちゃん、あたしい〜っぱいクッキー作ったからさ、遠慮せずどんどん食べちゃって良いからね!」

「えっ」

「ほらほら!あ、取皿持ってこようか?たくさんのせちゃおうっと!」

「えっ」


 先程までの、底抜けの明るさだけではない何かを感じさせる振る舞いから打って変わって、ありとあらゆるものをお酢で浸食していく見慣れた橙田の狂気が顕在化してしまったので。青仁はその対処に追われることとなったのだった。


 え?結局橙田お手製クッキーは美味しかったのかって?嫌がらせとして橙田から少し分けてもらって梅吉にお裾分けをした、それが答えである。

ぼちぼち総合評価が四桁になりそうなので、記念に何かやりたいなあとぼんやり考え中です。今のところ何も思いついてません。

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