やっぱ体裁って結構大事 その1
「えー、では空島青仁くん。言い訳とか、ある?」
「(無言でサムズアップする)」
「よーしわかった、お前死刑な」
無論あの程度の昼食で梅吉が足りる訳がない為、授業終了後梅吉は青仁を連行して即座にC〇Co壱へと急行した。そして当然のようにご飯盛り盛りトッピングマシマシカレーを貪りながら、青仁に判決を言い渡す。
「だあってぇ……元はと言えばお前がやらかすからぁ……なら俺もやんなきゃ損だなあってぇ……」
「それも元はと言えばオレを煽ったお前が悪いのでは?」
「自分でヤりたくないって言っておいて、襲いかかったお前も大概だろ」
「ゔっ」
それを言われてしまうと、梅吉は何も言い返せなくなってしまう。まあ口籠っている間にも、カレーを口に運ぶ手は止まらないのだが。普通に空腹が酷すぎるので。
「……まあ、この際責任の所在はおいて置くとしよう。問題は橙田さんにどう言い訳するかだ。そのためにはまず橙田さんがオレらがカップル皆殺しゾーンでいちゃコラしてたことをどう捉えたか、を考えなくちゃいけないんだが」
梅吉と青仁は今回、言い訳を考えるというスタートラインにすら立てていない。故にまずは橙田が二人を見て何を思ったのか、ということから会議は始まるのだが。
「言っていい?純粋培養女子校育ちな女の子の心理を推察するにあたって、俺ら以上に向いてない人材はこの世にいないと思うんだけど」
「軽率に正論をぶっ放しちゃいけないってママに教わらなかったのか?」
この通り、最初の議題が最大の難題に等しいため、初っ端から詰んでいた。
「でも事実だろ。女子校とか、俺らには想像もつかない世界じゃん。どういうところがズレてるのかとか、見当もつかないし。ていうかさ、これ話してて思ったんだけど」
「内容によってはシメるけど、どうぞ」
「そもそも橙田さんっていつから女子校に通ってんだ?多分あれ、口振り的に最低でも中学からはもう女子校っぽかったじゃん。よくよく考えたら小学校も私立だったとしたら、小学校から女子校って可能性もある訳で。その場合、本気でわかんなくないか?」
「あ゛っ……だめだもしそれだったら世界が違い過ぎてマジでわからん」
言われてみればそうだ。勝手な解釈で中高一貫の女子校出身、と捉えていたものの、そういえばこの世には私立の小学校という概念が存在しているのだった。完全に失念していた。
二人からすれば、女子校は完全に異次元の領域である。下手なファンタジーより想像がつかない世界だ。もしこの可能性が的中してしまったとしたら、それこそわかる訳がない。
「やっぱこれオレらじゃ無理だわ。本気で終わってる。もうさ、面と向かって二人がかりで橙田さんがどう思ってるか聞いて、懇々と言い訳を説く方が早いんじゃねえの……?正直作戦とか練ってる場合じゃないのでは……?今すぐ橙田さんにL◯NEで弁解した方が良いのでは……?」
「そうかも……」
カレーを食べる手を止めて、スマホを取り出しながら言う。これでどうにかなるとは思えない。だが、何もしないよりはマシだろう。というか頼むからマシになってくれ、そう願いながら、梅吉はスマホのロックを解除しようとして──
「うわっ。え、何、緑?」
「どうしたんだ?」
スマホの画面に、新たなL◯NEの通知がひとつ出現した。送信者は緑、要件は『今どこにいる?』という端的なものであった。そしてまた端末に通知が現れ『空島と一緒か?』という一文が視界に飛び込む。
「いやなんか、緑に今どこなのか、青仁と一緒かって聞かれた」
「なんで?」
「知らん」
青仁にメッセージの内容を伝えながらも、日頃のやりとりによって鍛えられた高速フリックによって、淡々と返信を打ち込んでいく。
『C◯Co壱で一緒にカレー食ってるけど』
『駅からちょっと行ったところの?』
『そこ』
『じゃあ今からそっち行くわ』
『首洗って待ってろ』
「果たし状かよ。もしかしてオレら喧嘩売られてる?」
「マジ?喧嘩なら買うぜ。二人がかりでボコボコにしてやんよ」
血の気の多い梅吉にこんなメッセージが叩きつけられれば、当然喧嘩を売られたと解釈するし、その言葉を聞いた青仁もファイティングポーズを取るものだ。極めて真っ当な帰結である。
「でもオレ直近であいつに喧嘩売られるようなことした覚えないんだよな。お前はなんかある?」
「うーん。なんだろ。あ、この前橙田さんに善意でお酢注がれかけたから盾にしたわ」
「ほぼ確でそれだろ。え、てことはオレとばっちりってこと?お前一人で逝けよ」
「は?死ぬ時は二人一緒って決めたの忘れたのか、道連れに決まってんだろ」
あくまで直近、であることがミソである。過去を漁り続けたらキリがない。その辺はもう時効という便利ワードで片付けていただかなくては。
なんて、いつも通りの会話を繰り広げつつ、カレーの追加注文をどうしようか考えていると。割と近くにいたらしい緑が、さして時間を置かずに現れた。
「あ、緑来た。何頼む?」
「アイス」
「ここカレー屋だぞカレー食えよ」
「おやつの時間なんだからおやつ食うに決まってんだろ」
「カレーはおやつだろ」
「何言ってんだこいつ。せめて飲み物……いや飲み物も嫌だわ」
奴は現場がC〇Co壱だと言うのにカレーを頼もうとしない不届き者だった為、一悶着ありつつも一応着席する。そして開口一番、緑は沈痛な面持ちで口を開いた。
「えーこの度は、ご愁傷さまで」
「おい待て。何さらっと葬式を始めようとしてんだ」
「俺と梅吉で今から緑をボコボコにするって聞いてたんだけど?いつからここは葬儀場になったの?」
式を挙げられるようなことをした覚えはない。いや某木村一茶はいつだったか執拗に結婚式やったんだな、とかほざいていたがあれはまた別であるし、なによりこれは新手の喧嘩売り行為だろう。
でも待て、何かが引っかかる。そう、例えば今二人がそれなりに絶体絶命のピンチに近かったりすることとか──
「あんたら気づいてないのか?あんたらの脳みそのかわりにちんこで考えてるとしか思えない言動を目撃したの、橙田だけじゃないからな。クラスの女子だって見てたし、そうじゃなくても普通に女子同士で拡散されてるし。それこそ、俺に話が回ってくるくらいに」
「ア゛ッ!(絶命)」
「ミヒョ゜ッ」
全然普通に致命傷を抉られた。ちょっとしばらく再起できそうにない。
そうだ、考えてみれば目撃者が橙田だけ、なんて都合の良い事がある訳がないのだ。思い返してみれば、あの時橙田以外にも、クラスメイトの女子の影がちらりと見えていた。そこから情報が拡散されるのは当たり前である、高校生なんて、下世話な話題が大好きな生き物なのだから。
「おーすっげえ見事に死んだ。まあとにかく、そういうことだから、俺から見ててもちょっと哀れすぎたし、助太刀に来たって訳。あ、報酬はス◯バのフラペチーノでよろしく」
「押し売りやめろ。てか高望みしすぎだろ」
「お前みたいなロリコンはチ◯ルチョコ一個分以下の価値しかないっての」
こちらを哀れみつつ煽り倒すという高等技能をやってのけた緑を罵倒する。胸にやられたらやり返すという金言を刻んでおいたおかげで、即座に対応することができた。メンタルの蘇生という観点に限れば、この金言はそれなりの働きをしてくれた気がする。
「え、良いの?俺女子経由で橙田の反応色々と聞いてきてあげたのに。あんたら身体的には女子のくせに一ミリも女子のことわかってないんだから、苦戦してるんだろうな〜って思ってたんだけど」
「神様仏様緑様どうぞフラペチーノをお飲みくださいませ」
「あ、俺席確保しておきますね!なんならモバイルオーダーいたしましょうか?!」
「うむ。くるしゅうない」
まあ即座に緑が上から目線で来れる理由を見せつけて来た為、二人は流れるように三下ムーブに移行する羽目になったのだが。正直日常茶飯事ではある。
「で、だ。橙田はまあ、うちの学校での恋人同士のいちゃつきスポットとして名高い場所で、なんか好き放題してるあんたらを見て、最初は『まあよくあることかな』って思ったらしいんだが」
「過去形やめてほしい」
いつ聞いても思うが、あれを「よくあること」で片付けられる女子校とは一体どんな場所なのだろうか。一茶が夢見るシャングリラが実在しているというのか。
と、現実逃避にも程がある思考に思いを馳せていた梅吉に、緑は容赦なく現実を叩きつける。
「クラスの女子に否定されたのと、あとあんたらもなんか言ってたらしいな?とにかくそれを踏まえて、まあ常識的に『付き合ってる……?!』ってなったら」
「ギィぃ゛ィィ゛ィ゛ぃぃィィ゛ぃィィィあ゛ッあ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛……」
「(無言で机に頭を打ちつける)」
「あ、壊れた」
奇怪な力無い悲鳴を上げる梅吉と、シンプルな奇行に走り出す青仁。あっという間に地獄絵図が出来上がった。最悪である。橙田の反応という側面においても、二人は自滅をやらかしていたらしい。不運がピ〇ゴラスイッチみたいに連鎖していく。
「な、なななんでおま、おおおおお前はそんなに冷静に」
「事実だろ」
「お、おおおお前まで一茶みたいなこと言うつもりなのか?!」
「いやあそこまで極端ではないだろ。俺はあくまで一般論を話してるだけで」
緑にまで誤解……誤解か?まあとにかく面倒な解釈をされてしまったらたまったものじゃない。そう考えた二人は、必死に緑に問いかける。
深く考えなくても実質一茶が増殖した、という言葉面だけで死活問題であることは想像がつく。故に梅吉は食事の手を止めてまでして、緑に突っかかったのだが。
「俺個人はあんたらがどんな奴か知ってるから、ちゃんと八割性欲に流されただけだなって思ってるよ」
「ちゃんと……ちゃんと……?」
なんか微妙に間違ってるような、しかし信頼はされているような、非常に感想を述べ難い言葉が返ってきた。
「お前オレらのことなんだと思ってる訳?」
「おっぱい星人×2」
「困った。何一つ否定できない」
「それ言ったらおしまい」
どうしよう、過去一正当性がある、反論不可能な超理論がぶっ放されてしまった。というか元はと言えば不用意に青仁が梅吉を煽り、梅吉(性欲フルバースト状態)が流された結果の事件なので、最初の言葉の時点で正しいっちゃあ正しい。
「もしや、お前はオレらの最上級の理解者だったのか……?」
「俺今度お前に『俺らのこと理解出来てすごいで賞』やるよ。頑張って金の折り紙でメダルもどき折るからさ」
「その賞受け取り拒否システムとか実装してくんない?俺空島が作った金メダルの形を成してるか本人にも自信がなさそうな物体Xとか、普通にいらねえんだよ」
「緑は優しいな。俺自分が少しでも手を加えた折り紙のことゴミって呼んでるのに。物体Xなんてカッコいい名前つけてくれるなんて」
「なんでそこだけ自己評価が妙に厳しいんだ」
青仁の中学時代の技術やら美術やらの手先の器用さが物を言う分野の惨状は、本人の口からもそれなりに聞いてきてはいるので、例外はない、と言うことだろう。いやまあ例外はあるか、本人の興味関心が向いてしまった分野(例:ロシアンたこ焼き)が。
「つかあんたら、こんなとこでくだらない茶番繰り広げてる暇あるの?いやまあ俺は別にそれでも良いんだけどさ。こんなことしてる間にも、女子の誤解は深まってるかもしれないのに」
「もうちょっと現実逃避させてくれよ」
「どうしてこうなっちゃったんだ」
「全部あんたらのせいだろ」
などと思っていたら、緑とかいう第三者の手によって現実に引き戻されてしまった。そう、こんなくだらないことを言っている場合ではないのである。事態は一刻を争うのだから。
「でもさ、言い訳するにしてもどうすれば良いのか全くわかんないんだけど。ぶっちゃけ大分もう手遅れじゃん。主に青仁のせいで」
「お前が悪い(n回目)」
無論、梅吉は今回の言い訳対象の気持ちが痛いほどわかる。梅吉だって第三者だったら「ちっ。付き合ってんのかよ爆発しろ」と美少女がやっちゃいけないタイプの顔でほざいていたことだろう。それはきっと、責任転嫁をし続けている青仁も同じ筈だ。
だが現実は不思議なことに何故か当事者として頭を悩ませる立場となっている。むしろ言い訳を考える側なのだ。言い訳なんかしてんじゃねえよ潔く認めろウザいんだよ、と脳内のいつにも増して解像度の高い客観視がわめいていようとも、当事者なのである。なんでこんな奴がラブコメありがちシチュエーションで当事者やってんの?
「それあんたらが言うの?」
「事実だろ。馬鹿正直に言ったところで信じてもらえなさそうだし」
緑の言葉に不貞腐れたまま返す。梅吉を煽った青仁に理性が崩壊し、それの腹いせで青仁が暴走した、なんて真相を語られたところで、思春期の恋愛脳はそれだけで終わらせてくれない。十中八九恋愛に結びつける。梅吉だってそうする。そのまま裁判という名の処刑を開催する。
「だな。あと梅吉が性欲に負けたせいって言ったら梅吉どころか俺の株も下がりそう」
「何巻き添え食らうみたいな言い方してんだよ、お前にだって非はあるんだぞ?!つまり株が下がるのは同じだ!」
「素朴な疑問なんだけど、あんたらこれ以上下がる株があるのか?」
「どうしてそんな酷いこと言うんだ」
「あるだろ。ある、はず……」
男子の間ではそんなに株は低くない、筈なのだ。え?女子?聞かないでほしい。多分視界にすら入らないモブAとかそんな感じなので。
「……まあ、この際女子からの評価が死ぬのは……いやめっちゃ辛いけど、とりあえず置いておく。だって多分最初から死んでるってかそもそも評価枠が存在してるか怪しいし……それよりも橙田さんだろ。絶対一番面倒なことになってるし、一番誤解が解きづらい」
「あーわかる。偏見かもしれないけど、こう、思い込んだら一直線、みたいな感じがちょっとするよな、あの子」
「お前も?やっぱ橙田さんってそんな感じだよなあ」
この辺りは青仁も同意見だったらしい。二人とも橙田との付き合いは到底長いとは言えない。そろそろ一ヶ月経つだろうか、といったところだ。それでも、同じクラスで会話のある相手となれば、多少は人となりがわかってくるものだ。
「まともに会話できてないあんたらがそう思うってことは、よっぽどじゃないか?」
「真っ当な気づきを得てんじゃねえよ。だからオレらは手遅れって言ってる訳で」
「無理ゲー」
認め難いがおおよそ緑の言う通りである。客観的に見て女子への理解力が乏しい二人の見解が一致している、それすなわちわかりやすい真実である。もしくは緑の言う「よっぽど」である。
そんなことを言いつつ、ぼちぼちカレーを食べ終わりそうな梅吉は、残弾を追加するために注文用のタブレットを手に取ったのだが。
「……手遅れだってんなら、もうそのままにしちまったら?嘘も方便ってことで」
「は?」
「あ?……うわっ」
右ストレートを叩き込みたくなるタイプの神妙なツラをした緑が寒気がする言葉を発した為、タブレットを取り落としかけた。