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(悪)夢のコラボレーション! その2

 当然のごとくイワシをカップケーキに投入する物として取り出してきた青仁に向けて、梅吉は反射的に叫ぶ。


「おい馬鹿お前何するつもりだ?!どっから出てきたんだそのイワシは!!!」

「どっからって……スーパー?あ、違うか産地か。どこだったかなあ」


 しかしこの期に及んでイワシを手にぼけっとしているアホは、アクロバティック解釈を披露し、ブツの出処を素直に語り出しただけだった。


 先程の梅吉の叫び声によってイワシを持ってきた馬鹿という存在が調理室中に知れ渡った結果、視線がこちらに集中するも、手を出す度胸がないらしく、それらは全てこちらを遠巻きに見ているばかりだ。見てるだけじゃなくて止めるのを手伝って欲しい。特に先生、生徒の自主性を重んじるな。今ここで激物が錬成されかけてるんだぞ。


「ボケを重ねるんじゃねえよお、わたしが聞いてんのはお前が何を思って!!!イワシをカップケーキに入れようとしてんのかだ!!!!!いや嘘言わなくて良いどうせ聞く価値もないクソしょーもねえ答えが返ってく」

「スターゲイジーパイリスペクト。パイじゃないけど」

「何言ってるか全くわかんねえんだけど?!スターとイワシになんも関連性ないだろ?!あとパイじゃないってわかってんならやろうとすんな!」


 どうせ青仁のことだから、暇つぶしにネットを見ていた時に知ってしまった何らかの珍料理なのだろう。絶対ろくなものではない。


 ちなみにスターゲイジーパイとは、端的に表現するならば魚の頭部が複数突き刺さったパイであるため、味はともかくビジュアル上のインパクトにおいては、その判断も特に間違いではなかった。


「そうだよ空島ちゃん!赤山ちゃんの言う通りだよ!あたしたちが作るのカップケーキだからね?!」

「で、ででででもなんでも、い入れていいって先生が」

「先生もイワシは想定してないって!ほ、ほら他にも持ってきたんでしょ?そっちにしようよ!」


 橙田がとにかくイワシを回避しようと動く。だがその先が地獄でしかないことを、その程度で青仁がどうにかならないことを、残念ながらそれなりの付き合いがある梅吉は知っていた。


「……な、ななら、これで」

「うわ臭っ、え、これ、何……?」

「お前臭いキツいのはマジでやめろよ?!この前の激ヤバたこ焼きをちょっと思い出しちゃったじゃん!!!!!」


 ほらこの通り、硫黄っぽい異臭を放つ謎果物とか出してくるタイプのアホなのだ青仁という奴は!


「そう思ったからくさやはやめたんだよ。イワシの代替として一瞬考えたけど、そもそもあれは頭が突き出してるインパクトが良いのであって、くさやって開きだからどうしても迫力には欠けるし。じゃあ別方向に行くかってことで、カップケーキの具材になってるのは見たことないドリアンを持ってきてみたんだけど」

「(無言でスマホを取り出す)」

「なんで見たことない物をわざわざ作ろうとしちゃうの?!空島ちゃん慣れてないんだから普通のにしときなよ!」

「えっと、その……み、みみみ未知に挑みたいって言うかあ……」

「……臭いが終わってるだけで味自体はそこまで悪くない、むしろ美味しいと。サルミアッキよりかはマシそうだし、ここらが妥協点か。よし行け青仁、それだけ入れてカップケーキ作れ。他に何も入れるんじゃねえぞ」

「妥協しちゃうの?!もっと頑張ろうよ!」


 授業中にスマホを出すことはマナー違反であることは知っているが、背に腹は代えられない。大人しくスマホでドリアンの評判を調べてみたところ、独特な臭いを除けば比較的まともな食べ物だと思われる。どうせ奴が持参したビニール袋にはロクなものが入っていないのだ、ここらで謎の組み合わせを披露されるより早々に妥協すべきである。

 橙田には悪いが、ここで粘っても事態が好転するとは思えない。


「え。もう入れちゃったけど」

「馬鹿がよ!!!!!」


 まあ残念ながら梅吉の妥協はあと一歩及ばず、きょとんとした顔で青仁が左手にドリアンを、右手に包丁を構えて首をかしげていたのだが。言われてみればたしかにカップケーキの生地が注がれた型の中に、具材らしき何かが浮いている。


「まあ誤差だって誤差。よーし頑張ってドリアン解体するぞー!」

「あ、赤山ちゃん。本当に良いの?大丈夫?」

「……こ、この程度でどうこう言ってたら、お、終わらない、から。あと、そ、その。ほ、他にヤバいことしかけけたら、な、殴ってでも止めて良いから。ていうか殴って」

「な、殴っちゃうの?!」


 残念ながら青仁の奇行はこの程度序の口である。実のところ梅吉は奴と同じクラスで調理実習をするのは今回が初めてなのだが、代わりに中学時代から被害者たちの怨嗟の声を度々耳にしており、それを踏まえると、ドリアンは比較的マシな方に分類されてしまう。

 なにより夏休みにたこ焼きで悲惨な目に遭ったばかりなのだ、下手に全否定して面倒なことになるぐらいなら、こうして妥協点を探る方が安牌だ。


 ……まあ、既に入れたというナニカがある時点でもうヤバさの片鱗は見えているのだが。果たして梅吉は無事カップケーキを完食し、家に帰還することができるのだろうか。できれば腹を下したり悶絶したりしたくないのだが。


「おーい赤山、これって追い砂糖していいの?」

「もう十分入ってるからやめろ!お前ドライフルーツとかいうおしゃれなの持って来てんだから、素直にそれ突っ込んどけ!」


 なお自班は自班で、緑とかいう料理不慣れ子供舌野郎がまたもや危険行動に及んでいた為、死亡フラグの緩和に走っている暇がなかったとも言う。まあ流石にこの追い砂糖は他の班員が止めてくれたので、そこまでの大惨事にはならなかったのだが。


 さて、具材を一通り入れた後は、あらかじめ余熱したオーブンでカップケーキを焼き上げる。その間に可能な限り洗い物を済ませるのがセオリーだろう。


「……なあ、赤山。俺の気のせいじゃなければ、橙田が顔面蒼白になってるように見えるんだけど。大丈夫なのか?」

「黙れお前は今回関係無いだろ。死ぬのはオレ、あと場合によっては橙田さんなんだから。他人事野郎に心配されるのが一番ムカつくんだよ」


 洗い物をしながら、こそこそと緑が話しかけてくる。実際奴の言う通り、遠目から眺める橙田の顔色は大分よろしくない。おそらく梅吉が緑を止めたり班員を仕切ったりしている間に、また何か一悶着あったのだろう。まるで考えたくない。なんて思っていると、緑が何気なく口を開く。


「あ、橙田も死ぬのか。でもどうせどこかでお酢ぶちまけるし、あいつも空島側じゃないのか?」

「……あっ」


 そう、梅吉はひとつ重大な見落としをしていたのである。あのお酢(家庭用)を両手に構えていた少女が、少なくとも梅吉の視界に入る範囲でお酢の蓋を開けていない事を──!


 橙田のことだ、絶対にどこかで仕掛けてくる。むしろ既にお酢に侵された後かもしれない。マズい、青仁がイワシを持ち出してきたせいで完全に失念していた。何より橙田自身は青仁の奇行に関しては極めて真っ当な対応を取るせいで、お酢ラーリスクを捉え切れていなかったのだ。


 ぐるん、と血走った目で梅吉が青仁達のキッチンへと視線を向けると、そこでは橙田が焼きあがったカップケーキをちょんちょんとつついていた。

 ──そう、そこまでは良かったのだ。



「そろそろ触れるぐらい冷めたかな?……うん、大丈夫そう!慎重に崩れないように型から外して……よし、できた!じゃあ後はちゃーんとお酢に漬けなきゃ!」

「おい何してんだ橙田ァ?!」



 何故か少しだけ顔色を取り戻している橙田が、いつの間にか用意していたお酢で満たされた金属バッドにカップケーキをぶち込み始めてなければ!


「何を!!!どう思って!!!お酢にぶち込もうと思った!!!!!」


 奇行というものは、いつだって梅吉に力を与えてくれる。奇行を止めねばという使命感が、相手は女子であるという前提を上回るのだ。そう、このように女子に対して叫びながら鬼の形相で腕をつかみ、制止することさえ可能にしてくれる。


「だ、だってぇ……カップケーキが大変なことになっちゃったから、ちょっとでもマシにしなくちゃって。赤山ちゃんにあげる約束もしてるし、あたしだってそんなヤバいカップケーキ食べたくないし」

「あのなあ!お酢はたしかに調味料として優秀かもしれねえけど!奴の意図的ポイズンクッキングに勝てるほど強くねえんだよ……!」

「失礼な、よくわかんねえけど毒は作んねえよ。毒入ってたらそれ食べ物じゃねえだろ」


 お酢に絶大な信頼を置いているらしい橙田には悪いが、その程度でどうにかなるレベルではない。奴に散々よくわからない食べ物や飲み物を摂取させられ続けた梅吉が保証する。あと弁解する資格すらない諸悪の根源はちょっと黙ってほしい。



「え、でもあたしどんなにマズい食べ物でもお酢をかければ食べれるよ。ちっちゃい頃どうしてもブロッコリーが食べられなかったんだけど、お母さんがお酢の中にブロッコリー浮かべてくれたら、食べれるようになったもん」

「えっ怖」

「何言ってんだこいつ……」



 まあその後橙田がぬるっと恐怖以外の何物でもない発言をかましてきたので、梅吉は諸悪の根源こと青仁と共に震え上がる羽目になったのだが。


「二人とも知らないの?好きな食べ物の中に苦手な食べ物を入れちゃうやつ。よくお母さんが子供にやってるじゃん、ハンバーグにニンジン刻んで混ぜたりとか」

「それと一緒にしたら全国のお母さんが可哀想だからやめろ。てか何お酢に浮かべるって、どういう絵面?」

「えっと、お椀の中にお酢を半分ぐらい注いで、そこにブロッコリーが入ってる感じ。結構おいしかったよ!」

「そっかあ……ちょっと想像の斜め上行っちゃったな……」

「なんかあれだよな、人類には早すぎるって感じ」

「?」


 思い出話を楽しげに語っている橙田には悪いが、残念ながら梅吉と青仁にはまるで理解できない領域だった。いや中々いないだろう、お酢に浮かべたらブロッコリーを食べる子供とか。


「いや、お……私もいろんな変な食を追求してきたつもりだったけどさ、上には上がいたんだな。私、まだまだ努力が足りないわ。今後もより一層励まねえと」

「それはちょっとよくわからん。お前はもう十分励んでる、もう十分イカれてる」

「空島ちゃんは十分だよ。ていうかあたし変じゃないから、最初から全然下だって」

「いやそれはない」

「?」


 まさしく「お前が言うな」という言葉がぴったりとあてはまる応酬がゲテモノスキーとお酢ラーの間で繰り広げられる。どれだけ己を棚に上げれば済むのだろうか。しかしこのような奇人変人のハイレベルな戦いについていけない梅吉は、やはり極めて一般的な常識を持ち合わせる素晴らしい人格者なのだろう。


「はあ……まあとりあえず、橙田さんはお酢に漬けるのをやめて。青伊は己の行いの全てを即刻省みて。喧嘩両成敗みたいな感じで」


 という訳で、この場で唯一の常識人として、場を取り収めようと動いてやったのだが。


「あたしもう漬け終わっちゃったけど」

「おい?!」

「はっや?!」


 青仁のドリンクバー捌きを思わせるほど鮮やかな素早い手つきで、既に全てのカップケーキを犠牲にしていた。もしかしてあれか、こいつも青仁みたいに好きな分野に関してのみバフがかかったりするのか?


「大丈夫だよ!お酢は全部を解決してくれるから!あ、飲み物も用意しなくっちゃ。あたしコップ取ってきてお酢入れてくるね~!赤山ちゃんもいる?」

「わたし自分の班で食べるから!!!!!それじゃあ!!!!!」

「あっおいお前逃げやがったな?!」


 当たり前だろう、この後交換という名目で死亡が確定しているのだから。せめて昼休みまでは命を失いたくない。普通に自分の班のある程度味が保証されているカップケーキを味わいに行くに決まっているだろう。梅吉はそんなに愚かではない。

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