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理性がめちゃくちゃ試されてる その2

 そんなことを言われたって仕方ないだろう。梅吉だって(心情的には)男なのだ、好みの女の子と授業をサボって保健室で二人、なんてシチュエーションで滾らない訳がない。例えそれの中身が青仁であるとついでに言えば現在の性欲がマッハな梅吉が、揺さぶられない訳もなく。


「き、気のせいじゃね?っと、鼻血止まったかな。止まってると良いんだけど……よし、大丈夫そうだな。いやー良かった良かった、これでひとまず安心できるわ」


 己の醜態を誤魔化すように止血を確認する。ソファから立ち上がって、鼻に詰まっていた脱脂綿を手近にあったティッシュ越しに掴んで、ポイっとゴミ箱に捨てた。


「まだ若干ボールの跡ついてるけどな」

「えっマジ?……うわ本当だ。まあこれぐらいならそのうち消えるだろ」


 青仁に言われるまま、何故か保健室にある鏡を覗き込む。奴の言う通り、ほんの少しついている跡に苦笑いを浮かべて。そしてまた、奴の隣に体を沈み込ませた。


 幸か不幸か、養護教諭は保健室を開けたままだ。梅吉にとって天国のような、地獄のような時間はまだまだ続いていく。


「いや贅沢だけど、流石にちょっと暇になって来たな。青仁、お前なんか一発芸でもしろよ」

「は?無茶振りやめろ。俺はお前と違って隠し芸なんかできねえんだよ」

「えでも去年やったじゃん。宿泊学習でオレと一緒に漫才やったじゃん。つまりお前もできるじゃん」


 宿泊行事というものはいつだって人をおかしくする。ノリと勢いで隠し芸大会が開催されたり、深夜テンション性癖暴露大会が開催されたりするのだ。今梅吉が話題に挙げた漫才もその一端に含まれる催し、隠し芸大会にて披露されたものである。

 ちなみに漫才の脚本は当時クラスにいた放送委員のガチ勢が本気を出した産物だ。ノリと勢いだけで漫才なんてできる訳がない。


「その理論ならお前もやれよ」

「だってオレ怪我人だし〜?ここはオレのこと労ってくれたって良いんだぜ〜?ほらほら日頃の感謝とかさ〜!」

「うわウザ。それが人に感謝を求める態度かよ。……まあいいや、癪だけど一個思いついたし」

「お?マジ?期待してるぜ」


 雑に無茶振りした甲斐があったものだ。まさか奴謹製の一発芸が見られる日が来るとは。

 この時梅吉は奴がどんなギャグをかっ飛ばしてくるのか見物だな、これで今世紀最大級のブリザードが発生したら面白いな、と完全に観客気分で青仁を眺めていた。なんならポップコーンとコーラが欲しいな、とすら思っていたのだが。


 そんな悠長なことを梅吉が考えていられたのは、そこまでだった。


「ねえ」

「……ッ」


 にぃ、と青仁が口角を釣り上げる。適切な距離が保たれていた筈の二人の間は、いつの間にか青仁が身体を動かしたことによって縮まっていた。ぴっとりと柔らかな太もも同士が密着して。少しだけ漂う汗の匂いが、五感にリアリティを与えてくる。硬直した梅吉に、()()は蠱惑的な笑みを深めた。白魚のような手が梅吉の手を取って、言う。



「今、二人っきりだけど。おねーさんのこと、意識してくれないの?」



 ぷちり、と生理とかいうデバフのせいで、普段よりはるかに脆い梅吉の理性の糸が切られた音がした。


「ふ、どうだやってやったぜ!お前が隙を見せたのが悪……ぁ?」


 実のところ、何も知らない青仁は、本当の本当に単なる思いつきの悪戯としてやってみただけだったのだ。あいつこういうの好きそうじゃん?どんな反応するんだろな〜的な魂胆である。

 だが状況が致命的に悪かった。これはただ、それだけの話だ。


「……う、うめき、ち?え、どうしたんだ?な、なんか顔、怖い、けど……」

「……」


 ゆらり、と梅吉が青仁の手を握ったまま、ソファから体を起こす。元はと言えば冗談とはいえ誘ってきたこいつが悪い自分は悪くない。こちとら最初から色々と限界だったんだ。そこにこんな、煽るような真似をされてしまったら、耐えられるはずがないだろう。

 身勝手な自己正当化が脳内を渦巻いていく。もう、止まれない。


「いや、ちょ、うわっ!」


 繋いだままの手を使って、青仁をソファに縫い付ける。梅吉の行動についていけていない青仁が間抜けなツラを晒して、梅吉を見ていた。

 それは梅吉が好む、余裕たっぷりなお姉さんからは程遠いものだったけれど。さっきの余裕カマしてこっちを煽る顔よりは、何故だかこちらの方が好ましい。


「……」


 そのまま奴の体に馬乗りになるような体勢になって、梅吉は劣情で曇った眼で()()を見下ろした。相手はあの青仁で、紛れもない友人の筈で。こんなことをするような相手ではないと頭ではわかっているけれど。欲望は理性を押し除けて久しく、合理的な判断は働かない。


「梅吉……?」


 怯えた顔でこちらを見上げる奴の顔が、梅吉の欲を殊更に煽る。さて何をしてやろうかと、この手で現実にする予定の妄想を捗らせる。体育着をまくり上げて、ブラジャーの下に手を伸ばして、ハーフパンツをショーツごと引きずり降ろして。それで──


 ああ、そういえば肝心の行為に及ぶことはもう物理的に不可能なのだった。この身体はどこまで行っても女の形をしているから、梅吉が真に望む男女のまぐわいはできない。改めて突きつけられたその事実に、小さく舌打ちをした。それに合わせて、青仁の身体がびくりと跳ねる。心做しか、触れ合った肌が強く熱を持った気がした。


「お前本当マジで何しやがるやめ、ひっ?!」


 声ばかりは威勢よくこちらをはねのけようとした青仁の脚を、己の脚でぎゅうと挟み込んで、絡ませて。柔らかな少女の身体同士の接触が、男のままだったら絶対に得られない奇妙な高揚感をもたらす。そのまま、誘われるように梅吉は青仁の双丘に手を伸ばし、指を沈めこませた。


 無論手つきなんて慣れちゃいない。これまでラッキースケベ的に何度か奴の乳を揉む機会はあったが、ここまでじっくりと味わうのは初めてだ。手のひらの感覚全てを、抱えきれないほど大きなそれに向ける。保健室で、二人きりで、授業中で。インモラルがこれでもかと積み重なって、欲望を加速させて行く。


 しかし欲望のままに蠢く五指は、乱雑に重ねられた手に制止される羽目になる。


「……」


 じとり、と梅吉は覚悟を決めた顔で手を出した青仁を睨む。心なしか潤んでいるように見える瞳と、赤く染まった頬の真意はわからないが。



「え、えー……今から俺の知ってる赤山梅吉くんの黒歴史をかたっぱしから発表していこうと思います。まずは一つ目、親の借りてこっそりワックスで髪の毛を整えてみようと頑張ってみたけどミスってサ〇ヤ人みたいになっちゃって戻し方わかんなかったから涙目でとうこぶぐっ」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」



 青仁による対シリアス最終兵器の投下によって、コンマ数秒で赤面具合が逆転した。

 反射的に絶叫しながら、即座に胸から手を離し、青仁の口を塞ぎにかかる。劣情はものの見事に吹き飛び、一瞬で羞恥心が脳の支配者へと成り上がる。


「黒歴史詠唱やめろつかお前なんでそんな昔の事覚えてんだよたしかそれ中一の時だろあ゛あ゛あ゛!しにたい」

「ぷはっ、はは、お前情緒ぐらっぐらでマジウケるわ」

「なんであの時のオレはスマホでワックスの落とし方を調べなかったんだよ我ながら馬鹿すぎるだろああそうだ思い出したあの時親が店員に勧められるままガチガチの規制かけてて無理だったんだ」


 ソファに頭を埋めるように体を丸めて、ぶつぶつと思考を垂れ流す。あれは本当に酷い事件だった。両親は当然の如く早く仕事に出かけていて不在で、当時思春期真っ只中だった姉とはロクに会話ができず。こうして当時他クラスだった青仁にまで知られてしまうような事件が発生してしまったのである。


「保護者制限って端的に言ってカスでは?あんしんフィルターとかいう誰も幸せにならない文明早く滅びるべきでは?」


 紆余曲折を経てその手のフィルターを取っ払った梅吉はやはり間違いではなかったのだ。むしろ英断と言えよう。そうだそうだ、と過去の自分の功績を持ち出してどうにか自分を慰めていると。


 頭を掴まれ、強引にぐい、とソファから離された。やけににっこりと綺麗に笑っている青仁が、こちらを見ている。


「うんそうかそうか、気持ちはもう十分わかったからさ。お前、俺になんか言うことあるんじゃねえの?」

「……あっ」


 そこで梅吉は初めて、自分のやらかしに気が付いたのだった。


「……弁解して良い?オレ実は保健室でそういうのするシチュめっちゃ好きって言うかぁ」

「俺とセックスしたら、どう取り繕っても友達って言えなくなるから嫌だって喚いてたのはどこのどいつだ。せっかく勇気を振り絞って正気に戻してやったのに、お礼のひとつぐらい言えっつーの」

「(無言でソファに倒れる)」


 いつになく的確に急所を抉られた梅吉は、致命的なダメージから即座に回復することは叶わず、ソファに沈み込む羽目になった。

 その通りである。何一つ言い訳なんてできやしない。衝動のまま、言い訳が不可能なまでに致命的な行為に及んでしまった場合、精神に甚大なダメージを負うのは、どちらかと言えば梅吉の方だ。だが、だからと言って梅吉一人が責められるのはちょっと違うと思うのだが。


「……いやさ、たしかにオレにも非があることは認めるけどさ、お前だってオレのこと煽ったじゃん。せめて七:三ぐらいじゃね?そんな怒る資格ある?」

「あれぐらいお前だってやるだろ。てかやってただろ、お互い様だっつーの。あと怒ってはない、ただちょっと気に入らないだけで」

「いやそれを怒ってるって言……ナ、ナンデモナイ、デス」


 美形の気味が悪い程綺麗な笑顔というものは、相手の性別を問わず相手に恐怖を与えるものである。思わずたじろぐ羽目になる。

 まあ、正直聞くまでもない話ではある。理由は不明だが、多分これは相当キている。具体的に言うとドリンクバーでハッスルしてる時に母親に急用で呼び戻された時ぐらい、奴の堪忍袋の緒はぷっつりと切れていると捉えて良いだろう。


「梅吉。たーっぷり仕返ししてやるから、覚悟しとけよ」

「……」


 思い切り見開かれた瞳が、梅吉を見ている。どうやら、逃げる事は許されていないようだった。

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― 新着の感想 ―
女性化を意識する展開が続いた反動か男の部分が弾けましたね にしてもあの燃え上がる欲情を一瞬で鎮火させた青仁さすが まぁ着火したのも青伊だけど
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