大分しょーもない企み
「冷静に考えて、今の俺らが男だった頃の制服なんて着たところで、男になんか見えないと思うんだけど。何せこの素ン晴らしいおっぱいは男とは真逆の象徴であり」
「安心しろ、ちゃんとお前の分もサラシを用意しておいたから」
「なんで?」
翌日の放課後、往生際の悪い青仁が、カラオケに辿り着いてもなお言い訳をぶつくさとほざいていた為、優秀な梅吉はきっちりと退路を塞いでおいた。
なお橙田は諸事情(お着替えシーンを見られたら本気で青仁が死にそう)により、しばらくしてから参戦する予定である。カラオケに途中参加する手段があって助かったし、橙田には「こういうのって、過程見ずに完成系見た方が楽しくない?」という苦し紛れの言葉が通用してくれて命拾いした。
「いやだってこっちである程度道具をそろえないとお前本気で逃げるだろ」
「当たり前だろ何言ってんだお前。なんなら道具が揃ってようと俺は逃げるが?具体的にはサラシとか難しくて俺にはまだ早いと思うんだけど?」
「ここにサラシの巻き方をわかりやすく解説してくれてるY◯utubeがあります」
「イ゛ーーーーーーーッ!!!!!」
全力で口を回す青仁にスマホを突きつける。すると青仁は弁論という文明人的行為すらも投げ捨て、原始的な獣のように威嚇を始めてしまった。人間としてのプライドとかないのか?
にしても、こんなわかりやすい穴、塞いでいない訳がないだろう。というか普通に梅吉だってサラシの巻き方なんぞ知っている訳がないので、お手本は必須である。
「クソがよ!!!ていうかお前はなんでそこまで乗り気なんだよ!!!!!何お前、俺が知らないだけで男装女子に興奮する性癖とかあったりする訳?!」
「えっ、ないけど」
「ないけど?!?!」
「まあこういうのもたまには面白いかなって。あと普通に何一つ妙案が思いつかなかったから、もうやるしかない」
「結局お前の自爆じゃねーーーーーーか!俺を巻き込まずに勝手に爆発しろ!」
「はあ?何言ってんだ死なば諸共だろ」
何を言われようと梅吉は止まる気はない。当たり前のことだが、他者を道連れにする時、人間は非常に優れたパフォーマンスを発揮するのだから。少なくとも梅吉はそうである。
「つかそもそも俺らの男装って何???盛大な矛盾塊じゃない?????心情的にはこっちのが『正しい』のに?!」
「いいか青仁、よく聞いて胸に刻み込んでおけ。深く考えると余裕で精神的に死ねる。あとこれはオレの経験談だが、めちゃくちゃ思ってたんと違うになるから、現実を直視しない方が良い。間違っても期待しすぎふな」
「えっ何その妙に具体的かつ哀愁漂う忠告は。まさかお前やったの?」
「……」
「そこで黙るのマジっぽいからやめてくんない?ツッコミずらいんだよ」
梅吉だって人間なので、落ち込む時はそれなりに落ち込むし、普段なら考えもしないような愚行に走ることだってある。この話は、それだけの事だ。
「あー……ここにオレのスマホ置いとくから。これで動画見て、自力でサラシ巻け。武士の情けってことで、一応お着替えシーンは見ないでおいてやるから」
「お、おう。情けをかける方向は盛大に間違ってる気がするけど、一応善意はありがたく受け取ってお……くと思ったか?!巻き込まれた腹いせに、お前のスマホを漁りに漁ってオカズを探し当ててグループL◯NEにぶちかましてやらあ!」
青仁のいる方にスマホとサラシを置き、梅吉は奴に背を向ける。背後から負け惜しみにしたって悪辣過ぎる発言が聞こえてきたが、わざとらしいぐらい華麗にスルーした。
「……あ゛?!お前まさか他のアプリ開けないようにロックかけやがったな?!」
「当たり前だろ。よこしまなこと考えてる奴にスマホ貸す時の鉄板自衛策だっつーの」
何故ならこの通り、既に対策済みなので。馬鹿でも秒で思いつく程度の簡易な報復なんて、対策していない訳がないだろう。これこそが若者のセキュリティー意識というものである(?)。
「つべこべ言ってないで早く着替えた方がいいぞー。のろのろしてっと橙田さん来ちゃうからな」
「なんで?????」
当たり前だが放課後集合の時点で、出発地点は同じだ。つまり橙田には二人の着替えを待ってもらっている形である。普通に申し訳ないので、そんなに時間をとっていないのだ。
「そういう趣旨の催しだからだが……まあこれだけで終わったらムカつくから、何がなんでも見た目も中身も純粋な女子とカラオケをやるって実績自体は解除させてもらうが……」
「後者についてはグッジョブ。前者については後で一発殴る」
「美少女の顔面を損なおうとすんな。てかそうやって手動かさずに喋りまくってたらマジで橙田さん来ちゃうぞ」
「……」
何故手が止まっいるのがわかったんだ、と言いたげな視線が梅吉の背に突き刺さる。とはいえ、言語化されていない意思に答えてやるほど梅吉は優しくないので、普通にスルーした。梅吉の思惑通りに事が進んでいるのならば、この後青仁は無言にならざるを得ないはずなので、無理に声をかけるようなことはせず、淡々と着替えていく。
ちなみに、今回男装用の衣服として用意したのは、各々男だった頃に着用していた制服である。これがいちばんそれっぽくなって手っ取り早い、という判断からだ。サイズは完全に合わないがこればかりはもう仕方ない、袖捲りやらなんやらで対応する。
「……よし、と」
梅吉は慣れてしまった手つきで女子用の制服とブラジャーを脱ぎ、美少女化直後に悪足掻きとして買ったナベシャツを奴に気づかれないうちに装備した。そして十年以上の付き合いがあるボタンの合わせに懐かしさを覚えつつ、気を抜くとだらしなく開いてしまう襟ぐりを無理矢理整えながら、男物のシャツを身につけていく。ずり落ちそうになるスラックスを、無理矢理背面のベルトを縛ったベストと、サスペンダーでどうにか固定した。あとは慣れた手つきでネクタイを締め、スラックスの裾を捲ればどうにかなるだろう。
さて、これで後は仕込みが効果を発揮するのを待つだけである。ニヤけ面を必死に誤魔化しながら、今か今かとその時を待つ。そして暫くして──梅吉の企みは、無事成功することとなる。
「……冷静に考えて、わかりやすい解説動画があったところで、この俺が自力でサラシ巻ける訳なくないか?」
「あやっと気づいたの?遅かったな〜お前。じゃあオレがやってやろうか?ん?」
「お前、さては最初からそれが目的だな……?!」
「うん」
ようはそういう話であった。一応まだ奴に背を向けたまま、梅吉は余裕綽々といった様子で青仁に思惑をぶちまける。梅吉も一通り動画を確認したが、あそこまで複雑な工程を青仁が一人で完遂できる訳がない。必然的に、梅吉を頼らざるを得なくなる。
つまり完全に合法的に、奴の生おっぱいに触れることができるのである──!我ながら天才的な作戦だ。ひょっとしてIQ一億なのでは?
「うんじゃねえよ何かわいこぶってんだ」
「でもお前実際サラシ自力でまけないじゃん。オレじゃなくても誰かにやってもらう必要があるじゃん。まあこれで橙田さんにやってもらうとかいうふざけた発言をしたら、オレはお前を殺さなくちゃいけなくなるんだけど」
「と、ととととと橙田さんを巻き込む訳ないだろ?!そんなことしたら尊厳とかなんか大切なものがギタギタになって死んじゃうっての!」
「だろ?ってことでお前を手伝えるのはオレしかいないぜ。さあどうする?」
手をワキワキと動かし、美少女にあるまじきゲス顔を浮かべ言う。奴は既に積んでいるのである。奴に相応のプライドがある限り、頼れる相手は梅吉ただ一人なのだ。
「……つ、つかお前なんかめっちゃ余裕こいてるけどよ、お前はサラシまけたのか?」
「できるに決まってんだろ。なんなら着替え終わってるからこっち向いたって良いぜ」
「……」
ガサゴソと衣擦れの音が響く。やはり振り向ける状態ではなかったようで、一応見れる様にしておこうと思ったらしい。
「うっわマジでおっぱいが消えてんだけど?!サラシってすっげえな?!」
「だろ?」
声を上げる青仁の方にくるりと向けば、上半身は女子用制服のシャツ、下半身は無理矢理ベルトで締め上げたと思わしきスラックス、という歪な姿でこちらを見ている。まあこれはサラシではなくナベシャツなのだが、梅吉はさらりと嘘を吐き、薄く見える胸を張った。
ちなみに梅吉がなんでこんなものを持っているのかと言えば、性転換病発症直後に色々と思うところがあったせいである。結論から言うと日常生活を送るにはキツすぎて色々と無理があったのと、姉に「私と違ってナイスバディのくせに隠すとか嫌味か」と凄まれたことによりボツになった。
「……待て、つまり俺は自力でサラシまけるようになれば、この自分についてる分には一ミリも嬉しくないどころかむしろ邪魔なブツから、日常的に意識を逸らすことができるのでは……?!」
「チッ。言っとくけどこれちょっとでも暴れるとかなり息苦しくなるから、日常使いには死ぬほど向かないぞ」
「ねえ今お前舌打ちしなかった?」
「あとこれはオレの想像だけど、冷静に考えてブラジャー以上に布地が増えるから、特にこの時期はめっちゃ蒸れると思う。クソ暑そう」
「おいお前今絶対舌打ちしただろ。マジレスで誤魔化されると思うなよ」
なんのことだかさっぱりわからない。梅吉はただ己の私利私欲のために、下手にこの手の情報を青仁に与えたら、一切の躊躇なく乳房を潰しにかかると判断し、情報を制限していただけである。特にナベシャツなんて、サラシよりお手軽なもの、奴に教えるわけがない。
「まあまあそんなことはどうでも良いじゃねえか。んなことよりほら、ここでオレと駄弁ってたらマジで橙田さんが来ちゃうぜ?良いのか?」
「うっ。さ、最悪胸を潰さなくても……てかそんな男装にこだわんなくても……」
「オレはただ橙田さんのためを思って、なるべく本番に近しい環境を作ってあげようとしてるだけだぜ?化粧とかできない以上、どうせオレらがどんなに頑張ったって限度があるからな。だからこそできる限りはやるべきだろ。ってことでほらほら、さっさと言っちまえよ、そしたら楽になれるぜ?ほら言えよ、オレに手伝ってくださいって!」
「クッ……!」
さあて、奴がいつ梅吉の掌中に落ちてきてくれるのやら。とはいえできる限り早く落ちて欲しい。くだらないやり取りをしているうちに、本当に橙田がやって来てしまったら目も当てられない。梅吉の目論見が潰れてしまう。
「……よしわかった」
「お。やっと己の立場を理解したか。じゃあちょっとこっち来」
やっと腹を括ったらしい青仁が、毅然とした眼差しで宣言する。いやはや長かった、今すぐにでも青仁の胸に飛び掛かりたい所だが、ここで余裕のない素振りを見せてしまったら格好悪い。と、言いつつ余裕で鼻の下が伸びまくりの梅吉だったのだが。
「まずお前にスマホを返します」
「は?」
唐突に、スマホが突き返された。そしてそのまま青仁は、再びくるりと梅吉に背を向ける。
「要はなんか布でぐるぐる巻きにして圧力で潰せば良いんだよ。過程なんてどうでもいい、この世は結果だけが全てなんだよいっちょやってやらああああああああ!!!!!」
「おい馬鹿強行突破しようとすんな!!!過程が結果を生み出すからこうやって手順動画がつくられてんだよ目を覚ませ!!!!!」
そう、梅吉の奸計から逃れようとした青仁は、極めて単純な理論のもとに爆走する道を選んでしまったのである!
「大丈夫だいける!いけるって自分で自分に言い聞かせ続ければいけるはずなんだよ!!!ほらなんかあったじゃん鏡に向かって自分は社長だって言い続けたらいつか本当に社長になれる的な胡散臭いやつ!止めるな今から俺はそれを実行するんだよ!」
「バッカお前何言ってんだよ?!その理論が通用すんなら今頃オレらはとっくの昔に童貞を捨てて女の子とランデブーしてるっての!つまりそういうことだ!」
「俺は……諦めない!止めないでくれ梅吉、俺は今から──限界を越える!」
青仁がシャツとブラジャーを放り捨てた。サラシを手に取り、ぐるぐると己の胸に乱雑に巻きつける。なんかクールでホットなクライマックスを迎えそうな少年漫画みたいなことを言っているが、ただ巨乳美少女(中身は以下略)がサラシで胸を潰そうとしているだけである。現実なんてそんなものだ。