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何事にも限界ってものがある その2

「き、君かわいいね!ど、どこ住み?ら、L◯NEや、ややってる?」

「おっおおおおおおお俺らとお茶しにゃいッ?!……待って待って噛んだちょっと待ておいそこの馬鹿何動画撮ってんだ消せ!!!!!」


 各々必死に声を作り、なんかそれっぽいことを言ってみようと頑張っている最中に、なんか青仁がかわいい噛み方をしていた為、梅吉は反射的に起動したスマホで撮影してしまった。

 こればっかりは仕方ないだろう。脳内フォルダにだけ保存しておくにはもったいない。これは保存して日々見返し、後々強請のネタとして使わねばならない一級品の代物だ。


「いっやだってさぁ〜めちゃくちゃかわいい噛み方してたしぃ〜?しかも声まで上擦っちゃってさぁ〜!そりゃあもうネタにするっきゃないだろナニとは言わねえけど!」

「かッ……いやお前もうネタにするためのナニがな、いや待ってこれド直球に下ネタだろ?!橙田さんの前で下ネタはマズくね?!」

「あっやべ」


 そういえばそうだった。つう、と額を冷や汗が伝っていく。

 下ネタが共通言語として扱われて久しい世界で長らく生きてきたせいで忘れていたが、この手の下ネタは野郎間のやり取りに留めるべきものだ。女子がどこまでエロを許容しているのか定かではないが、一般論から考えるのならば、大多数が不寛容だろう。

 つまりかなりの失言である、即刻詫びねばと梅吉は判断したのだが。橙田の反応は、梅吉の予想とは若干違った形であった。


「?別に気にしてないけど。そういうの好きな女の子って意外と多いし……あ、でもその、目の前でやられるのは、ちょっと」

「あっいや違その」

「ぴっ゜」


 橙田のそれは、どう捉えても女子の下ネタ許容度云々ではなく、恋人同士の下ネタ有りのイチャつきに巻き込まれ気まずい思いをしている、といった様子の表情と言葉選びだったのだ。


 そういえば忘れかけていたが、橙田は梅吉と青仁を恋人同士だと誤解(?)しているのだった。その視点から見れば、橙田の反応は極めて常識的なものである。そうでなくとも、橙田の感情はそうおかしなものではないだろう。つまり二人が百悪い。


「ご、ごごごごごごめん!マジで今のは忘れて完全に失言というか内輪ネタというかええとあのそのとにかくその類のサムシングで!お詫びにこいつが!ええと……脱ぎます!」

「おかしいだろなんで俺が脱ぐんだよ?!そこはお前だろ?!」

「ふ、二人とも落ち着いて!大丈夫だから、間違えちゃったってのは伝わったから!」


 盛大に慌てる梅吉と青仁を見てしまったせいか、橙田が二人を落ち着かせる方へと回ってしまった。面目ない、これでは自分から提案をしておいて、何一つ成し遂げられないまま、無様を晒し続けているだけの阿呆ではないか。


 というか、冷静に考えてみると、どんなに頑張ってもまともに橙田と話せない二人が、こんな器用な真似をすること自体最初から無理筋だったのではないか。

 ならば本来優先すべきは現実的に有効な対策などではなく、そもそも二人が如何に自然に橙田と話すことができる状況を作り出すか、なのではなかろうか。


 ……それなら、ひとつだけ手がなくはない。正直、どうかと思うけど。


「き、気を抜いちゃってたって感じだよね?!そ、それならあたしとしては、それだけ梅ちゃんと青伊ちゃんと仲良くなれたんだなって感じで、むしろ嬉しいんだけ」

「仲良ア゛ッ!!!!!」

「青伊ちゃん?!」

「(フリーズ)」

「青伊ちゃんねえちょっと、ねえ!」


 梅吉が考え事をしているうちに、無差別爆撃を喰らった青仁がお亡くなりになっているが、尊い犠牲である。それに梅吉だって致命傷を喰らったのでお互い様だ。

 意図的に橙田の発言から意識を逸らしつつ、梅吉は橙田に提案する。


「と、橙田さん。わ、わたしら、やっぱりその、こういうのいまいちよくわかんなくって。だから、お、お互いに多分、一番楽なので、良いかな」

「良いけど……お互いに一番楽なのって何?」

「えっと。な、なんでも良いからさ、お酢について、は、話してもらいたくって……青伊、そういうことだから上手くやれよ」

「は?……あ待ってそういう?いやでもそれ結構な最終手段っていうか意味あんのか?」


 きょとん、と不思議そうにしている橙田に作戦の概要を伝える。非常に認め難いが、おそらくこれが一番互いにとって手っ取り早い筈だ。青仁も一応は趣旨を理解してくれたようなので、ひとまず大丈夫であろう。

 変わらず意図はわかっていないようだが、それでも頼まれたからと、素直に橙田は口を開く。



「うーん、お酢について、か。よくわかんないけど……あ、そういえばあたしってさ、実はあんまり自分から外食しないんだよね。外で食べるご飯って、何故かお酢感がないでしょ?だから今日みたいな、持ち込みオッケーのカラオケってとってもありがたい存在だよね!ポテトにお酢つけて食べられる外食ってあんまりないし」

「何故かお酢感がないって何?!当たり前だろこの世全ての食べ物の味付けが全部お酢だったらつまんないだろ?!」

「ポテトにお酢?!?!新境地か?!?!?!」



 そうすなわち、中身までたっぷりな美少女成分をも容易に上回る、何にでもお酢を注ぐ女要素を全面に押し出すことにより、ツッコミ所という観点から、双方向に自然な会話を可能にさせるという、一見アホながらもおそらくいちばん確実な作戦である!

 これが最も確実という事実を思うと非常に頭痛が痛い心境だが仕方がない、これこそが紛れもない現実だ。どうしてこうなってしまった、とか言ってはならない。


「え?この世全ての食べ物の味付けがお酢になるなんて、シャングリラ以外の何物でもなくない?!」

「どこがシャングリラなんだよ全部の食べ物の味が共通って普通にディストピアに片足突っ込んでるわ!オレそんな一見しょぼいけど実際結構メンタルに来そうなディストピア嫌だよ!」

「あとポテトにお酢つけるのはみんながケチャップにポテト突っ込んで食べてるのと同じだよ!あたしはポテトにはお酢派ってだけ!目玉焼きにお酢かける派みたいな感じ!」

「そんな派閥俺初めて聞いたんだけど?!絶対一般的じゃないっての!つか橙田さんの言うポテトにお酢って絶対なんかこう、ポテトの全身をお酢に浸します、みたいな感じだろ俺はこの前のカップケーキ事件で学んだんだ!」

「?当たり前じゃん。青伊ちゃん何言ってるの」


 梅吉の作戦は見事に成功を収めた。先程までの無様にも程があるやり取りが嘘のように、ペラペラと口が回る。あまりにも見事に軽妙なやり取りが繰り広げられていく。

 不思議なことに、三人ともポテンシャルを全力で発揮している状態となっている為、無理矢理声を低くして喋る男装女子二名というシチュエーションが、どれだけ橙田のためになっているのか定かではないが。


「うっわ真顔だこいつ!自分の何がおかしいのかまるでわかってない!ちょっと思い出して欲しいんだけど、お前が今まで一緒にポテトを食べた相手は皆、ポテトをこんな感じでつまんで、半分ぐらいケチャップにつけて、それで口に放り込んでただろ?!それ見てなんかおかしいとか思わなかったのか?」

「ケチャップにはケチャップの、お酢にはお酢の適正量があるよね」

「お酢の適正量を見誤り続けてるやつにそんなこと言える資格はねえよ!」

「えー?!たしかにあたしはちょっとお酢ラー気味だし、普通の人よりはお酢を使う量も多いかもしれないけど、そんなに言う?!」

「言う」

「言う」


 身振り手振りでポテトをケチャップにつける様を演じてまで、必死に梅吉は説明したというのに、脳みそに脳汁の代わりにお酢がたぷんたぷんに詰まってそうな女には通じなかった。どこまでも美少女らしいかわいい仕草で不服を述べているが、内容は一ミリもかわいくないどころかシンプルな狂気だ。女の子の意思を至上としたがる本能を、流石におかしいだろと指摘する理性が上回る。


「まあ、調味料をクソみてえな配分で使うのは青伊もたまにやるから、こいつに関しては他人のこと言える資格ないと思うけど」

「あ?それを言うならイカれた胃袋してるやつにこそ、食事の正しさを説く資格はねえだろ」

「……うーん、あたしからすれば、二人ともどっちもどっちかも」

「はあ?!んなやつと一緒にすんなよこいつはなあ!ドリンクバーは無限に混ぜるしスープバーがあるファミレスに行くと第二のドリンクバーみたいな目で見てるし実際混ぜるし露骨に地雷なコンビニ飯を嬉々として食いに行ったりすんだぞ?!」

「はあ?!一緒にすんじゃねえあのイカれ野郎はな!午後三時にファミレスに行っても主食レベルのメニューを最低五つは食うしその上で家帰ったら普通にイカれた量の夕飯食ってるしこの前なんか二人で挑戦する大食いチャレンジを時間内に一人で完食してたからな?!」


 第三者ぶった橙田に、どっちもどっちという正しくお前が言うな的正論をぶつけられてしまった二人は、予定調和的に盛大に噴火した。互いに互いが自分は正常で相手がイカれていると信じ込んでいる馬鹿共にとって、まさしく火に油、いや火にガソリンであった。


「あはは!も〜二人とも、楽しそうなのはとっても良いことだけど、それじゃあ全然男の子の演技になってないよ〜!」


 ──まあ、二人の不毛な争いは、橙田のあまりにも無邪気な言葉と笑顔によって、冷水をぶっかけられたかのように終戦を迎えたのだが。ぴたり、と白熱していたトークが止まる。


「えっ……」

「へ……?」


 ポカン、と揃って大口を開けて思い切り間抜けヅラを晒す。今二人は、完全に素で──女子としての取り繕いを一切せず、ただ思うがままに騒ぎ立てていただけである。確かに、低めの声で喋ってみたところで、まだ記憶に新しい自らの男だった頃の声を記憶している身を知っていると、その差異にスリップダメージを受け続けてはいたが。過去を知っていると、結局女子では?と思わなくはないのだが。


 橙田は、そんな裏事情を知るはずもないのである。つまりは第三者からしてみても、さして効果がなかった──男っぽく見えなかった、ということであり。


「……つらい」

「……だめかも」

「えっちょ、大丈夫?!なんかよくわかんないけどそんなにショックなの?!」


 精神に再起不能のダメージを受けた二人は、カラオケの椅子に無様に倒れ込んだ。

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地獄の三つ巴すぎww
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