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案外名前に縛られてるよな その1

「お前さあ、今日一日なんかおかしくなかった?」

「常時様子がおかしい奴に言われたくない」

「は?死にたいのか貴様」


 放課後、部活がある橙田と別れた梅吉と青仁は、いつもの通り家路についていたのだが。昇降口を出た直後に青仁がなんかふざけた事を抜かしてきた為、梅吉もそれ相応の対応を行ったところ、親しさ故の殺害宣告が返ってきた。実に平穏なやり取りである(適当)。


「俺の様子がおかしかったらお前の様子だっておかしいからな」

「は?オレはお前と違って完全無欠の超絶優等生だから、オレこそが規範であり常識なんだが?」

「ここで始業式の日に橙田さんと初めて話してからの俺らの様子を思い出してみましょ……ゔッ」

「オ゛っ……」


 見事なフレンドリーファイアであった。双方の精神に結構なダメージが刻まれる。復帰には暫くの時間を要することであろう。


「……どうしてオレらって、女の子と話すと様子がおかしくなっちゃうの?」

「……わかんない……それがわかったらきっともっと生きてくのが楽……」


 放課後の開放感に似合わない鬱屈とした雰囲気を纏い、美少女二人がのろのろと帰路を歩んでいく。若干周りの生徒達が引いている気がするが、そんなことを気にしている余裕は二人にはない。


「って、こんなことしてる場合じゃねえ!俺は自爆じゃなくてお前の態度を追及してえんだよ!おら自分でも思い出してみろ!今日自分が何をしてたのか!」

「え?今日?今日はちょっと早めの時間に登校してお前と一緒に一茶をボコしたけど……後他なんかあったっけ」


 昨日、というか今日の深夜に好き勝手通話で暴れ倒していた一茶に制裁を与えた、ぐらいしか特筆すべきイベントはなかったように思えるのだが。はて、一体何があっただろうかと首をかしげる。


「そうじゃなくて!なんつーかこう……あったじゃん!全体的に!おかしいところが!」

「えぇ……」


 そんなことを言われたって、梅吉の記憶の中では青仁に対しこれ以上言えることは何もない。青仁に言えない事としては、橙田の挙動がちょっと大分気にかかる、辺りがなくもないのだが。こんな醜いどころの騒ぎではない嫉妬由来の感想なんぞ、口にする訳にはいかない。


「マジで思いつかないから、もう答え合わせしてくんない?」

「クソボケがよ」

「あ???オレがクソボケならお前はウルトラスーパーハイパークソボケだが?????」

「(無視)そうか。じゃあ今の状況を客観的に見て欲しいんだけど」

「?」


 客観的に今の状況を見るも何も、今自分達はただいつも通り下校路を歩いているだけである。そこに特別な点なんて何一つ存在していないだろう、と隣を歩く青仁の方を睨みつけようとし


「……あっ」

「やっっっっっと気づいたかクソボケ野郎!!!お前なんか今日一日ずっとやけに俺の近くにいるし中々離れないし普通に邪魔なんだよ!!!!!お前何?!?!いつの間にひっつき虫に進化したの?!?!俺に手ずからBボタン連打しろってか?!?!」


 妙に近い所にお姉さん系美少女の顔があることに気がついて、間抜けな声を上げた。ぱ、と反射的に後ずさって、青仁と距離を取る。突然そばにきゅうりを置かれた猫みたいな挙動であった。


「びっ……くりした。え、オレなんでこんなことを?」


 自分で自分の行動が信じられず、目を見開いたまま固まる。本当に指摘されるまで自覚がなかった。梅吉としては、いつもの通りに日常を過ごしていたつもりだったのだ。まさか自らの行動が無自覚におかしくなっているとは思わないじゃないか。


「知らねえよ俺に聞くな自分で考えろ。ていうかなんで自覚ないんだよ。なんか裏があるんじゃねえのって今日一日ずっと警戒してた俺が馬鹿みたいじゃねえか」

「その……信じてもらえねえかもしれねえけど、本気でなんも考えてなくて……」

「えぇ……」


 指摘した側である青仁も、梅吉の反応は完全に予想外だったらしく。立ち止まって硬直した梅吉を少し先から振り返り、反応に困っていることがありありと伝わってくる返しを寄越した。二人の間に微妙な空気感が漂う。


「あー、まあ、自覚なかったなら次から気をつけてってことで。てか本気で心当たりないの?なんか溜まっててムラムラしてたとかそういうのではなく?」

「オレの血祭り周期はそんなにガバくねえよ。あと男として大分悲しいけど、性転換病のせいで男性ホルモンの分泌が減少した関係か、正直言うほど溜まらねえよ。それぐらいお前だってわかるだろ」


 元男性の性転換病患者特有の事情ではあるが、その多くが少なからず性欲減退を自覚するものである。これに関しては何故か例外になりやすい梅吉も、珍しく例に漏れない。


 え?これで本当に性欲がちょっと減ったのかって?男子高校生を舐めるなよ、もし本当に性欲が完全に据え置きだったとしたら、常時下着どころかアンダーパンツまで大変なこと(意味深)になってるっての。


「たしかに。あれ初めて医者に聞かされた時めっちゃいショックだったわ。医者には十代だから余計落差がひどいだけ、気にしすぎない方が精神的に楽って言われたけども。あいつ、その程度で片付けられると本気で思ってたのか?」

「気にするなって言われても、正直大分無理があるよなあ。そういうのってほら、男の沽券にも関わってくるし」

「でもそういうことカウンセリングで言うと『ハハ!君はもう男の沽券なんてくだらないものに囚われる必要はないんだよ!だって女の子だからね!』とか爽やかな笑顔で言われて死にたくならない?」

「かうんせりんぐ?なにそれおいしいの?」

「あー言葉わかんなくなっちゃったねー」


 まだ少し先ではあるが、ぼちぼちカウンセリングが到来してしまうのである。嫌なことを思い出させないで欲しい。ただでさえ自分の無自覚的意味不明行動に頭を抱えているというのに、余計に問題を積み重ねないでくれ。


「だってオレ、この前のカウセリングでお前とのこと根掘り葉掘りめちゃめちゃ聞かれて超キツかったんだよ。ってことは次また行ったらどう?なんか変わった?とか聞かれるって事じゃん」

「あ。どどどどどうしよ、俺そういうとこで嘘つける自信ないんだけど?!」

「オレだってねえよ!あいつらプロだからあの手この手を使って聞き出そうとしてくるじゃん!一般高校生が騙すのはキツすぎるっての!」


 どうせあの悪名高いカウンセリングのことだ、この拗れを自覚してもなお、友人という言葉に縋り続けている歪な関係を完全に隠し切ることはどだい無理な話である。つまり二人は、後々とてつもない羞恥プレイをやらされる事が確定しているのだ。今から入れる保険とかないんですか?


「何、もしかして俺ら詰んでる?!」

「今更気がついたのか。いいか青仁、オレらの次の命日はカウンセリングだ。最早希望はない。ただ死を粛々と待つことしかできないんだよ」

「嫌だあああああああ!!!俺はまだ女の子といちゃラブセックスをするっていう夢を叶えてないんだよ!!!!!死ぬわけにはいかねえんだ!!!!!」

「えーこの度は、ご愁傷さまで」

「先走りお悔やみやめろォ!てかこれに関しては死なば諸共案件だろ!何自分だけ生きようとしてんだ意地でも足首掴んで墓穴に引き摺り込んでやらあ!」


 真顔でこういう時の定型句を述べてやれば、面白いぐらいに青仁が騒ぎ出す。流石青仁、この手の反応速度は一級品のアホである。まあ奴の言う通り、これは死なば諸共案件なので、いざその時が来た場合、梅吉ももれなく死亡する羽目になるのだが。それはそれ、これはこれである。


「……ていうかさ、俺気がついちゃったんだけど」

「気づきを抱えて永遠に眠れ」


 こういうことを言い出した青仁は大抵ろくな気づきを得ていない為、可及的速やかに黙らせなくてはならない。付き合いの長さから来る経験から判断した梅吉は、即座に拳を装填したのだが。


「(無視)俺は医者にお前との関係性を聞かれた時なんて答えればいいの?友達?ていうか結局あの『付き合ってるってことにすればやりたい放題できる』理論はどうなったの?」

「おっっっっっま……ツッコミずらいこと詰め合わせハッピーセットやめろ。何もハッピーじゃねえから」


 人間、気まずいことをこれでもかと言わんばかりに山盛りにされると、一周まわって冷静になるらしかった。少なくとも梅吉はそうなった。臨戦態勢を解除する。


「てかそれ適当に歩きながら話すにしてはヘビーな話題すぎるだろ、せめてドリンクバーがあるところで少しでも重さを緩和……あっだめだオレ今日サ〇ティワンにフレッシュパック買いに行く日って決めてたんだ。ファミレスで散財してる場合じゃねえわ」


 自分で言い出しておいて、本日は既に予定を決めていたことに気がつく。近隣にサー〇ィワンがないため、少し寄り道してショッピングモールに行くことにしていたのである。誰だって時々大量のアイスを食べたくなる時があるだろう、梅吉はたまたまそれが今日だった、それだけの話だ。


「何その予定、楽しそうだな俺も混ぜろよ」

「え、じゃあオレこれからアイス食いながらこのキッつい話題と向き合わなきゃなの?嫌なんだけど」

「でもやるしかないじゃん……」

「そうだな……」


 まあその楽しい予定も、青仁の一言で一瞬でお通夜ムードになってしまったのだが。こいつが悪い!と糾弾したいところではあるが、残念ながらいずれ直視せねばならぬ現実であることには変わりないため、大人しく議論に応じる。


「えー、じゃあまず、一ミリも整理したくない状況を整理するか。とりあえず、橙田さん含めクラスの女子からは『こいつら付き合ってる!』的な目で見られてるよな。まあ大体これはお前のせいなんだけど」

「は?元はと言えばお前が」

「あと次、学年の男子の半分ぐらいプラス一茶は何故かオレらをくっつけようとしてる。んで緑はオレらのこと性欲の敗北者だと思ってる」

「もしかしなくても緑がいちばん酷いのでは?事実だけど」


 ついでに付け加えて良いのなら、真実を認識しているのは緑だけである。おかしくないか?何故こんなにも誤解が積み重なってしまったのか、それがわからない。なお己の行動を省みろという正論については聞かなかったことにするので、そのつもりでよろしく願いたい。


「そしてこれはオレら個人の認識だけど……まあ、深く考えない方が楽、とりあえず友達ってことで夏休みに一旦結論が出た訳だが」

「自分で切り出しておいて何だけど、そこについてはこれ以上考えたくないわ」

「んなのオレも同じだっつーの。だからまあ、オレも深く触れるつもりはねえよ。つっても、完全スルーは無理だろ。今からオレがすんのは当初の『付き合ってるってことにすればやりたい放題できる』理論についてなんだから」

「あれなあ」


 話しながら歩き続けているうちに、いつの間にかたどり着いていた駅に足を踏み入れる。改札を通り、自分たちと同じ学生達であふれたホームへと向かった。何となく集団の群れには紛れたくなくて、人の少ないホームの端へと自然と足が向かう。

 ホーム端、最後尾車両が止まる乗車位置で、どちらともなくぴたりと足を止めた青仁が言う。



「……多分、こう思っちゃった時点で終わりだと思うんだけど。今思うと、いくら精神参ってたとはいえ、あの理論を実行できたのは、性転換病をやった直後だったからだよな」



 その声がひどく静かに響くせいで、思いの外精神的な傷は浅かった。その代わり、一度抉られた傷口はじくじくとした痛みを主張し続ける。横にいる青仁の表情が、ちょうど前髪に隠れてしまったせいで良く見えない。


「……まあ、だろうな。あの時は、まあなんというか、言い方はあれだけど、正直性転換病の精神的な影響を舐めてたじゃん。ある日突然女の子になったらどうなるのか、知識として医者から聞かされてはいたけど、理解できてはいなかったし」


 肯定する。今の自分には、あんな良くも悪くも軽率な行いはできない。あの時、きっと心のどこかでちょっとした冗談だ、と捉えている自分がいたのだろう。しかし現実はそうはならなかった。人間というものは悲しいぐらいに身体に左右される生き物である。たとえ、精神的に同性と捉えている相手と、お遊びであるという前提があった上での適当な口約束であったとしても。お互いにそれを承知していようとも。


 思春期の劣情は、残酷なほど正しく機能するものだ。そんな都合の良い口実を得てしまったら、それこそ真っ当な友達ではいられない。


「だよな。あの時の俺らに今の俺らが『んなことしたら大変なことになるぞ』とか言っても絶対信じなかったし」


 まもなく二番線に電車が参ります、と聞き慣れたアナウンスが轟音と共に電車を連れてくる。巻き上がるスカートを慣れてしまった手つきで抑えながら、音に紛れるように、梅吉は致命的な一言を口にした。


「……そう言える事自体が、オレらが変わっちまった事の何よりの証拠だよな」


 他でもない自分自身がいちばん聞きたくなかったから。隣に佇む少女の顔すら見ずに、梅吉は停車した電車に乗り込んだ。がらんとした車内にいつも通り隣同士並んで腰掛けて、再び口を開く。


「っと、まあ色々御託並べて置いてあれだけど、オレこんなキッツいこと考えるよりサーテ◯ワンのこと考えたいから結論出して良い?」

「さっきまでのクソ真面目ムーブはなんだったんだよ。いやまあ俺もそろそろ胃がキリキリしてきたから異論はないんだけど」


 残念ながら梅吉も青仁もシリアスに向いた人材ではなく、どちらかというと積極的にシリアスをぶち壊していくタイプであるため、突然始まったシリアスシーンはこれまた突然霧散した。諸行無常というやつである。儚いね。

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