理性がめちゃくちゃ試されてる その1
以前青仁と二人で、生理の症状って個人差ありすぎじゃね?!と叫んでいたことを覚えているだろうか。この時、梅吉は生理って性欲がフルスロットルになるものではないのか?と主張していたのだが。
「今日から種目変わってやっと体育館になるらしいぞ。長かったよなー。もういい加減夏場に外で体育するの法律で禁止して欲しいわ」
「そうだなー」
「いやにしても私立様々だわ。中学の頃とか体育館にエアコンあっても絶対つけてくんなかったもんな」
「そうだなー」
「……なんか返事がワンパターンじゃね?もしかしてお、じゃなかった私馬鹿にされてる?」
「そうだなー」
つまり絶賛生理なうな梅吉in女子更衣室はなんかもうシンプルな拷問でしかないという話である!
長年培われてきた、いかに素早く、他者に見られずに済むか計算され尽くした女子たちの着替えですらも、ほんの少し覗く素肌に視線が吸われていくし。というかそれすらなくても、いつも以上に激しい煩悩が脳みそをピンク色に染め上げて久しいし。
「殺すわ」
無論、今現在進行形でお着替えモードからが殺害モードにシームレスに移行した青仁(上半身体育着下半身スカート)のおっぱい及び若干透けているブラジャーも、理性をかっ飛ばして遠慮ゼロでガン見する対象に含まれている。今日はレースの紫らしい。良いと思う。
え?普段も見てるじゃないかって?そりゃあ見ていないと言えば嘘になるが、基本チラ見である。ここまで露骨に欲望に敗北して、ガン見したりなどしていないとも。……多分。
「お、いやわたしお前に殺されるようなことしたっけ?理由なき殺意はただの理不尽だぞ?」
ところでこいつは何故殺害モードに移行してしまったのだろうか。梅吉にはまるで心当たりがないのだが。しいて言うなら、青仁の本人的には上達したつもりらしい、やっぱなんかちょっと若干隠しきれていない残念かつ美味しいお着替えシーンをガン見していた時だろうか。
「私は私を馬鹿にしたやつを全員殺すと決めている……!」
「馬鹿にした覚えは……全然あるけどさ。どれのこと言ってんの?一時間前?二時間前?もしくは今朝?」
「おい待て頻度がバグってんぞ」
はてどれのことだろうかとわざとらしく首をかしげる。大体この馬鹿は高頻度で馬鹿をやりすぎなのだ。馬鹿にするネタなんて無限に湧いて出てくる。つまり梅吉は悪くない。
「だって青……伊だし。わたしいつもお前のこと馬鹿だなあって思ってるし」
「あー……。それはそう。お、違う私もお前のことずっとそう思ってるわ」
「お?殺るか?」
まあ大体同じようなことを青仁も考えていた為、これまたシームレスに梅吉も臨戦態勢へと移行した。二人をよく知る者からすれば、当然の帰結である。
「ちょ、梅ちゃんも青伊ちゃんも何やってるの?!体育もう始まっちゃうよ?!」
──ただし、橙田のように二人のことをよく知らない者からすれば、突然互いに殺害宣告を突きつけあっているヤバい絵面にしか見えないものとする。
「そ、そそそうだったね!な!青伊!お前早く着替えろよ!」
「う、うううううううん」
二人のように不純どころの騒ぎではない後天的美少女如きが、純然たる先天的美少女の言葉に逆らえるはずもなく。彼女の一声で、いつもの小競り合いは開戦する前に終了した。揃って挙動不審になりながらも、青仁はもぞもぞとスカートの中でハーフパンツを履き始め、梅吉は脱いだ服をまとめる。
「ほらー!行くよー!」
「は、はーい」
「お、おう」
橙田の純粋にこちらを案じた上で、号令をかける声が良心を痛めつける。そんな彼女の後ろを、若干挙動不審な動きをしながらも梅吉と青仁はついて行った。
さて、繰り返すようだが現在梅吉は生理のせいでめちゃくちゃムラムラしている。もし梅吉の梅吉が壮健だったとしたら、確実に人前には出られない状態だっただろう、と断言出来るぐらいには。それを思うと、性欲が暴発しかけていても隠蔽できることだけは、女体の明確な利点と言えるかもしれない。
まあつまり、ここまでぐだぐだと言葉を垂れてまで何が言いたいのかと言えば。
「梅ちゃんそっちにボール行ったよ?!」
「あやべっ」
種目がバレーボールだったせいで、飛んだり跳ねたりする度に揺れる女の子たちの乳房に視線が完全に固定され、第三者から見た場合上の空どころの騒ぎではない状態と化していた。それこそ運動神経抜群の梅吉が、他者に指摘されるまでボールが来ていることに気が付かないほどの重症具合である。
「梅ちゃん大丈夫?さっきからなんかぼーっとしてるけど」
「だ、だだ大丈夫、大丈夫、だから!」
同じチームに配属された橙田の言葉が胸に突き刺さる。しかし彼女の肢体も当然、梅吉の理性をひどく苦しめる。薄らと汗が浮かんだ白い足でボールを追い、跳躍すれば体育着越しでも凄まじい存在感を放つ胸が揺れるのだ。はっきり言って目に毒以外の何物でもない。
「……」
男女分けされた体育では、梅吉は普段それなりに活躍している方である。それが妙に腑抜けた体たらくとなれば、当然クラスメイトに不審に思われる訳で。梅吉が梅吉であるせいで指摘されないだけで、きっと既に怪しまれていることだろう。
さてどうするか、と思ったところで正直どうしようもない。先程から煩悩とは真逆の出来事(前ビジュアルとお姉さんというアオリだけで適当にオカズを選んだら義姉モノで激萎えした)を思い出すことにより、どうにか鎮めようとしているのだが。それですら一向に効果が見られないというのだから。
要は、時間の問題だったのだ。
「へぶっ」
「梅ちゃん?!」
──ボールなんか見ちゃいない梅吉の顔面に、バレーボールがクリーンヒットするのは。
「ちょ、だいじょ……ばない!鼻血出てる!ええっと、これ多分保健室連れてった方がいいよね?!えと、あたしが付き添」
「大丈夫橙田ちゃん行かなくていいから!ほら空島!あんた保健委員でしょ?!ちょっと行ってきて」
「えっ俺違」
「いいから行けって行ってんのよほら早く!」
たらり、と鼻から生ぬるい液体が垂れてくるのを必死に受け止める。いやあここまで無様な真似を晒してしまうとは、我ながら情けない、と思いながら状況をぼんやりと眺めていた。
つまりはこのような無様な経緯を経て、梅吉は夢みたいなシチュエーションに叩き込まれることになったのだった。
「うっわ、先生いないじゃん。どこ行ってんだよ。でもなー、最低でも鼻に突っ込むやつはいるしな。いや本当どうすっかなあ。梅吉は知ってる?」
「知るわけないだろ」
そう、保健室に理想のお姉さん系美少女(中身は以下略)と二人っきりになってしまったのである!
仲の良い先輩に保健室に連れ込まれてカーテンの奥で色々やるやつに普通に憧れがある梅吉(状態異常:性欲が限界)にとって、これはクリティカルヒットも良い所だ。果たして耐えられるのか。
「だよなあ。俺ら二人とも保健室なんか用事ないし、保健委員なんかやったことないし。完全に人選ミスじゃん、なんで俺が指名されたんだよ」
「自分で言っててめちゃくちゃ辛いけど、多分女子からオレへの信用がないせいで、今みたいに万が一橙田と二人きりになったらマズいって思われた気がする」
「そんな悲しいオチがあってたま……ダメだありうる……俺らってびっくりするぐらい女子から信用されてないし……」
梅吉が適当に近場にあったティッシュを鼻に突っ込みながら語る、あまりにも悲しすぎる推論は、青仁も否定できなかったらしい。煽ることすらせず、ただただ悲嘆にくれるだけだった。
まあひとまず、性欲は己の推論によって、少しだけ紛れたので良しとしよう。なお単に性欲を単純な辛さが上回ったとも言う。
ちなみに真相は「異常に胸やら何やらに視線を向けてくる元男を、橙田に必要以上に近づけたくなかった」「お前らなら特に何もないだろ」といったところなので、残念ながら梅吉の推理は八割方正しい。
「うーん、かわいくても鼻にティッシュ詰まってるの見るとちょっと微妙だな。にしてもまあ、あそこまで綺麗に顔面に行ったのはマジウケたわ」
「うるせえ。怪我人には優しくしろ」
「ちゃんと探してるだろ。なんなら今すぐ体育館戻ってやっても……お、あったあった。多分これだよな」
絵面が酷いのは自覚しているし、なにより今回の負傷は梅吉個人の問題を要因としたものである。若干大人しめの文句を口にする程度で片付けていると、その間に青仁が探し物を見つけ出してくれたようだった。
「サンキュー。これでティッシュよりは絵面がマシになっただろ」
「マシ程度だろ。で、この後どうすればいいの?先生いないから診断も何もできないんだけど」
「知らん。でも正直ここから出たくない」
円柱状に固められた脱脂綿とティッシュを入れ替えながら、梅吉は真顔で言った。
「だって体育館なんか目じゃないぐらいキンキンに冷房効いてる上にソファまであるんだぞ?!誰が起き上がってやるかっての!」
「な。快適すぎる。もう俺ここから動きたくない」
煩悩とか諸々抜きにして、人間は一度快適空間に足を踏み入れてしまうと、動きたくなくなってしまうものである!
「もうさ〜保健室の先生戻ってくるまでここにいて良くない?ほら判断待ちって体でさ」
「天才か?よしそれ採用。ここでずっとぐだぐだしてようぜ」
青仁が珍しく有用な提案をしてくれたので便乗する。
いやわかっている、状況的には毒も良い所だと。だがそれでも、つい数分前まで体育館で運動に勤しんでいた身では、この快適さには抗えないのである。
「てかさ、ずっと思ってんだけど、ぶっちゃけ女子と体育一緒にやるのキツくない?いや理屈はわかるけどさ」
「きつい。必要ないってわかってるけど、なんか変な遠慮しちゃう。ボールとか投げる時当たって怪我させちゃったらどうしよってめっちゃ思う」
「だよな。正直男子のとこにぶちこまれても良かったのにって思う。でもそれやると男子側が死ぬほどやりづらいって気持ちもわかるし、多分これ俺らが我慢するしかないんだろうな」
二人揃って保健室のふかふかのソファに体を埋めて、なんてことのない雑談を交わす。とはいえ内容は二人にしては珍しく、結構どうしようもない真面目な話だったのだが。
「まあオレが逆の立場だったら全力で拒否るわな。だから仕方ないんだけど、仕方ないんだけどさー。不完全燃焼感がすごい」
「どうすればいいんだろうな?いや俺らが慣れれば良いんだろうけど、そう簡単に慣れたら苦労しないし。でもまだマシになった方だよなあ、新学期始まったばっかりの時は、力加減もわかんなかったし。なんなら今も女子相手に正しいかはわかんねえし」
手のひらにぐ、と力を込めて。握りこんだそれに視線を落としながら、青仁が言う。女子との接触が不可抗力()により必要最小限に抑えられてしまっている二人は、当然女子の身体的なスペックなぞ詳しくない。本日のように体育の場合はどこまで力を込めてボールを投げてもキャッチしてもらえるか、などは正直完全に手探りであるし、それを見越してか体育のペアは二人で組まされる為、未だによく分からない。
「力加減なあ。なんかこう、流石にもう慣れたけど。最初は普段の感覚で力かけたら全然力入んなくってびっくりしたわ。あとオレもその辺はマジでさっぱりわからん」
いくら外野から本当に変化あるのかと囁かれ、体育祭の際には変わらず運動神経を発揮したと言えど。本人からすれば、体の動かし方に結構違いがあるものなのである。
例えば、ポテチを開けようとして袋が破裂しないように気を遣ったつもりが、全然袋が開いていなかったり。これぐらいの動かし方で行ける、と適当に飛び降りた階段で目測を誤りかけたり。
ただ二人共運動神経自体は良い方な為か、比較的すぐに慣れたせいで目立たないだけで。あと青仁の場合は不器用デバフの方に存在感がありすぎて目立たない、と言うのもある。
「あー、たしかに。力加減ミスるのは性転換病患者あるあるって医者が言ってた」
「だよなー、って、お、オレらが当てはまるあるあるがこの世に存在していた、だと……?!」
「それは俺も思ったけど。身体的な話にすら当てはまってなかったら、俺ら何になっちゃったんだって話になるし」
「美少女の皮を被った童貞を捨てる権利すら失ってしまった悲しき怪物」
「最悪の言い換えやめろ」
逆に言えば物理的な方向性でしかあるあるが当てはまらない、とも言える。やはり世の性転換病患者は皆梅吉とは別世界で生きているのでは?
……ところで、第三者から見た場合、梅吉はここまで平常心を維持して、青仁と会話をし続けているように感じたかもしれないが。無論そんなことはない。
「そういえばお前、なんかさっきからちらちらこっち見てない?なんで?」
「……」
全然普通に体育着姿の青仁をちらちらと横目で伺っていた為、じろりと当の本人に疑いの目を向けられたのだった。