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たっぷりと味わいやがれ その1

「……」


 昨日、性欲のまま突っ走り、盛大にやらかしてしまった梅吉であったが。嵐の前の静けさのように、やらかした直後は特に何もなかった。青仁も特別何かを言うことはせず、恐ろしいほどいつも通りの日常が過ぎていったのだ。故に昨日の梅吉は内心この後自分はどうなってしまうのか、と怯え続けていた。


 そしてその答え合わせは、本日現在進行で行われている。


「あー……あ、青仁?」


 朝教室に来た途端、待ち構えていたらしい青仁に捕獲された。まあ、正直ここまでは大した恐怖はない。お互い登校時間は自分の方が早かったり遅かったりとまちまちなので、当然青仁の方が早い日だってある。


「そ、そのな。た、他人の目って、知ってるか?」

「……?」


 おそるおそる問いかける。だが、いつもよりはるかに梅吉に近い場所で、青仁は緩く首を傾げている。


 具体的には、椅子を横付けにして太もも同士をこれでもかと密着させる形で腰掛けた上で、さりげなく腰に手を回すという所業をしながら、青仁はそんなすっとぼけムーブをかましていた。

 当たり前だがこの状態で梅吉が平静を保てるはずもなく、既に脳みそは沸騰寸前である。


「お、おい無視すんな。オレ知ってるからな、さっきチラッと一茶が廊下からこっそりうちのクラス覗いて、こっち見た途端鼻血吹き出しながら綺麗にぶっ倒れて保健室に搬送されてったの。良いのか?絶対今オレらあいつの脳内でぐっちゃぐちゃにされてるぞ」

「背に腹は変えられないし。てか今やめてももう手遅れだし」


 どうにかこの状況から逃れようと、お互いに致命的な精神ダメージを与える類の嘘を、適当にでっちあげたのだが、覚悟がガンギマリしている今の青仁には何一つ効果はなかったようだ。涼しい顔でさらりと返される。


「それで済ませて良いのか?オレら絶対今現在進行形で失っちゃいけない類のもの失ってなひゃぁっ?!」


 とはいえこの程度で諦めるわけにはいかない、なんたってまだ朝のHRすら始まっていなのだ、この程度で根を上げたら生きて家に帰れないと、梅吉は必死に話題を逸らそうとしていたのだが。

 梅吉の腰に何気なく回されている手がゆるりと動き、梅吉の頭を撫でたせいで飛び出た悲鳴によって、上手く言葉にできなかった。


「ちょ、おま、あ、あばばばばばばばば」

「今日の梅吉、ずっと悲鳴上げてて忙しそうだな」


 他人事みたいに言いやがって、と奴に言ってやりたかったのに。絶えず優しく梅吉のことを撫でさする柔らかな少女の手のせいで、思考がまるでまとまらない。耳に届く、普段より少し低い青仁の声が、毒のように梅吉を溶かしていく。


 明らかに何もかもがおかしい。だと言うのに、この見覚えなんてあってはならない奇っ怪な光景に対し、妙な既視感があるような。一体なんだっただろうか、ああもう頭が回らない。何もわからない。


「別に梅吉はいつも通りにしてれば良いよ。俺が好き勝手やるだけだから」

「そ、そそそそその好き勝手でオレは困ってんだけど?!」

「いや元はと言えばお前が悪いじゃん」

「だっ、だからオレはお前にも非があると言あああああぁぁあ……」


 これについてはすっとぼける気はないらしく、至って普通の顔で正論を突きつけてくる青仁相手に、どうにか反論を繰り出そうとするも。さりげなく梅吉の身体を撫でていく手が、変わらず梅吉の思考力を奪っていくせいで、ろくな言葉が出てこない。

 ……いや、でも一つだけ思い出せた。他人からすれば小さな一歩かもしれないが、今の梅吉にとっては偉大な一歩である。そう、先程から感じている既視感に対する答えがやっとこさ梅吉の脳内に現れたのだ。


 これ、青仁をハメるためにやった第二回おうちデートの時にあいつがやってきた事と、大体流れ同じだよな?と。


「……っ」

「うわ、さっきからずっと顔真っ赤なのに、更に赤くなってら」


 そんな既視感に対する的確な回答は、他でもない梅吉自身を追い詰めた。


 あれか、あの頭のおかしくなりそうなほどピュアで甘々な青仁の欲望を、梅吉は現在進行形で叩きつけられていて?しかも現場は前回とは違って、クラスメイト達が屯している朝の教室で?そんなの生き残れるわけがない、と脳のまだ冷静な部分が極めて冷徹に、残酷に指摘する。


 まあ正直仕返しとしてはシンプルだし、青仁のやりそうなことではあると思う。梅吉が性欲のままに動いてしまったから、青仁も性欲のままに動く。立派な等価交換だ。現場が教室でなければ、の話だが。

 そして理解というものは時に逆効果となるものである。今回の場合は、余計に梅吉の精神を削る刃と化した。


「お、お前のせい、だろ。お前が、突然。こ、こんな」

「……へえ。今梅吉が赤くなっちゃってんの、俺のせいなんだ」

「〜〜〜ッ!」


 これでもかと嬉しそうに、甘やかに表情を緩める様が憎い。憎いというか、羞恥心と正体不明の謎の激情が煽られる。


 セリフとしてはまあ、梅吉の性癖に合致するものとは言えなくはない。梅吉は近所に住んでるえっちなお姉さん(概念)にからかわれるのは普通に好きである。

 だがガワはともかく言動の出力元はあの青仁(いちゃラブ大好きドリンクバーの狂人)である。取り繕いも何もなく、いつも以上に性癖に素直になっているだけの、気心知れた友人のはずなのだ。だからここまで揺さぶられてしまう事自体、何かがおかしくて。というか、おかしくなってしまいそうで。


「お前、本当、マジで……」

「ん?」

「……」


 そんな幸福を煮詰めたような表情をしないで欲しい。繊細なガラス細工にでも触れるかのような手つきで頭を撫でないで欲しい。クラス内での立場を犠牲にしてこのまま愛でられてしまえば良いのでは?と昨日から変わらず元気な性欲が囁いてくるのだ。犠牲にしたら一巻の終わりなのに。誰か助けてくれ。いや助けないでくれ今の顔見られたら死ねる。


「あ、梅ちゃんに青伊ちゃん、おはよー!」


 などと思っていたら、おそらく考えうる限り最悪の相手が教室にやって来てしまった。橙田蜜柑、こちらの事情を全く知らない、純然たる善良な女子(お酢要素除く)である。

 青仁も流石に橙田に話しかけられたまま続行できるような度胸はないらしく、ぴしり、と動きを止める。おいどうすんだよこれ、お前が始めた物語だろ、と奴の腹を小突くも、フリーズした青仁の再起動には時間を要するようだった。


 だが二人ともすっかり失念していたが、橙田は女子校から二人の通う共学に転校してきてまだ久しいのだ。


「なんか今日の梅ちゃんと青伊ちゃん、いつもより仲良しさんだね〜!」

「えっ」

「えっ」


 故に、彼女にとってちょっと女の子二人が恋人みたいな距離感でイチャついているのは、日常風景に分類される。


「うんうん、仲良しなのはとっても良いこと!あ、もしかしてあたし邪魔だった?」

「い、いやその」

「……あれ?でも前二人とも、共学だとあんまりそういうことしないって言ってなかった?」

「うぶっ」

「ぐえっ」


 しかし橙田はそれなりに頭が回る方らしい、自力で以前言われた常識の差異を思い出してしまったようだ。彼女にその手の常識を説いたのは、他でもない梅吉と青仁自身である。まさしく自分の行いで首を絞めているような状況であった。


 ……いや、むしろこのまま橙田に追い詰めてもらって、青仁が報復なんてできなくなるような状態になる方が、梅吉的には良いのではないか?シチュエーションとしては美味しいが、尊厳と言語化し難い何かがすり減っている現状を思うと、そちらの方が賢い選択な気もする。

 そうだそうしよう、ほら勇気と声帯を振り絞って橙田を煽る言葉を口にして。


「だ、だよねー!じ、じじ実はわたしもそう思」

「橙田ちゃーん、ごめんちょっと用事あるんだけど大丈夫ー?」

「なになにー?」


 しかし梅吉のなけなしの勇気は、明らかに被せるように発せられたクラスの女子の声によってかき消される。当然橙田も自分の名前が呼ばれたとなれば、そちらの方に意識を向ける訳で。パタパタと呼ばれた方へと走って行ってしまう。


「……」

「……」


 こうなってしまえばもう、青仁を止めてくれる人はどこにもいない。頼みの綱である緑も、罪状は不明だがまた裁判と言う名の処刑にかけられているらしく、こちらに気づく様子はなかった。


「……いやあ、楽しいなあ」

「お前……!」


 ニヤリ、と美少女らしからぬ愉悦が滲む笑みを青仁が浮かべる。普段と違って余裕綽々のそのツラに右ストレートを叩き込みたくなった梅吉は、きっと悪くない。

 だが再三言うが梅吉は現在、外見だけはド好みのお姉さん系美少女()に甘やかされているのである。余程のことがなければ、その現状は覆らず。故に拳は閃かない。


「そういえばこの前ネットで面白そうな食べ物見つけたんだけど」

「この状況でその話する?!?!」


 クラスメイトに見られている中、密着された上で身体のあちらこちらを撫でられながら、日常的な会話が続けられていくという謎すぎる羞恥プレイは、HRが始まるまで続いた。

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― 新着の感想 ―
二人の中身を知ってる他のクラスメイトたちはなにを思ってこの状況を見てるのだろうかw
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