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何事にも限界ってものがある その1

 無論青仁が強引な手段に走った後、それなりに一悶着あったのだが。少々冗長となってしまうこと、おそらくは紳士淑女の皆様方の予想通りであると思われることから、橙田がカラオケに現れた時点から、描写を再開させていただく。


「……え、と。どうしたの?二人とも。だ、大丈夫?」

「めっちゃ、がんばった」

「むり」


 カラオケのさして柔らかくもない椅子に倒れ伏した二人を、橙田が困惑気味に見下ろしていた。


 なお力尽きている両者ともに、平時の巨乳っぷりは見受けられない。そう、一応は青仁のがむしゃらな試みは成功したのだ。

 だが方法を正しく理解しないまま力任せにやった為、何が起きてもおかしくない状態になってしまっている。一応梅吉と同様にサスペンダーで押さえつけてはいるものの、正直どうなるかわからない。


「でもすごいね!服のアテはあるって言ってたけど、まさかうちの高校の制服なんて!ていうか胸もなくなってるし……ねえねえ、どうやったの?!」

「さ、サラシで、こう、ぎゅって」

「え、それ大丈夫?苦しくない?ていうか絶対苦しいよね。よし!あたし、二人の努力に報うためにも、頑張って男の子との話し方を練習するね!」

「う、うん」


 流石にみっともないからと、のろのろと上体を起こしながら橙田の言葉を聞く。しかし、コロコロと変わる橙田の可愛らしい表情を見れたことを思うと、頑張った甲斐があったかもしれない。いやまだ本番はこれからなのだが。


「……あ、でも髪の毛は特に何もやってないんだね。後お化粧も」

「うっ。いやその」


 当然だが、元男現美少女とかいうトンチキ生命体に、男装にまつわる知識なんて搭載されている訳もなく。こうして一瞬で突かれる程度には、粗が無数に存在している。一般的な化粧すらてんでわからないと言うのに、男装用の化粧なんて特殊なものがわかるはずもなく。それでも一応、弁解しようとした梅吉だったが。


「んー、流石にあたしも男装メイクとかよくわかんないし……じゃあ、髪の毛だけぱぱっとまとめあげちゃおっか!どうせならやれる限り頑張ったほうが良いし、何より楽しそうだよね!」

「えっ」


 何故か橙田の手によって、粗がひとつ潰されようとしていた。


「流石に今簪は持ってないから、シャーペンとかボールペンでいいかな?」

「えっ、あっはい」

「じゃあじゃあまず、梅ちゃんからやっちゃおっか!よいしょ、と。ちょっと髪の毛触るね〜」

「あっはい」


 展開についていけない、無能にも程がある思考回路はあっはいbotになってしまった。梅吉が取り残されている間にも、どこから取り出したのか、いつの間にか櫛を手にしていた橙田が、慣れた手つきで梅吉の髪の毛へと触れる。


「よーしできた!これ、できると案外便利だよねー。あ、余った髪ゴム返すね、はい!」

「えっ」


 なんか一瞬で終わった。おそるおそる頭を左右に振ってみれば、いつものツインテールが揺れる感触がない。早業すぎる、一体どうなっているんだ、と困惑している様子が伝わってきたのか、橙田が解説をしてくれる。


「あ、もしかして知らない?簪って、簡単に髪の毛まとめられて便利なんだよー!でも流石に今持ってなかったから、似たようなサイズ感ってことで、シャーペンで見様見真似で頑張ってみた〜!」

「へー……すご」

「いやいや、それほどでも〜。これ、一回覚えたら誰でも出来るぐらい簡単だからね」


 なるほど簪とはそういうことか。あまりイメージはないが、言われてみればなんとなくサイズ感が似ている気がするので、代用が効くのだろう。梅吉にはまるで縁のない技術だ、と素直に賞賛の言葉を口にした。


「じゃ、次は青伊ちゃんのをやろっか!青伊ちゃーん、起・き・てー!」

「モっ゜」

「……あれ、起きない。どうしちゃったんだろ」

「わ、わたしが起こす、から。おい起きろ馬鹿」

「ぐえっ」


 橙田の無自覚的なかわいすぎる振る舞いにノックアウトされたらしい青仁が、先程までとは別の要因で脱力する。それを見て首を傾げている橙田に代わって、梅吉が青仁の肩を鷲掴みにし、ぐいと強引に上体を起こさせた。

 全く、こんなところで一々手を煩われるなんて。この後どうなってしまうのだろうか。先が思いやられる。


「ごめんねー青伊ちゃん、ちゃちゃっとやっちゃうからねー!……できた!」

「おー」


 見事に青仁の髪の毛がまとめあげられる。たしかにこれならば、第三者から見ればそれっぽく見えるのかもしれない。

 ……まあ、青仁(男子高校生のすがた)を知っている身からすれば、余計に女の子であることが強調されている気もするのだが。大きな目とか、たっぷりとしたまつ毛とか、ほっそりとした曲線美を持つシルエットだとか。女の子らしい特徴が、男子制服によって余計に際立っているような。

 とはいえそんな事情は、橙田には関係のないことだ。だから梅吉も何も言わない。


「おー!二人並ぶと圧巻だね〜。梅ちゃんも青伊ちゃんも、かっこいいよー!」

「ゲホッゴホッガホッア゛ッ!」

「お゛っ」


 相手のことを同性だと心の底から認識している場合にしか出てこないタイプの「かっこいい」が直撃して、細かいことを橙田に言える場合ではなくなった、とも言う。梅吉は盛大にむせたし、青仁が異音を発して本格的に機能停止してしまった。

 女の子にかっこいいと言われて素直に舞いあがる気持ちと、でもそれって女の子になっちゃった自分が男装してる時の状態に言われた言葉だぜ?という現実がせめぎ合う。男心は繊細なのだ、こればかりは複雑な心境にならざるを得なかった。


「ご、ごめん。ちょっとむせた。あ、で、でも青伊が死んでんのは、関係ない、から」

「そ、そうなの?わかった。……でも、この後どうするの?梅ちゃんと青伊ちゃんが練習台になってくれる、って話だったけど」

「あー……その、わ、わたしらがそれっぽくやってみる、というか。で、だからこう、こいつも早く復活してもらわらなきゃで……おい起きろアホ」

「あがっ」


 目の焦点が明後日の方向に向かっているアホをどつく。そこまでしてやっとこさ、奴は再起動したようで。しかめっ面を隠そうともしないまま、声を顰めて、こちらに問いかけてくる。


「いやそれっぽくって何?曖昧な指示でこの俺がどうにかなると思うなよ。もっと具体的に言えや」

「ちょっと考えりゃわかるだろ?要は何も考えず適当に発言してればいいって話だ。ある意味それが一番だろ」

「あー……もしや、元々そういうつもり?」

「それ以外に何があるんだよ」

「梅吉にしてはまともなこと言うじゃん」


 皆様ご存知の通り、梅吉と青仁は精神的には男(だと思いたい)である。そして普通に喋っている分には、この通りどこにでもいる普通の男子高校生的な振る舞いでしかない。

 二人にとっては、女の子っぽく取り繕うより、よほど楽なミッションなのだ。まあそれはそれとして、上から目線の極めをナチュラルに実行しているアホにアッパーを決めたい気分になってきたが。


「にしてはってなんだよおい。まあ、とにかくそういうことだからやれ。なんならナンパ男ムーブとかやっても良いんじゃねえの?練習としてはむしろ、結構良さそうだし」

「はあ?!な、ななななななぁんで自分から進んでそう無様を晒さなきゃいけねえの?!無理に決まってんだろ!」

「あ、あたしもそういうのはちょっと……多分、練習どころか、固まって何も喋れなくなっちゃうし」

「ほ、ほら橙田さんもこう言ってるし!やめとけってうめき……梅!」


 せっかく良い感じの案(笑)を提案してやったというのに、つれない奴である。盛大に爆死して打ち上がってくれたら、イイ笑顔で「たーまやー」とか言いながら真昼の花火大会に興じてやるというのに。


「チッ。命拾いしやがったなてめえ。じゃあ何すんだよ、他に案あるのか?」

「ふ、普通に話せば良いんじゃ」

「その普通がわかんないからこうなってんだっての」

「もしや詰んでる?」

「いやまだ詰んでない。ちょっとばかしノープランなだけだ。まだいける」


 この場にいるのは(主観における)異性との接触に死ぬほど不慣れな者だけなのである。誰一人として、普通なんて理解しちゃいないのだ。

 故に梅吉はナンパ男ムーブという案を却下された現状、ノープランにならざるを得ないという訳だ。つまり梅吉は悪くない。


 とはいえこのまま一個は考えたんだし良くない?で流そうにも、自分以外の他二名もろくに案を出せていない現状、そういう訳にはいかない。故にさてどうしようか、と橙田の手前わりかし真剣に考えていると。


「……あたし、頑張る」

「へ?」

「ん?」


 唐突に橙田が、何か覚悟を決めたかのような言葉を発した。一体どうしたのだろう、頑張るのはこちらであって、橙田は現状特に何も頑張る必要はないはずだろう。そう、客観的視点から見れば、楽観的にも程がある考えしかなかった二人だったのだが。



「いいよ二人とも、さっき言ってたナンパ男ムーブ?ってやつで……!だってよくよく考えたら、もし文化祭でいちばん怖いのってそういうのだもん!対策するならまず怖いとこからだよ!……あれ、梅ちゃんと青伊ちゃん、どうしたの?なんか変な顔してるけど」



 あまりにもきっちりと現実を直視する、身も心も正真正銘の美少女という天然記念物に無事浄化され、遠い目をすることしかできなくなってしまった。


 自分で自分が恥ずかしい。橙田はちゃんと自分で考えて、優先順位をつけ、自分の恐怖を克服しようと努力しているというのに。精神的には男だ、と宣言し続けているくせにこの体たらくとは、なんとも情けない。ここは一肌脱いでやるのが、男(?)というものだろう。

 青仁に目配せする。どうやら奴も、同じことを考えていたらしい。かつてないほど鋭く真剣な眼差しでこちらを見つめ返し、こくりと小さく頷いた。

 そのまま、揃って橙田の方を見て、口を開く。


「わ、わかった」

「が、がんば、る」


 ぎこちないことはわかっている。だがそれでも精一杯、息を吸って、吐いて。あの伝説の「互いが互いに美少女になっていることを知らずにナンパ事件」だとか、去年あたりの「夏に浮かれてプールでナンパしようと頑張ってみたけど女の子にゴミみたいな目で見られ二人して震え上がり撤退事件」なんかを若干思い出して胃を痛めつつ、どうにか口を開く。

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