軽率な発言はやめた方が良い その1
考えてみれば、三人組という人間関係において、うち二人が付き合っている(付き合っていない)ことを指摘するのはわりと度胸を要する行為である。そして日本人というものは、基本的には人間関係に波風立てないように生きていこうとする民族だ。
まあつまり、何が言いたいのかと言えば。梅吉と青仁は、いまだに橙田に例の件について触れられていなかった。
「文化祭か〜!楽しみだね〜!二人は何かやりたい出し物とかあるの?!」
「ソ、ソウダナー」
「……と、とと特にない、かな」
なんなら何も言われないまま数日を過ごし、今こうして文化祭の出し物決めのLHRにて、話し合って考えるという名目で一箇所に集まってだべっている程である。あまりにも平和すぎて、いっそ怖くなってくる光景であった。
触れられなければ、当然こちらから言い出すこともなく。ただ表面上は、今まで通りの挙動不審を繰り広げている。それはそれで今まで通りはマズイのでは?
……まあ、あの一件のせいか、さりげなく梅吉と青仁が一番近くなるように橙田が位置取っている気がするが、きっと気のせいである。「付き合ってるんだからなるべく一緒にいられるようにしてあげなくちゃ!」とか思っていそうな顔を橙田がしているが気のせいである。きっと一茶の思考に毒されているのだ。
というか、いくら梅吉と青仁の実態を知らないにしても、女子同士が付き合っているということに対し、何も反応がなさすぎやしないか。あれか、一茶の妄想のように女子校には本当に百合の花が咲き乱れていたりするのか?ちょっと今度姉(女子校出身者)に聞いてみよう。
「……あれ、梅ちゃんも青伊ちゃんも、もしかしてあんまり楽しくない?」
「いっいやその」
「……ま、まあ。わたしら、どっちかっていうとその、やる気ない部類だから」
文化祭どころじゃない、というのが梅吉の正真正銘の本音ではあったが、やる気がない部類、という言葉もまた真実の一端ではある。
体育祭の時もそうだったが、梅吉も青仁も行事に熱くなるタイプではないのだ。当日だけ適当にぱーっと騒ぎたい、おそらく真面目に出し物の準備とかするタイプには大分ウザったく思われる人種である。
「でもお、いや私まだ諦めてねえからな。全面監修のもとお化け屋敷を開催してやるって野望をよ……!」
「今年も全力で止めてやるから覚悟しろ」
まあこの通り青仁が別方向で情熱を燃やしている関係で、梅吉もまた別方向で情熱を燃やさざるを得なくなるのだが。
「梅ちゃん、青伊ちゃんってそんなにヤバいの?」
「……た、多分。にゅ、入場年齢制限とかかかるタイプ。つか、R15」
「富◯急のアレだって小学生以上から入場できるんだし行ける行ける!まあ間違いなく心臓の弱い人と妊娠中の人はお断りになると思うけど」
「だ、だめそう……!ていうか絶対だめだよそれ!梅ちゃん、あたしもそれ手伝う!」
どうやら橙田も青仁のヤバさを理解してくれたらしい。さ、と顔を青くした彼女は、即座に梅吉に協力を申し出てくれた。非常に強力な助っ人を獲得できたらしい。心強い限りだ。
もしかしたら去年のような惨状(文化祭実行委員を青仁激推しホラー映画に連れて行く)を引き起こさずとも、どうにかなるかもしれない。
「な、なななななんで……?か、加減、するよ?」
「これあたしの経験則なんだけど、ホラー好きな人のホラー大丈夫って全く信用できないんだよね」
「と、橙田さんが全面的に正しい」
「だよね?!」
深く深く橙田に同意する。彼女と知り合ってから一番、彼女の意見に同意できた瞬間であった。
梅吉は一般的な基準から見た場合、ホラー耐性は並みである。特別強くも弱くもない。青仁とかいう、お化けが登場するとサメ映画でサメが登場した時のテンション並になるアホと比べるから、ホラー耐性がないように見えてしまうだけで。
「おかしい……文化祭でお化け屋敷って定番なんじゃないのか……?」
「お前が監修しなけりゃな。つかもうわたしからすりゃお前が関わってないお化け屋敷ならとうなんでもいいわ」
「本当に?去年を思い出せよ」
「……いやまあ、あれはあれでネタとしては面白かったんじゃね?今となっては笑えないけど」
「去年?何やったの?」
あれは楽しかったけど文化祭特有の非日常テンションじゃなきゃやってられなかった、と当時を思い出しながら言う。
当たり前だが、転校生であるが故に去年のことを知らない橙田が首をかしげていた為、一応の解説をさらりと梅吉は続けた。
「あー……わ、悪ノリで決まっちゃった、女装男装喫茶が、な……」
「あれ野郎共の中で一番マシって思われてた一茶が、結構な事故枠だったのだけはウケた」
「な。女子はまあ、言うて大惨事にはなりようがないけども。男子がマジで終わってた」
安物のメイド服やら執事服やらを着ていたのだが、女子はともかく男子がまともな見た目になるはずもなく。
低身長と童顔から有望視されていた一茶は、柔道部所属なだけあって実は脱いだらすごい枠だった結果、そこかしこがパツパツな大惨事と化し。顔の良さだけで全てを乗り切った緑が一番まとも、という結果に終わったのだ。
え、梅吉と青仁?梅吉(まだ男だった頃)は別に華奢でもなければ顔も良くないのでコメントに困る面白みのなさだったし、青仁(まだ男だった頃)はデカいので普通にメイド服のサイズが合っていなかった。
「えー?そういうの楽しそうだけどなー。ザ・文化祭って感じでさ!」
「そ、そう?」
「そうなんだよ!だって女子校の文化祭めちゃくちゃつまんないからね?!女子しかいないから大道具とか作れなくてこじんまりしてるし、いまいち盛り上がりにかけるし!」
「へー……」
馴染みのない文化を、間の抜けた声をあげて聞く。どうやら女子校は女子校で色々とあるらしい。と、素直に知らない世界を覗き見る感覚を楽しんでいたのだが。
「でもさでもさ!女装男装喫茶ってことは梅ちゃんと青伊ちゃんも男装したってことでしょ?!ねね、写真とかないの?見たい!」
「っ、ぁ、その」
「ッス〜〜〜……」
突然のキラーパスに、青仁共々ダメージを負う羽目になった。
いや別に橙田は悪くない、会話としては至極自然な流れである。だが彼女がご所望の男装した美少女の写真は、当たり前だが物理的に存在しないのだ。
「ご、ごめん。き、機種変し、したから。た、多分い、今すぐは出せない」
「そっか〜。たしかに機種変するとその辺ごちゃごちゃになっちゃったりするよね〜」
苦し紛れの嘘に、存外ころりと橙田が騙されてくれたので、ほっと胸を撫で下ろす。危ないところだった。性転換病患者の日常には危険がいっぱいだ。
「あー、とりあえず話し合いはその辺で。なにかアイデア出ましたかー?」
そんなやり取りを繰り広げていると、進行役を務めている文化祭実行委員が、ガヤガヤとしたざわめきが支配する教室に声をかけた。それを合図に、矢継ぎ早に手が上がり、案が出されていく。定番の飲食系に始まり、迷路や演劇など、様々なアイデアが飛び交っていった。
「はい!お化け屋敷!俺お化け屋敷やりたい!やらしてくれるなら企画から何まで全部やるから!むしろやらして!」
「この前実行委員の顔合わせでさ、四組の委員に『空島のお化け屋敷に同調すると、赤山にエグすぎるホラー映画に連れてかれる』って教えてもらったんだよね。ってことで俺ホラーそんなに得意じゃないし、パス」
「クッソあんにゃろー!!!!!つかてめえそれ職権濫用じゃね?!」
「何言ってんの。お化け屋敷(空島の監修なし)はちゃんと意見として黒板に書いておくよ?ほら」
「ほらじゃねえよクソが!!!!!」
なお青仁プレゼンツ・ほぼ確年齢制限アリ激ヤバお化け屋敷については、梅吉や橙田よりも先に、前年度の被害者が手を打っていたようである。なんとも鮮やかな手腕だ。是非見習いたい。
まあ若干梅吉にも非があるように語られている点については少々引っかかるが。必要経費として処理しておいてやる。だが次があると思うなよ。
「何故……何故皆俺の野望を阻むのだ……俺はただ、皆を喜ばせようと」
「一人称。あとそれ皆を喜ばせようじゃなくて皆を恐怖のドン底に突き落とそうじゃね?」
「?それってイコールだろ。怖いと楽しくなってくるだろ」
「えっ怖」
野望を絶たれ、わざとらしく落ち込みムーブをかます青仁だったが、澄んだ眼でなんかとんでもないことをほざいていた。まるで意味がわからない。
「あ、あたし青伊ちゃんのそういうとこも信用しないようにするね!」
「全面的に正しい」
「だからなんでお前は橙田さんを全肯定してんだよ!」
アホが吠えているが、アホなので大したことは言っていないので、鮮やかにスルーしていく。それが梅吉である。というか橙田が聡明すぎて余計に奴のアホさが際立つ。
そうして橙田と共に青仁への不信感を募らせていたのだが、そんなことをしている間にも、LHRの話し合いは続いていく訳で。いつの間にか実行委員の手によって、あっさりと出し物の候補が絞られていた。どうやら候補を絞った上で、最終的には実行委員内で会議をして、なるべく出し物が被らないように調整するらしい。言われてみれば去年もそんな感じだった気がする。
そしてこのLHRこそが本日の最終授業だった為、話し合いの終了すなわち、放課後の開始を示す。いつもの梅吉と青仁ならば、そそくさと帰宅の準備を始めるところだったのだが。
「ねえ、二人とも。あたし思ったんだけどさ。文化祭って大体の出し物で接客要素があるよね。それでさ、ここって共学でしょ?」
「……ま、まあ?」
「う、うん」
妙に真面目な顔をした橙田に、話を切り出された事により手を止めた。一体何を言い出すのだろう、この高校が共学である事と文化祭にどのような関連性があるのだろうか、と梅吉が内心首を傾げていると。
「お客さんも、男の子が普通にいるって事だよね?!どうしようあたし男子相手に接客とか絶対できる気がしないんだけど?!」
「あー……」
「あー……」
橙田は三人のような一部の性別の人間に対し真っ当にコミュニケーションが取れない輩にとっての、文化祭における最難関を提示した。そういえばそうだった気もするし、去年の梅吉もまあそれなりに醜態を晒していた気がする。青仁と揃って、間抜けな声をあげる。
だが梅吉にとっては、それ以上に気になる点が一つあった。
「え、そ、その。ぎゃ、逆に女子校の文化祭って、だ、男子いないの?」
「うん。少なくともあたしが前いたとこは誰でも入れるって訳じゃなくて、チケット制だったから。いない訳じゃないけど、同年代の男子ってすっごく少なくて。大体いても生徒の家族だったから」
「へー……」
今日だけで知らないことをいくつも学んでいる気がする。女子校とは中々に奥深い場所のようだ。
まあたしかに、JKしかいないシャングリラとなれば、チケット制にしないと、一茶のような不届きものや梅吉と青仁のような女に飢えた奴らが潜り込む可能性があるのだろう。言われてみれば妥当な措置である気がする。
「ど、どうしよう?!あたし店番とか任されても、お客さんが男子だった場合まともに話せる自信ないよ?!絶対大丈夫じゃないよ!」
あわあわと慌てる橙田の様子は、かわいらしさ半分、真面目に案じるピュアさが眩しすぎる事による辛さ半分、と言ったところか。梅吉は残念ながらここまで素直にどうしようと思えないし口に出せない。多分当日まで見栄を張って当日に事故る。
と、いったことを大体同じような感じに考えていたらしい青仁も渋い顔をしていた。見事に同じ穴の狢である。仕方ないね。
「ねえ梅ちゃん青伊ちゃん!あたしどうすればいいかな?!どうすればもうちょっとマシになれるかな?!」
「えっ……」
「う、うーん」
梅吉と青仁、二人揃って顔を見合わせ、呻く。実際それは、初対面の時に告げられた橙田の願いそのものである。だがこの通り、橙田の対男子コミュ力は一向に改善される気配はない。相変わらず緑が会話に混ざる度にフリーズしているし、その他のクラスメイトの男子とも、事務連絡程度の会話を交わすのが精々のようだった。なんなら、事務連絡すらも正直相当危うい。
「な、なんかないかな?!」
必死な表情でこちらに縋る橙田には悪いが、そんな素敵な方法があれば、とっくの昔に梅吉と青仁が実行している。だが現実問題、二人の対女子コミュ力は、数ヶ月前と比べレベルが1上がったか上がってないか、といったところである。近頃は橙田と言う荒療治により、経験値は間違いなく蓄積されてはいるものの、逆に言えばその程度なのだ。
だが悲しいかな、男(だと思いたい)は女の子の頼みをそう簡単には断れない生き物なのである。
「……ちょ、ちょっと今からこいつと考える、から。タンマ」
「えっ。おい待てお前何言」
「本当?!ありがとう!」
故に梅吉に取れる選択肢とは、冷や汗をかきながら格好つかない了承を吐くことだけである!
なんか青仁が梅吉を咎めている気がするがきっと幻聴だ、そう決めつけた梅吉は奴の肩に腕を回し、椅子ごとガタガタと動かして橙田に背を向けさせる。そして放課後特有のざわめきに隠れるように、声を顰めて発言する。
「おらお前なんかアイデア出せ」
「自分から引き受けておいて初っ端から人任せかよ?!お前自分のこと情けないとか思わないのか?!」
初手でプライドを投げ捨てた言葉であった。仕方ない、梅吉にはこれが限界だったのである。青仁とかいう相談相手として頼りないにも程がある相手を使うぐらいしか、道が残されていなかったのだ。