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(悪)夢のコラボレーション! その1

 先日、それはもう盛大に嫉妬を炸裂させて自己嫌悪の海に沈んだ梅吉だったが。残念ながら現在進行形でそんなことを言っていられる場合ではない命の危機が発生してしまった。

 とはいえ全ての発端は橙田の「赤山ちゃんの班とあたしたちの班で交換こしようよ〜!」とかいう悪意ゼロパーセント、地獄への道は善意で舗装されている度一億パーセントな発言から始まっているので、結局彼女のせいと言えるかもしれない。


 両手を背に回し、奇跡的な確率でドラゴンを選んでいなかった小学生の自分に感謝を捧げる羽目になったエプロン(スポーツブランドモチーフ)を身に着けながら、梅吉は死んだ魚のような目をしながら隣を見やる。


「調理実習でも使うから、今日は普段よりいっぱいお酢持ってきたよ〜!」


 右隣。ニコニコと嬉しそうに両手にお酢を構えた橙田がいる。転校後数日で何にでもお酢をかけるという意味不明な生態が判明した少女だ。


「エプロン背中で結ぶのってかなり難しくね?……あ、そうだ思い出したわ、前で結べば良いんだった」


 左隣。エプロン(明らかに家庭科産ではない紺無地)の紐に悪戦苦闘している脇に異様な臭気を発すビニール袋を置いた青仁がいる。言わずもがな、ありとあらゆる前科を抱えるゲテモノ愛好家だ。

 絶対に台所に立たせてはいけない奴らの様子を眺めていると、徐に橙田がこちらに話しかけてくる。


「赤山ちゃん!空島ちゃんと一緒に美味しいカップケーキ作るから期待しててね!」

「本当に美味しいカップケーキ作るつもりがあるなら今すぐその両手に握ってるお酢を置け!!!!!」


 そう、調理実習という学生である以上避けられないイベントにおいて、何の因果か青仁と橙田が一緒の班になってしまったのである!


 そして運が良かったのか悪かったのか、いや状況的に確実に悪運として働いているのだが、とにかく梅吉は別の班に配属されたため、どう考えてもヤバいことにしかならないカップケーキに直接干渉する権利を失ってしまったのだ。

 前述の通り、橙田に無邪気に交換を申し出られている以上、よほどのことが起きない限り、激ヤバカップケーキは梅吉の舌の上にのることとなる。もう同じ班がどうのとかくだらない嫉妬をしている余裕はない。梅吉はまだ死にたくないのだ。


 え?断らなかったのかって?断れる訳がないだろう。かわいい女の子の頼みだぞ。


「えー?なんで?今回の実習、自分でカップケーキに入れたいもの自由に持ってきて良いんだよ?それにケーキってお酢を使うみたいだし!」

「お、じゃなかったわたしさっきちゃんと調べたんだけど、お酢を使うのは重曹と反応させてケーキを膨らませる為なんだよ。橙田さん知らないかもだけど、今回の調理実習のレシピに重曹って一言も書いてなかったりしてさあ!」

「え、あれって味付けって意味じゃなかったの?!まあでもいっか、お酢って何に入れても美味しい万能調味料だし」

「もし仮に万能調味料だったとしても限度があるんだよ!」


 もしや女子ではなく、脳みそにお酢が詰まった新種の妖怪とかの分類の方が正しかったのではないだろうか。女の子の頼みとか断れないし〜と日和った梅吉が馬鹿だったというオチなのだろうか。会話が通じている気がしないのだが。

 これも梅吉の対女子力コミュ力が死んでいるせいなのか?流石にこれはコミュ力云々の問題とは思えないのだが?梅吉は絶対に悪くないと思うのだが?


「そんなことないと思うんだけどなあ。ねえ、空島ちゃん。お酢はいくらでもカップケーキに入れて良いよね?」

「何言ってんだこいつ。だめに決まってんだろ」

「え〜?!」


 こればかりは青仁も同意見らしい。正直梅吉は九割ぐらい「お前が言うな」と思っているが、残り一割が「多数決は正義」と叫んでいるので口をつぐんでおく。


「なんでみんなお酢の素晴らしさをわかってくれないんだろ。お酢ってすごいんだよ?料理のさしすせそだって、さとしとせとそには引退してもらって、すすすすす、とかで十分なぐらいなんだから」

「だめだこいつ」


 かわいい顔をしてツッコミどころ満載なことしか言わないあたりが、美少女化してもなおドリンクバーでドブみたいな飲料を錬成する青仁と被って見えて仕方がない。いやわかっている、鞄からお酢(800ml)を取り出してきた時点で、彼女が食について限りなく青仁に近い性質を持っていることは、火を見るよりも明らかだったのだ。


 ……しかし、こうしてお酢絡みで橙田が意味不明発言を繰り返している時だけ、女子と会話しているという現実をお酢というイカれたファクターがぶち抜いて眼前に迫ってくる為、割と真っ当に会話できている気がするのは気のせいだろうか。それもどうなんだ。裏を返せばお酢が絡まなければ極めてまともな女の子だから良いのか。それってまともな女の子とは会話できないって自白しているようなものでは?


「青……伊。頑張って橙田さんを止めるんだぞ……!あとお前もカップケーキに何も入れるなよ、プレーンが一番美味しいんだから」

「でも今回カップケーキに入れたいもの各自持って来いってスタンスじゃん。それってつまりセンスが試されてるってことじゃん。もうこれは腕によりをかけてやるしかないじゃん」


 エプロンを装備した青仁に一応声をかけるも、真顔で心配を通り越して普通に恐怖しか感じない発言をしてきた為、やはり梅吉の命は風前の灯火なのだろう。遺書をしたためておくべきだったかもしれない。


「え、待って空島ちゃんが本気出しちゃうの?や、やめた方が良くない?ってかやめようよ、多分絶対ヤバいことになるよ」

「おら青伊、橙田さんもこう言ってるんだから自重しろよ。忘れてんのかもしれないけど、これって調理実習だから、自分の班が作ったカップケーキを一つは食べることになるんだぜ?橙田さんがかわい……まあ、とにかく可哀想だから、うん」


 一瞬「今からカップケーキをお酢漬けにするという犯行予告を出してる奴のどこが可哀想なんだ?」という極めて常識的な思考が過ったが切り捨てる。きっと嫉妬から若干の悪意が滲んでいるのだろう、うん。折角こちらと仲良くしてくれている極めて希少な女の子に悪意を向けるなんて、元男現美少女とかいう謎の分際でやってはならないし。


「んな事言ったらお酢フィーバーカップケーキを食わされるお、いや私は可哀想じゃないのか?!可哀想だろ?!」

「空島ちゃん、あたしが作ったカップケーキ、嫌なの……?」

「うっ。い、いいいいやそっそそそそそそ……ん?でもさっき橙田さんも私に本気出すなって」

「そ、空島ちゃん!程々に、程々にね……?そんなに頑張んなくても、カップケーキは作れるよ?」

「……程々?そっか程々か。ならこれとこれと……」

「だから!!!プレーンにしろっつってんだろ!!!!!くっそやっぱどうにかしてオレだけでも逃げるべ」

「はーい皆さんお静かにー。授業を始めますよー」


 お互いに自分の身を案じつつも、それはそれとして自分自身の危険性にはまるで気がついていない危険人物二名。悲しいかな梅吉一人でどうにかなるレベルを超えていた。家庭科担当の教師による、地獄を知らぬ無慈悲かつ呑気な号令が響く。


 ── 梅吉の死へのカウントダウンが、ついに始まってしまったのだ。


「よーし!頑張ろうね、空島ちゃん!」

「うっ、うううううんそれはそれとしてお酢は入れるな」

「えー?!なんでー?!」


 なお、本来調理実習の班は四人組となっているのだが、何故か青仁と橙田が所属する班は本日二人欠席のようである。故に首謀者以外の犠牲者は梅吉ただ一人となるらしい。

 美少女二人(ただし片方はアレ)の手料理を独占できるという男なら垂涎物のシチュエーション。しかしその実態は、友情から来る我ながら面倒くさいにも程がある嫉妬心すら、明後日の方向に吹き飛んでしまうような、地獄への片道切符だ。もしかして梅吉は前世で何か罪を犯してしまったのだろうか。


 さて、いくらお酢ラーとゲテモノスキーの悪夢のコラボレーションが発生していようとも、梅吉だって調理実習の参加者であることには変わりなく。最大の危険箇所となるであろうカップケーキに何かしらの具材を入れる場面までは、自班の調理を優先せざるを得ないのだ。故に早めに終わらせて監視に回ろうか、とこの時までは思っていたのだが。


「え、砂糖って入れれば入れるほど幸せになれるものじゃねえの?」

「んなわけねえだろ何言ってんだお前!さっきからオレが隣で何事にも適量があるって話を延々としてたの聞いてなかったのか?!」

「だって巻き込まれたくなかったし……」


 同じ班にいる一般男子高校生的に料理に不慣れな緑が、砂糖の大袋を抱えて首を傾げていた為、効率重視に向かうことはできなかった。


「空島ちゃん危ない!そのまま混ぜるとこぼれちゃうよ?!ほら、ここ抑えて!」

「う、ううううん、そ、そっか」


 なおゲテモノ投入云々に関係なく、青仁は持ち前の不器用を存分に発揮していた為、あちらもあちらで若干道末が不安になる状況だったようだが。意外と橙田が慣れているらしく、的確な指示を出し持ち直していた。

 ……まあ、それはそれとして後ろから腕をがし、と掴んで手順を教えるのはどうなのか?ちょっと距離近くないか?と思わなくはないのだが。自分で自分が面倒臭い。


「……ん、よし、生地も形に流し込めたし、各自入れたいものある奴は入れてくぞー」


 とりあえず、梅吉は自分の班についてはある程度の所まで進めることができた。適当にスーパーで購入したチョ〇ベビーを投入しつつ、問題の青仁と橙田の班に聞き耳を立てていると。当然のように衝撃の発言を繰り出した青仁のせいで、反射的に梅吉の首はぐるりと回転して二人の方を向いた。




「そ、空島、ちゃん……?あ、あたしもしかして疲れてるのかな……なんか、空島ちゃんが絶対カップケーキに入れるべきじゃない物を持ってる風に見えるんだけど。それ、何?」

「……い、イワシ」

「イワシ?!?!?!」




 イワシ(生魚)(まるごと)(新鮮)をがっしりと掴んだ青仁が「俺何もおかしくないけど?」みたいなツラをして突っ立っていた。

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