第85話 交流大使ってなんですか篇2㉙ 急変・支援者からの謎の手紙
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決して美人ではないが、自慢の妹。
そんな妹にも恋人ができ、やがては結婚を意識するように。
だが、結果は破談となり、妹は心に深い傷を負ってしまった。
資産家の息子である妹の婚約者を奪ったのは大層見目の整った女だった。
やがて妹は、世にいる美しい女性全てに対して攻撃的な性格になった。
兄たちはそんな妹を由とした。部屋に引きこもって食事もろくに摂らない……。そんな妹より、攻撃的でもいいから外に出て、他者と触れ合う妹でいてほしかった。
妹の攻撃は徹底しており、テレビ、雑誌、インターネット。
あらゆるメディアに出てくる綺麗な女性を嫌悪した。
やがて妹は、兄たちが綺麗な女性を見ることも嫌がるようになる。
「不潔」「やっぱり兄さんたちも男なのね」「汚らわしい」などなど。妹の心の負担を少しでも減らそうと、兄たちは女性への欲情を断ち切ることを決意する。
彼らは精神的に去勢され、有り余った性欲はすべて、筋力トレーニングなどで発散することで解消していた。
そんな生活がしばらく続いたあるときのことだった。
「この子たち、すごく気に入らない……!」
妹の攻撃対象が交流大使になった。
なるほど、テレビに映る異世界出身の交流大使はとても美しい少女たちで構成されていた。
妹は交流大使を攻撃するため、反異世界思想を勉強し始めた。
異世界からやってくる人々によって、日本が水面下で侵略されるかもしれない。
異世界人が日本で仕事に就けば、その分日本人が一人、仕事にあぶれる。
異世界人は政府の支援を受けられる立場にいるので、市町村の公共サービスが無料だし、保険料も免除され、場合によっては生活保護がつくことも。それらはすべて私達の税金から支払われる……などなど。
やがて妹はアクティブになり始める。
幼少期は人前に出ることさえ怖がっていたのに、異世界交流によって起きるデメリットや問題点を道行く人々へと訴えかけ始めた。
他者のために頑張る妹の姿に、兄たちは目頭が熱くなった。
どんなことがあっても自分たちが妹の支えになろうと決心した。
最後は文字通り、そんな妹の糧となって命を落としたのだが……。
「ア亞……、お菜火ぁへっ他ぁ――!」
癇癪が爆発する。食残しの兄たちの身体が部屋中に四散する。
歪な人影――かつて反町純礼だったモノの背中からは、昆虫のような脚が三本ほど生えていた。
肩甲骨を基節とし、腿節があり、脛節があり、ふっ節からなる脚。それは紛れもなく、昆虫の脚だった。
「さっ木の仔、お胃死そ卯、だっ太な……」
反町純礼は、酷い空腹感を覚えていた。
さきほど兄たちをムシャムシャと食べたはずなのにもうお腹が空いてしまった。
そして思い出す。銀髪と金髪と赤髪の、とてもとてもお肉の柔らかそうな少女たちの姿を。
「ア歯ぁ〜……」
あの肉を引き裂いてムシャムシャと食べたらどれだけ美味しいだろう。
そう考えたら、もうそのことしか考えられなくなる。
気がつけば純礼は夜の中にいた。
窓ガラスをぶち破り、手すりを伝って屋根へ。
そして跳躍。
容易く数十メートルを滑空し、屋根から屋根へと飛び移っていく。
とても人間の御業ではなかった。
そう、彼女はもはや人間ではない。
人間を越えた身体能力、人間を越えた感覚器官。
まるで昆虫の機能を人間大にした結果、何十倍も優れたそれらを手に入れてしまったようだった。
何故、彼女がこのような化け物になってしまったのか。
それは僅か昨日の出来事だった――
*
「ダメだ純礼、同志たちはこれで全員辞めてしまった」
三男コウジがスマホを置く。
反異世界同盟のメンバーから脱退の連絡だった。
マクマティカーズの存在は世間から完全に認知され、新たな交流大使兼アイドルの誕生は大いに歓迎されていた。
そして主にインターネット界隈では、ライブを妨害してまで意見を通そうとする純礼率いる反異世界同盟たちの姿が繰り返し拡散され、酷評を受けていた。
その事態に耐えられなくなったメンバーたちは、一人、また一人と、辞めていってしまった。
これで残りは創設メンバーのみ。
つまり純礼と兄たち三人だけとなった。
「そう……別にかまわないわ。今まで通り、一人で活動するから……」
「そんな……! 純礼、もっと俺たちを頼ってくれ……!」
「落ち着けコウジ!」
純礼に詰め寄ろうとするコウジを次男のレンタが制止する。純礼にとっては例えメンバーがどれだけ増えようとも、結局は一人で活動してるのと同じ。
都合がいいから使っていただけで、最初からメンバーのことなど当てになどしていない。それは兄たちであっても同様だった。
「頼る? 頼るですって? ハッキリ言って今まで兄さんたちが役に立ったことがあって? この前だって、私があの女にやられていたとき、助けてもくれなかったくせに……!」
「そ、それは……!」
「…………」
それは、言ってしまえば、コウジやレンタは妹の力になりたいだけであって、純礼のように自分自身を騙すことなどできないからだ。
純礼の言葉は感情論の延長なのに対して、カーミラの言葉は公共と自社の利益を両立させた見事なものだった。
例え妹の味方をしたくとも、頭の中ではカーミラの言動に正当性を感じてしまい、援護射撃――カーミラに議論を仕掛けることができなかったのだ。
「ふん、だから最初から当てになんてしてないってば。もう私のことは放っておいて……!」
「――くッ」
「はあ……」
妹のために何かしたいと思えば思うほど、妹の邪魔をすることしかできないのか。コウジは己の無力さにガックリと肩を落とした。
と――
「純礼、お前宛に小包が届いてるぞ」
トントン、とノックがされ、扉を開けたのは長男のタカシだった。
「買い物なんてした覚えない……」
「送り主は黄さんのようなんだが……」
「黄さんが?」
落ち込んでいた純礼がパッと顔を上げる。
日本に住む華僑人であり、少しでも自分の住む日本を良くしようと、様々な方面に支援をしている実力者だった。
兄たちの呼びかけにはほとんど反応しない純礼が、支援者からと知って立ち上がる。小包は手のひらに収まるほど小さなもので、中身を開ければ赤い紙袋に金色の装飾が施されたものと、一通の手紙が入っていた。
「な、なんて書いてあるんだ?」
兄たちが覗き込もうとするのを厭うよう、純礼は壁を背負って黙々と読み始めた。途端――
「ああ、やっぱり優秀な方は私のことを理解してくれている……!」
純礼は恍惚としながら手紙を取り落とす。
次男のレンタがそれを拾って目を通すと、孤立無援の中、堂々とした振る舞いでカーミラ会長へと異議を申し立てた姿は立派だった、などと書かれていた。
「したがって、私はあなたの支援を継続したいと考えている、と」
「それは、よかった、のか……」
「純礼が喜んでるのなら……」
兄たちは釈然としなかった。
もしも支援を打ち切る、となれば純礼も反異世界活動を辞めたかもしれない。それをきっかけに普通の暮らしに戻るのも悪くないと思ったからだ。
「追伸。あなたの活動は素晴らしいが、世間の目は厳しい。ストレスで眠れなくなってはいませんか。同封した袋は漢方薬で、飲めばとてもリラックスできて熟睡できますよ……か」
兄たちが手紙から顔を上げれば、早速袋の中身を取り出した純礼が、嬉しそうにその漢方薬とやらを見ていた。
どうやら丸薬のようだ。指の爪ほどの丸々とした大きさで、黄色みがかかっている。
「純礼、それは噛み砕かずに水で飲むそうだが……」
「ええ」
純礼はパクっと丸薬を口に入れ、近くにあったペットボトルの水で流し込む。
「気分がよくなったから、私もう寝るわ。おやすみなさい」
「あ、ああ、おやすみ」
そう言って純礼は自分の部屋へと向かった。
純礼が満足しているのならそれでいい、と兄たちは腑に落ちない心を納得させた。
「これ……KUBUJATANって書いてあるな。漢方薬なのか?」
純礼が残していった赤地の紙袋。そこには金色の流麗な文字でそう書かれていた。
「それはおそらく漢字で『九分蛇胆』と書くんだろう」
「蛇胆は漢方だな。蛇の肝だ。精がつくやつだ」
「じゃあ九分ってなんだ?」
「さあ、そこまでは」
「ネットで検索しても出てこないな」
「…………」
会話が途切れる。
気まずい空気のまま兄たちは少し晩酌をすることにした。
おやすみ、と言った純礼。
それが人間としての最後の姿になった。




