やっぱ体裁って結構大事 その2
「……手遅れだってんなら、もうそのままにしちまったら?嘘も方便ってことで」
「は?」
「あ?……うわっ」
「あぶな。あんた何してんだよ」
自分から爆弾発言をしておいて、あの阿呆は自らの発言内容を正しく理解していないようで。タブレットを取り落としかけた梅吉に、緑はひどく淡々とした言葉を向ける。
「お、おおおおお前のせいだろ?!?!なんだよそのままって!何がそのままなんだ早く言え!!!」
「いやいいいいや聞かなくて良いだろ、俺聞いちゃいけない気がする!ほらもうこの話終わらせようぜ!えーと話題話題!最近ドリンクバーで何混ぜた?!」
そんな緑に態度を見ていると、なんだか猛烈に嫌な予感がするのは気のせいだろうか。いや気のせいだそうでなくてはならない。そうだ現実逃避代わりにカレーを追加注文しようじゃないかそうだそうし
「なんか勘違いしてるみたいだけど、俺はただ適当に付き合ってるフリでもしとけば?って言っただけなんだぞ」
「付きァッ?!つつつつききつつつきつきあああああああああああ……」
「つつつつつつつきききつつきききあああァァァァァあああぁぁああッ?!」
「は?何、俺が喋ってたの人類じゃなくてキツツキだったの?」
全然気のせいじゃなかったし、最悪中の最悪だった。誰だそんな悪魔みたいな発想をしてしまったのは。
いやまあ誰にも言っていないし、お互いに明確に確認をとったわけではないが、一応まだ「付き合っている(仮)」という体は有効な筈ではある。その上で付き合っているフリなんてやってしまったら、それはもう本当に──どうにかなってしまう。
だってそんなの、本当に付き合っているのと一体何が違うんだ?
「おいバカやめろ!それだけは絶対にやめろ!」
「なんでだ?ほっといたら面倒くさくなりそうな木村あたりには、あらかじめこれはフリです、マジじゃありませんって言い聞か……洗脳しとけばどうにかなるだろ」
「やけに具体的に外堀を埋めるな!」
実現性を上げるんじゃない。本当に実行する羽目になってしまったらどうするんだ。しかし残念ながら梅吉は極端なバカというわけでもないので、緑の策が現実的なものであることを理解できてしまうのだ。それこそ、これ以上本当に何も思いつかなかったら、本気で実行せざるを得なくなるのだと。
「そこで洗脳って言い換える必要性絶対なかっただろ?!つかマジでやめろ、俺最近何故か一茶から無言で恋人偽装モノとか百合営業?モノの無料漫画のリンクが送られてくるせいで、その手のワード聞くと寒気がする体になっちまったんだよ!」
「お、おおおおおおおいなんだよその話初耳なんだけど?!早く言えよ!」
「は?俺が知らない間に木村ってエスパーになったの?キモすぎる」
「あまりにも怖すぎて口に出せなかったんだよ!あと一茶がキモいのは今に始まったことじゃねえよ!」
「そうだそうだ!」
しかもこちらからコンタクトを取るまでもなく、大分キショい挙動を一茶が見せつけていたことが発覚した為、話題がそちらの方へと流れていく。というか何故奴はこうも百合が絡むと意味不明な行動を取ってしまうのか。その能力を少しでも学業に回せれば、赤点を回避することなんて朝飯前の筈だろうに。
なお、順調に冤罪(?)を積まれていっている一茶だが、単に「そういえばあいつらって付き合ってるフリするシチュとか似合いそうだよな」とちょっとしたブームが訪れていただけである。
「ごほん……まあ、俺から見ても木村はアレだが。真面目な話、付き合ってるフリってのは悪くないと思うぜ?」
「どこが?普通に最悪だろ」
だがいつまでも脱線事故を起こしている訳にもいかない。第三者である緑がわざとらしく咳払いをした後、軌道修正を図る。だが何故だか知らないが、奴は致命的な見落としをしているのだ。
「お前さ、もしかしなくても、俺らが付き合うと元男子現女子カップルとかいう、一から百まで同性愛みたいな、なんかもう反応に困る感じになること忘れてる?いくら多様性がーとか言われてたって、絶対白い目で見られるぞ」
残酷な話だが、青仁の語りがこの世の全てである。
梅吉だって偏見がないとは言い切れないというか、正直偏見まみれである。何せ、いまだに自分が青仁(の外見)に性的に催すことが同性愛としてカウントされることに違和感があるぐらいなのだ、こればっかりは本当にどうしようもない。自分は違う、なんて薄らとした身勝手な思想が、気づいていないだけで身の内の奥底に眠っている。
そう、珍しくシリアスな顔をした梅吉は青仁の対面で頷いていたのだが。
「そうか?もしそうだとしたら、俺がこんなに百合の間に挟まる罪で処されてないと思うんだけど」
「おかしいな。俺なんで論破されちゃってんの?」
「今日の緑最悪な方向に頭脳が冴え渡ってんな」
シリアスにはクラッシュがつきものである。ちょっとでもシリアスムーブをしてしまった段階で、梅吉の負けは確定事項となってしまったのだった。
「まあ流石にこれは冗談ってか、女子の反応を含めると現実的じゃないが。でもほら、あんたらには木村っていうそういうのを勝手に粛清してくれる頼もしいスポンサーがついてるからさ。多分どうにかなるっしょ。あいつならやる」
「なんで力って何時の時代も持っちゃいけない奴が持ってるんだろうな」
「それが人類史ってヤツだからな……オレらが生まれる前から決まってる、この世の摂理なんだよ」
あまりにも絵面が想像つきやすすぎて、力無く適当なことをほざくことしかできなくなってしまった。三人揃って遠い目をする羽目になる。
だってそうだろう、過程や手段は全く想像がつかないが、あいつならやり遂げるという謎の信頼感があるのだ。奴にまつわるありとあらゆる言動が、その信頼を補強する材料として機能しているのだから。
「お待たせしましたー!ご注文の品は以上で宜しかったでしょうか?」
「あ、ありがとうございまーす。あ、でも多分追加注文するから伝票は大丈夫です……なあ、青仁。オレ、なんでかわかんないけどあいつのせいでめっちゃ疲れたからさ、もうゴールしていいかな」
「良いんじゃないかな。とりあえず橙田さんにはそういうことにしておこう。他はまあ、様子見で」
先程現実逃避を兼ねて注文したカレー(トッピング山盛り)が届いた為、ビジュアルに反しない態度でサクッと受け取った後。妙な疲労感に苛まれた梅吉は、何に対してか定かではない白旗を上げた。そしてその気持ちは青仁も同じだったらしい。どこか虚ろな眼差しをしたまま、梅吉の提案を了承する。
「んじゃ、これで一件落着か。俺としてもありがたいよ。あんたら、絶対また性欲に流されて同じ過ちを繰り返すし」
「それは仕方なくないか?こんな美少女を目の前にして何もアクションを起こさないとか、それこそ男が廃るのでは?」
「仕方ないだろ。俺が梅吉みたいな女の子が隣にいるのに何もしなかったら、今度こそ男が廃っちまう」
「いやもう廃ってるだろ」
緑の言うことはたしかに真実だろう。だがこればかりは仕方ない。譲れない男の性であるのだと、青仁共に真顔で言い返す。なお廃ってる云々については、ナチュラルに聞かなかったことにした。
「てか梅吉まだカレー食うの?」
「最低でもあと一皿は食うが?誰かさんのせいで昼飯が不完全燃焼なんだよ。オレからすればこれは昼飯六割とおやつ十割の合計十六割なんだから」
「算数から学び直せ数弱野郎がよ」
ひとまず目下の大問題はこれで解決策が見つかった筈だ、と梅吉は少しの安堵と共に、カレーを口に運ぶ手を早める。やっと安らかに昼食兼おやつが摂れるのだ、ここは思う存分味合わねば、カレーに失礼だ。
……そうして、比較的いつも通りの時間が戻ってきたせいなのか。ふと、梅吉は思い至ってしまったのだ。控えめに言って気の迷い、としか形容できない問いに。
「いつも思うんだけどさ、こいつのおやつの基準バグってないか?普通おやつって言うならせめてファミレスだろ」
「緑お前まだそんな次元にいたの?梅吉がおやつっていったらあいつにとって全部がおやつなんだよ。たとえそれが二郎系とかケバブとかであろうとも」
「マジかよイカれてんな」
かたり、とカレーを食べる手を止める。相変わらずなんてことのないやり取りを繰り広げる緑に、梅吉は同じように、なんてことのないようなフリをして、口を開く。
「……なあ、緑」
「ん?」
平常心を保て、と自分で自分に命じるように。可能な限り深刻にならないように、努めてラフに振舞って。そうだこれは雑談の延長線だ、と他でもない自分自身に言い聞かせるように、へらりと笑って問いかける。
「お前、さっき付き合ってるフリとか言ってたけど。もし仮に、オレらがマジで付き合ってたらどうする訳?」
無論、そんな予定はない。二人の間にある恋人関係(笑)は単なる性欲の延長線で、そういう体裁が欲しかっただけの産物だ。真の愛し愛され的なあれそれは存在していないし、する訳がない。
だからこれは単なるたらればだ。ほんの少しの杞憂で、くだらない思いつきだ。そうでなくてはならないし、実際そうでしかない。だと言うのに、やけに乾いた喉がひりついていた。心臓の鼓動がうるさくて、表情筋がひくつく。取り繕えているか、自信がなくなっていく。しん、とやけに静かに黙っている青仁の視線が痛い。
無限に感じられるような、しかし実際の所長考とすら呼べないほど短い間を置いて。緑からの返事は、あまりにもあっけなくもたらされた。
「どうもしない」
どうやら梅吉の複雑な心情は、緑には伝わらずに済んだようで。むしろ何故こんなことを聞かれているのかわからない、とでも言いたげな表情で、端的な答えを返す。
それに少しだけ、何故だか心がホッとしてしまった気がして。その感情ごと、見なかったことにした。
「だってさ、めちゃくちゃ認めたくないけど、現状生物学的に女性同士は正常な生殖が可能なのに、近親相姦の遺伝的問題ってまだ未解決な訳じゃん。その時点で俺が否定できる権利なくない?」
「それ聞いたオレはきっしょって言えばいいの?それとも無駄に真面目に考えてんじゃねえよって言うべきなの?」
「俺これなんか真面目な話っぽいから黙ってたんだけど、もしかしてただの緑キショ話だったの?」
まあ幸か不幸か緑が積極的に自爆していってくれた為、深いことは考えずに済んだのだが。とはいえ正気があるような無いような、極めて微妙なラインに突き進まれるのも反応に困るので、そんなに喜ばしい事態ではないかもしれない。
「いや割と真面目な話だけど。なんならこれでもキショい話は削ったつもりなんだけど」
「え、どこが?全然普通にキショいんだが?」
「何こいつ怖……基準がぶっ壊れてる……」
「そんなに?!」
変態の基準はやはり常人とは異なるらしい。梅吉と青仁は揃って自身の発言を深く理解していない緑に、冷たい眼差しを向ける羽目になったのだった。という訳で、緑相手に妙な杞憂を抱く方が負けだった、という事で、ひとまず梅吉の中で結論がついたのだ。
なおこの後「付き合ってるって体で押し通すにしても、あんたらはそれを橙田に伝えられるのか?」という緑の一言によってまた一悶着、いや五悶着ぐらいあったりしたのだが、それはまた別の話である。