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何事にも限界ってものがある その3

「オレらって……自分で思うより、その……アレ、なんだな」

「生きてく上では良いことなんだろうけど、その……プライド的にさ、キツイ」

「わかる……オレもうプライドなんかもうないと思ってた……でもまだ、あったんだな……」

「何言ってるかよく聞こえないけど、そんなに落ち込まなくて良いってことだけはわかるよー!」


 揃って顔を覆って、もごもごとくぐもった声で呻く。

 一切の取り繕いをしていない状態で、かつ男モノの制服に身を包んだ上で女子にしか見えないなんて。随分と自分達もまあ、女子としての振る舞いが板についてしまったようで。社会生活を送る上では喜ばしいことなのかもしれないが、そう簡単に割り切れる筈がなかった。


 ちなみに橙田は「普段も大体こんな感じじゃん!全然変わんないよ〜!」的な意味で言っていたため、先程の発言はむしろ、普段から全然猫を被れていないという証左でしかなく。二人の解釈から見た場合、真逆も良いところな言葉だったのだが、梅吉と青仁には伝わっていなかった。

 言葉というものは、口にしなければ伝わらない。故に誤解は、加速していくばかりだ。もぞもぞとみじろぎし、こっそりと顔を付き合わせた二人は、再び作戦会議を始めた。


「……これはもう、わからせってやつをやるしかないと思うんだ。俺らはちゃんとやってんだぞって」

「あーなんかそんな感じの漫画とかドラマとかあるよな、俺だって男なんだよ、みたいなやつ。あれオレらでやんの?どうやって?ていうか女子はそれで本当にわからせられるの?」

「知るかよ。俺フィクションの中ですらリア充見ると殺したくなるから、青春ラブコメとか読まないし。わかるわけないだろ。あと女子視点がわかんない問題はこの際棚上げしよう、考え出したらキリがない」

「そうか。でもさ、お前高校生同士でいちゃついてるタイプのエロは好きだろ。そっからなんかこう、ないの?」


 流行り物の漫画やらドラマやらならギリギリ見るかもしれない程度の梅吉と、ミステリーとホラーが絡んだものしか見ない偏りまくりな青仁。この手の話題に不向きにも程がある面子である。

 故にこそ、梅吉は全年齢という縛りを早々に取り払ったのだった。


「えー……一緒のベッドの中で指を絡ませつつ密着して耳に囁かれながらいちゃいちゃするとか?」

「うわキモ童貞の見た夢かよ。まあでもいいや採用で。要は密着して指絡ませて囁きASMRすりゃ良いんだろ」

「うるせえお前だってこういうの好きだろ。つか採用ったってどうやって」

「は?好きに決まってんだろ夢はまさしく夢ってだけで。どうやるかってのは……そりゃあ、気合で」

「さっきも気合いで行って流れるように自爆したのに……?」

「やめろ正気に戻すな。もうやるしかないんだよ」


 既に梅吉達は後がない。何をどう後がないのかと問われるとアレだが、とにかく後がないのである。つまり考えている暇なぞなく、とにかく実行に移すしかないのだ。

 だから十割勢いのまま、二人はむくりと起き上がった。もはや本来の橙田のための男子とのコミュニケーション訓練という目的をすっかり忘れて、橙田の方へと向き直る。


「ご、ごめんね?ふ、二人とも頑張ってくれてるってのはすっごく伝わってるから!だからそんなに落ち込まなくて、も……うひゃあっ?!」


 ええいままよ、と気合を入れて。正直最終的にはやっぱりちょっとビビってしまい、目をつぶっちゃったりしつつ、梅吉と青仁は息を合わせて橙田へと飛びかかった。両サイドから橙田を挟み込むような体勢になる。橙田の手に、それこそ同性でなければ許されないぐらい恣意的に、自らの手を絡ませる。


「ど、どどどどうしちゃ、ひゃいっ?!」


 そしてこのまま、混乱の真っ只中にいる橙田の耳に何かを囁く。そんな算段だったはず、なのだが。梅吉は勢いのまま飛びついておきながら、目を見開き頬をうすらと赤く染めながら、ぴたりと動きを止めていた。


「……」


 だって仕方ないだろう、この手のシチュエーションで女の子に対する口説き文句をぬるっと生成できていたら、童貞なんぞやっているはずがないのである!


 さてどうしようか。いやもうどうしようもないのでは?と自分の中の理性で動いている部分が囁いているがぶち殺した。理性なんてミリも役に立ちやしないモノ、もはや存在しているだけで価値などない。まあ理性がなくなったところで、良案なんて何一つ出て来やしないし、その程度でどうにかなるのなら、梅吉はこれまでの人生で一つも苦労なんてしていないだろうが!

 そう、梅吉が必死に頭を働かせ、苦悩していた矢先に。


「────」


 意外なことに梅吉よりも先じた青仁が、己が役割を全うしたらしく、何事かを橙田の耳元に囁いた。それは間違いなく囁き声であったからこそ、梅吉の耳には届かない。だから、わからなかったんだ。


「〜〜〜〜〜ッ?!」


 橙田の頬が、今まで見たことがないくらい、見事に真っ赤に染まっていた。羞恥か混乱か、瞳をこぼれ落ちそうなほど大きく見開いて。動揺をあまりにわかりやすくその身で体現して。そのまま、青仁を引き剥がそうと身を捩る。

 しかしその刺激が、ある種の決定打となってしまったようで。


「……うひゃあっ?!」


 先程青仁の手によって巻かれたサラシが、数々の青仁の不審挙動に耐えきれずに、フラグ回収と言わんばかりに解けた。


 かわいらしく甲高い悲鳴が、青仁の喉からポロリと溢れる。ばるん、と効果音がつきそうな勢いでシャツとネクタイが豊満な乳房によって膨れ上がり、ぐい、と持ち上げられたサスペンダーが不自然にスラックスを押し上げる。かろうじて、シャツのボタンやサスペンダーの留め具がち切れることはなかったので、服が脱げてしまう、といった最悪のハプニングには至らなかったものの。


「もごっ?!」

「と、橙田?!」


 位置的に仕方のないことではあるが、突然現れた巨乳が橙田の顔面に結構な勢いで衝突するという、ラッキースケベと解釈するには若干痛そうな事態が発生してしまったのだ。


「え、ちょま、大丈夫か?!めっちゃくちゃ勢いよく行ったよな?!怪我したりとか」

「ぷはっ!だ、大丈夫……びっくりしたー。サラシって解けちゃうとああなっちゃうんだね。あ、怪我は多分大丈夫だと思う。流石にちょっと痛かったけどね」

「そ、そっか……だ、大丈夫なら何より」


 一瞬膨れ上がった「そこ変わってくれないか」という煩悩と嫉妬を、どうにか橙田への心配が梅吉の中で上回ってくれた。慌てて彼女の身を案じれば、先程まで露骨に赤面し、動揺していたのが嘘のように、橙田は平然とした態度で梅吉の言葉に答える。


「……」


 むしろ、サラシが弾け飛んで呆然と胸を押さえながら突っ立っている青仁の方が、重症と言える有様だ。まあこれは仕方ない気もする。梅吉だって逆の立場だったら他人の事を言えないだろう。


「おーい、大丈夫か。だから言っただろ、ちゃんと手順に従ってやれって」

「うぅ……行けると思ったんだよ。こういうのって大体物理が解決してくれるし。てかもう着替えていい?お、いや私もう疲れた。ドリンクバーで癒しをもらわないと、家に帰る気力すらない」

「お前の癒しの概念バグってんのか?まあでも着替えるっつーのにはわたしも同意。わたしも疲れたしな。各々順番にトイレ行って着替えてくるか。ほら、流石にお前先に行って来ていいから、早く行け」


 声をかければ、露骨な「俺は疲れてます」アピールと相変わらずのドリンクバーへのイカれた執着心が垣間見える言葉が飛んでくる。それ自体はいつものことではあるし、言ってること自体はドリンクバーを除けば間違ってはいない。なので素直に梅吉も着替えを促した。


「サンキュー。ドリンクバーと戯れるまで……死ねない……!」

「お前さては結構余裕だろ」


 ふざける青仁を目にして、さては早く着替えたくて演技でもしてたのか?と追及したくなるも、奴にそんな腹芸ができるわけがないと考え直す。故に梅吉は、廊下へと消えていく青仁を特に引き止めることもなく、素直に見送った。


 そうして密室には、梅吉と橙田だけが残される。


「……ねえ」

「……」


 不思議と、言葉がつっかえなかった。異様に頭がすっきりとしていて、心が冷蔵庫の中に閉じ込められている。それでも、身の内で荒ぶる感情は今にも飛び出してしまいそうだった。

 とはいえ結局、醜い感情を誰よりも見たくないのはどこまで行っても自分自身なのである。人はそれに、見栄やプライドとかいう名前をつけた。


「……」


 つい先程、青仁が橙田に何を囁いたのか。そしてそれを聞いた橙田が、何を思ったのか。それは梅吉が知る由もない話だし、きっと本来こうした形で興味を持つべき事でもない。

 でも残念ながら、梅吉はその程度の言葉で片づけられなくなってしまった。友情から生まれてしまったと思わしき、いびつな独占欲とセット販売されていた感情に、気がついてしまったから。そしてこれが、他者に見せるべき感情ではない事も。


 友達の人間関係に自分の欲で口を挟むような、気持ち悪くて、異常なことはしたくないし。他でもないアイツ自身に、自分の醜く腐った中身がバレたくないんだ。


「ええ、と。その、どうだろ。こ、効果、あった?」

「う、うーん。わかんない。だってあたし、本当に全然男子と喋ったことないんだもん。自分が上手く喋れてるのかすら、正直よくわかんないのに」

「ちょ、ちょっとわかる」


 だから梅吉は、橙田と二人きりという絶好の尋問機会であろうと、彼女に言葉のナイフを突きつけなかった。喉元まで出かかった「青伊は、橙田さんに何を言ったの?」なんて嫉妬丸出しにも程がある醜悪な言葉を、容赦なく自分の中で押し殺して潰してゴミ箱に放り込んだ。これで良かったんだ、と自分で自分に言い聞かせるように。


 知りたくないと言えば噓になる。可能ならば今からでも時を遡って、死ぬ気で聞き耳を立ててやりたいぐらいだとも。まあ原因を知ったところで、梅吉が納得できるかは定かではないのだが。だって原因がわからない今ですら、こうして醜い感情を募らせているのだから。


「ごめんね、梅ちゃん。こんなに体張って頑張ってもらったのに」

「い、良いよ別に。さ、最初から、頼まれてたこと、だし」


 でも、梅吉は気がついてしまったんだ。何を言ったか定かではない阿呆は、当然のごとく鈍感力を発揮して気がついていないのだろうけど。第三者であった梅吉は、不運なことに見てしまったのだから。


 橙田の耳が今もなお赤く染まったままであることを。平静を保っているように見せかけている橙田が、それだけ青仁の言葉に動揺しているらしいいことを。


 それがどうしてだか、気に入らなくて、気に入らなくて、仕方がないんだ。


 ぶつけたってどうにもならないって、誰も幸せにならないってわかりきっているこの激情を、橙田本人にぶちまけてしまいたくなるぐらいには。自覚してしまった嫉妬を抱えたままでいるのは、辛いのだ。

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