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軽率な発言はやめた方が良い その2

「うるせえ。良いからなんか考えろ。橙田さんが可哀想だろ」

「俺は可哀想じゃないのかよ俺は」

「さっきまで激ヤバお化け屋敷をこの世に顕現させようとしてたやつのどこが可哀想なんだよ、絶好調だったじゃねえか。その調子でなんかこう良い感じのこと考えろよ」

「結局却下されてっから絶不調だが?」

「『俺は不満があります』って顔に書いてある奴のどこが絶不調なんだ」


 しおらしく弱った素振りでもしてくれたら、まだ梅吉は騙されてやろうと思えたかもしれない。しかし今顔を突合せているアホは、中身のアホさ具合を隠そうともしないへそ曲げ顔をしている為、そんな気は一ミリも起きなかった。


「つかんなの急に言われたって思いつくわけがないだろ、無茶だ無茶。ほら諸悪の根源直々に持ち帰って検討しますって言って来い」

「それ八割断り文句だから嫌だ。オレは一度引き受けた女の子の頼みは断らないと心に決めてんだ」

「だっから最初から俺に全部投げてきた男の風上にも置けない奴に、んなこと言える資格はないっつーの!」


 残念ながら三人寄れば文殊の知恵どころか、無知な童貞が二人寄ってぎゃあぎゃあ言ってるだけであるため、知恵なんて生まれるはずもなく。ただ無為に時間を消費していく。

 一応二人とも小声でやりあっている為、醜い話し合いの内容こそ橙田には伝わってはいないだろうけども。たとえ音声がなくとも、二人の様子を見れば難航していることは一目瞭然であり。


「あの……む、無理はしなくていいからね?元はと言えば、あたしが無茶言ってるせいだし」

「そっそそそそそそんなことないっからっ!」

「大丈夫大丈夫大丈夫いけるいけるいける!!!」


 非常に申し訳なさそうに橙田が謝るという光景が発生してしまった為、彼女とは比べるべくもない圧倒的下位存在である馬鹿二人は、全力で誤魔化しにかかったのであった。


「そ、そうなの?」

「……う、うん」

「が、がんば、るるるる」


 しかし二人の行動ははっきり言って自分で自分の首をしめるものでしかない。橙田を安心させるた為に無理やり浮かべた笑みは、どこからどう見ても引きつっていた。


「お、おいどうすんだよ!これもう逃げられないだろ!とっとと責任を取ってアイデアをひねり出せ!」

「いやこれはお前も普通に有ざ」

「早くしろ!!!お前の足りない脳みそ引き絞れ!!!!!」

「あ゛あ゛?お前よりは足りてるが?!」


 聞き捨てならないことを言ってきた青仁をぶちのめしたい所だが、残念ながら橙田の目の前で直接的な暴力行為に走ることは出来ない。故に梅吉に残された道は、若干不服だが青仁の言う通り、橙田の対男子コミュ力を改善する方策を考える事だけなのだ。


「……」

「やっと黙った。自分で蒔いた種なんだから、この調子でどうにかしろよ」


 梅吉も青仁も、本人の主観を基準とした異性に対してのコミュニケーションを不得意にしている、という点においては橙田と同じである。そして橙田とは理由こそ異なれど、問題意識を持ち、改善のための行動にも移した。

 ところで、一応二人の対女子コミュ力は、以前と比べると向上しているのだ。比較対象がカスとかその程度で向上したとかどの口が、と己の中の客観視に指摘されようとも、向上しているのである。そうでなければ、こうして橙田と一緒にいられない。


 つまりは、何がどう効果があったのか全くの不明ではあるものの、ゼロではないはずなのである。


「お、その顔はなんか思いついたってことだな?やっと自分で自分のケツを拭く気になったか」

「……ああ。だがお前も道連れだぞ、青伊」

「えっ」


 何故か自分は逃げられると思っていたらしい青仁の、やはり慣れることのない柔らかさを持つ腕を掴む。

 ぶっちゃけ青仁の協力は不要である。なんなら真に橙田の為を思うならば、排除すべき存在ですらある。だが梅吉は欲望に実直に生きているため、青仁は容赦なく巻き込まれる事となった。


「と、橙田さん。お、わたし、良いアイデア、思いついたんだけど」

「本当?!」


 橙田が目をきらきらと輝かせながら梅吉を見る。この時点で報酬を前払いしてもらったようなものではあるが、だからこそ後に引けなくなったとも言える。故に梅吉はできる限り吃らず、彼女に意図が正しく伝わるように細心の注意を払って説明した。


「わ、わたしらが男装してさ、れ、練習台になったらい、良いんじゃないかなって!た、多分そしたら、本当の男子よりは、話しやすい、と思うし」

「……はあ?!え、ちょ、おまむぐっ」


 本日の文化祭の出し物決めの時の話を思い出して、ピンと来たのである。以前梅吉と青仁がやった時は、お互いにお互いが持ちうる限りの力を使って全力で女子ムーブをする、というものであったが。それに近いことを橙田相手にやるとしたら、と考えついたのだ。男だった頃の制服はまだ残っているので、服には困らないし。

 どこまで効果があるのかは定かではないが、一応橙田の要望に応じることはできているはずだ。と、なんか喚いている青仁の口を塞ぎつつ思う。


「……梅ちゃん、その、たしかにそれとっても良いアイデアだとは思うんだけどさ……あの、服はどうするの?というか、多分それ校内でやったらめちゃくちゃ怒られない?」

「あっ」


 我ながらナイスアイデアだと自画自賛していたところで、橙田の言葉によって現実に引き戻される。そうだ、この高校はわりかし校則が厳しいのだった。特に服装規定のキツさには定評がある。校内で男モノの制服を着用して教師に発見された暁には、反省文の山が待っていることだろう。

 となると、まずは場所の確保からか。そう冷静に思考する梅吉の脳みそは、次の瞬間機能停止する事になる。


「まあでも、場所はどうにかなるかも。あたしの家は多分大丈夫だし」

「……んムッ?!?!」

「ァ゜ッ?!」


 純粋培養正真正銘の女の子の家にお呼ばれする、というイベントフラグが立ってしまったので。当たり前のように梅吉に口を塞がれたままの青仁と共に奇声を上げた。加速度的に思考回路が焼き切れてイカれていく。


 高校生という時間こそあれど金がマジでない人種にとって、自宅というものはコスパに非常に優れた遊び場と言える。故に橙田は何一つ間違っていない。極めて高校生らしい提案をしただけだ。彼女は悪くない。悪いのは自らが女子と同性になってしまったことを未だに正しく認識できずに、女子のお家へのお呼ばれイベントとして認識してしまっている梅吉である。


「そうなるとお洋服だよねえ。男装とか、よくわかんないし。多分ズボン履くだけだと、ただズボンを履いてるだけの女の子になっちゃうもんね」


 それにしたって橙田の家は梅吉と青仁にはまだ早いのではないか。こんな美少女という素敵ビジュアルの皮を被っているだけの、性欲にまみれた猿が女子の自宅と言う名の聖域になぞ足を踏み入れてはいけないだろう。どう考えたって何かしらの法に触れている。というか梅吉が第三者だったら普通に学級裁判にかける。


「あ!こういうのこそネットで調べれば良いんだ!えっとスマホスマホ」

「ちょっと待ってちょっと待って服じゃない服よりもっと問題がああああああああ」

「えっ?お洋服以上の問題なんてある?」


 場所問題を勝手に自己解決し、話を進めようとしていた橙田を制止する。実際本当に制止できているか定かではない上、かなりの無様を晒している自覚はあるが、これでも頑張った方である。なんだったら褒め称えてくれたって良い。


「(虚無)」


 何せ一応味方であるはずの青仁は、既に一人で勝手に戦線離脱しているのだから!


「ふ、ふふふふ服のアテはある、から。そっそそそそ、それよりと、橙田さんの家は、その」

「別に問題ないよ?あたしの家共働きだから、基本親いないし」

「お゜ッ」


 問題しかない。わかってるのか男は皆狼なんだぞ、いやでも狼として橙田を襲うための股座でいきり勃つブツがない以上狼を名乗る権利はないのでは?つまり橙田が正しのでは?いやだとしてもだめだろう、なんかこう倫理的によろしくない。せめてこう、もうちょっと段階を踏むべきではなかろうか。


「……も、もしかしてあたしのお家に来るの、嫌?」

「いいいいいい嫌じゃない!!!!!」


 しかし梅吉は女の子の悲しそうなしゅんとした顔に普通に弱かった。しかもそれが自らに負けずと劣らない美少女である。勝てるわけがなかった。だが残念ながら、それで全てを片付ける訳にもいかないのだ。


「(死にかけ)」


 この作戦には未だに復活する気配がしない青仁も巻き込む予定であるが故に!現場が橙田の家となれば、奴は本格的に使い物にならなくなるだろう。それどころか、現場にすら辿り着けないかもしれない。孤軍奮闘なんてしてやるものか、何がなんでも道連れにしてやる。


 故に苦渋の決断として、梅吉は女子の自宅にお呼ばれするという、棚ぼた的幸運を投げ捨てる事にしたのだ。


「で、でもちょっと、わ、わたしらはこういうの慣れてないから!と、特に青伊!ほら見て、あいつこの話だけでああなってるから!こ、こここれで連れてったら……なんか、ヤバいことになる」

「ヤバいこと?」

「ぐ、具体的にはわ、わかんないけど……と、とにかく!ば、場所ならカラオケとかさ!わ、割り勘すれば、た、大した金額じゃないし!……おい青伊!お前もそれで良いよな?!」


 必死に橙田を説得しにかかる。ついでに説得材料として、いまだにフリーズしたままの青仁の首を無理矢理縦に動かした。あまりにも無様な説得風景ではあるが、背に腹は変えられない。


 だが醜態を晒したことが、結果的には良い方向へと働いてくれたらしい。


「わ、わかった。青伊ちゃんもそうだって言うなら……じゃあ、カラオケにしよっか。いつにする?あたしこれから部活だから、明日以降になっちゃうけど」

「だ、大丈夫。……わ、わたしら基本暇人だから」

「そうなの?なら明日とか大丈夫?」

「う、うん」

「じゃあ明日の放課後、カラオケでってことで!」


 ひとまず丸く収まってくれたらしい。ならば後は青仁の再起動だけか、といまだに機能停止したままの青仁を物理的に揺さぶってみるも、淀んだ眼を晒したままだった。エリクサーでも口にぶち込めば復活するのか?それとも奴が先日絶賛していた飲〇マヨの方がいいか?


 ……なんて、女子とまともに話せない底辺の分際で、分不相応にも程がある会話相手の美少女を放置していたせいで、バチが当たったのかもしれない。というか、青仁をどうにかして巻き込まねばならないというハンデを自ら背負って交渉に臨むなんて、初めから無謀だったのだろう。


「楽しみだな〜梅ちゃんと青伊ちゃんと遊ぶの!」

「……あっ」

「?!」


 自ら、なんだかよく分からない理由で、放課後に橙田という女の子と遊ぶ、という状況を生み出してしまったのだから!

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