(悪)夢のコラボレーション! その3
「やっぱりお酢って最高だね!とっても美味しいカップケーキだったから、赤山ちゃんも是非食べてみて!」
「青伊。感想」
「お酢の主張がクソ強い。お酢withイワシ~ドリアンとご〇んですよを添えて~みたいだった。不完全燃焼」
きらきらと目を輝かせた橙田のお酢への愛は、青仁のゲテモノクッキングに勝ってしまったらしい。調理実習後の昼休み、当然のように逃げられなかった梅吉は、妙に禍々しい気配を身にまとうカップケーキを受け渡されえた。感想を問われた青仁は、いつになく死んだ目をしている。……流石に、本当にお酢をコップに入れた状態で飲まされたのかまでは聞けなかった。
「おい結局イワシ入れやがったのかよお前。つかさらっと内容物増えてるし。どっから沸いてきたんだよごは〇ですよ」
「そこは譲れなかった。やるしかないと思った」
「キリっとした顔で言ってんじゃねえよ黙れ。はあ……まあ、食べるか」
どれだけ原材料がイカれていようとも、これは梅吉が初めてもらうちゃんとした女の子の手によって作られたカップケーキなのである。それも、当の女の子自体に交換こという形で渡したいと言われたものなのだ。食べない、という選択肢は存在していなかった。
「……っ!」
意を決して、カップケーキにガブリと噛みつく。ふかふかのスポンジと内容物が舌に触れた。
「……」
「うわ一気に行ったよ。あいつ度胸あるな」
「だ、大丈夫?な、なんか形容しがたい顔してるけど……」
苦しそうな表情(マイルドな表現)を浮かべながら、梅吉は無言でカップケーキを食していく。味の詳細については描写を控えさせていただきたい。とりあえず言える事は青仁が言う程お酢の主張は強くない。それぞれがそれぞれの主張をしており、全然元気に口の中で戦争をしている。
「ど、どうだった?」
期待半分、不安半分。今の今まで梅吉が女子に向けられたことのないような可愛い表情を、橙田はこちらになんの躊躇もなくしてくれる。今までの梅吉だったら多分、ひきつった顔で笑みを浮かべ、橙田を全肯定していたのだろうけど。
「……いや普通にマズいわ、これ。青伊がやらかしてる時点で根本的にだめなのに、お酢の主張がえぐい。こんなにお酢いらない」
拭いきれない嫉妬心という名のくだらない邪念のせいで、苦笑いと共に口から飛び出たのは素直な否定だった。
言ってしまってから、あ、と己の失言に気が付く。一体貴重な女子相手に何をやっているんだ自分は、こんなことをしていたら、それこそ嫌われたって文句は言えない。すう、と自分の内側が冷える。さ、と顔から血の気が引いた気がした。
「あ、ご、ごめ」
おぼつかない、早口の謝罪を慌てて重ねる。無様にも程があるその醜態に、どんな言葉が橙田から返ってくるか恐ろしくて仕方がない。未知とは最大の恐怖なのだから、女子との対人経験が致命的に欠けている梅吉にとっては、何よりも恐ろしいものなのだ。
「え~?全否定?ちょっと傷ついちゃうなあ。まあでも、たしかに空島ちゃん変な物いれまくってたし、仕方ないかも?純お酢のカップケーキだったら絶対赤山ちゃんに美味しいって言わせられたもんねえ!」
「……ぇ?」
しかし橙田の反応は予想とは違い、楽し気に笑っていた。
「あれ、どうしたの赤山ちゃん。なんかすっごく焦ってたけど」
「い、いやその、お、わ、わたし、し、ししししししし失礼な、ことを」
「失礼?あー、たしかに赤山ちゃん、ずばっと言ってくれたよねー」
「ごっごごごごごごめんなさ」
さらっと肯定した橙田の言葉に、これはやはり切腹か、腹切って詫びて今すぐこの世から消え去るべきか、と橙田と相対する際の、最早テンプレートと化してきた思考に身を委ねていると。
「でも本当のことを言ってくれるのが、真の友情ってものじゃない?あたし、赤山ちゃんのそういうところ好きだよ。初めて会った時より仲良くなれたんだな~ってなったもん!」
「ッ?!」
まばゆい光のような言葉の破壊力に、梅吉のちっぽけな絶望は打ち砕かれてしまった。
ていうか何、今橙田さん躊躇ゼロで好きとか言ったよな、今オレ人生で初めて純粋な女の子に好きって言ってもらえたの?え?マジで?
「……ふっ」
「は?おいなんだその訳知り顔はムカつくな殴るぞ」
わかるよ、俺もそうだったから、的な顔で上から目線の肩ポンをしてきた青仁によって、梅吉は正気に引き戻される。絶妙に腹が立つ顔であった。殴りたい。
「あ、あと赤山ちゃん。どさくさに紛れてさっきあたしのこと呼び捨てにしてたよね?こ・れ・は~、心の距離が縮まった証ってことで、あたしも赤山ちゃんのこと梅ちゃんって呼んでも許されたり」
「やめて本当にやめてマジで無理心の準備ががががが」
「あ、ついでに空島ちゃんのことも青伊ちゃんって呼んじゃおうっと!」
「え待って俺に飛び火しないで死んじゃう死んじゃう死んじゃう!」
覚えはないが、お酢が絡んだ時の橙田に対してならば、やってしまっていてもおかしくはない。だがそれはそれ、これはこれだ。橙田は何一つ悪くないが、あらゆる意味で下の名前でちゃん付けで呼ばれるのはしんどい。メンタルに来る。
「え~?そんなにだめ?」
「だめ」
「勘弁」
「よし、わかった!じゃあ梅ちゃんはあたしのお酢への信頼を全然認めてくれないこと、青伊ちゃんはカップケーキに変な物入れまくったことへの罰ってことで!」
「うっ……いやこんなしょーもない罰でチャラにしてる辺り、絶対言う程気にしてないだろ!」
「そうだそうだ!」
「え~?なんのことだかわっかんないな~」
わざとらしく橙田がすっとぼける。彼女が罰として挙げたことなんて実は全く気に留めていなくて、むしろ二人のことを名前で呼ぶことが本題であることは容易に知れた。
「あ、どうせならあたしのことも蜜柑って呼んでくれても」
「無理」
「無理」
梅吉と青仁の声が綺麗にハモる。こちとら女子と真っ当に会話ができなくなって何年経つと思っているのだ、まだ出会ってさして時間が経っていない女子相手に、下の名前を呼び捨てするなんて高等技能ができるわけがないだろう。
「森野くんのことは下の名前で呼んでるのに?」
「だ、だってあああいつはその、つ、付き合い長い、し」
「上に同じ」
「そういう問題かな~。あたしたち同性だよ?男子相手の方がそういう抵抗あるでしょ。ね、青伊ちゃんもそう思うよね?」
「なっな、なななななァんでおわ、わわわわわ私に話を?!」
「青伊ちゃんの方が……なんか、ね?」
「なんかって何?!」
橙田がニヤニヤと青仁を揶揄うように意味深な笑みを浮かべ、見事に乗せられた青仁がぎゃあと叫ぶ。その光景に、やはり梅吉の胸中には面倒で、ドロドロとしていて、見ないふりをしたくて、それでも梅吉の思考を支配してならない感情が渦巻いていて。多分、どうしたって消えてくれない。
橙田蜜柑という少女に、きっと他意はない。多分本当に梅吉と青仁と仲良くなりたい、と純粋に思ってくれているだけなのだ。実際それはこちらも同様で、まあ彼女とは違って邪念こそ混じってはいるものの、親しくなりたいという側面から見れば同一である。故にこうして妙な嫉妬をぶつけるのは、彼女に対して失礼も良い所だろう。
だからやはり、この感情は間違いだ。たとえその実態が女子特有の友情由来の嫉妬だとしても、表立って出すものではない。それがきっと青仁にとっても、橙田にとっても──梅吉自身にとっても、幸せな結末のはずなのだから。
それにどうせ、どれだけ橙田と二人が仲よくしようとも、根本的な願いはどうしたって叶わないことを、きっと梅吉も青仁も薄々気が付いている。
「ねえねえ、梅ちゃんの作ったカップケーキって何入ってるのかな?青伊ちゃんはどう思う?」
「あ、ああアあァあぁアオイチャンッ?!」
騒ぐ二人を見ながら、梅吉は瞳を伏せる。長いまつげが影を落として、その表情に複雑な色をもたらした。最早変える事の出来ない真実に、思いを馳せる。
女の子になってしまった元男、なんて存在がどれだけ女の子と親しくなったって。それはあくまで同性としての親愛でしかないのだから、と。