第86話 交流大使ってなんですか篇2㉚ 懺悔と後悔・汚れてしまった悲しみに
*
「一体何が……なんで、こんなことに……!」
反町純礼は正気を取り戻していた。
ここはとある民家の庭先にある物置小屋。
施錠がされていないそこに純礼は身を寄せていた。
朝日が昇ると共に、純礼は段々と自分が何をしていたのか思い出すようになった。
自分が化け物になっていたことを自覚する。
そして兄たちを食べた。
美味かった……。
「うッ――ぶえっ、げえっ、げええッ……!」
吐いた。だが胃液しか出なかった。
つまり、食べたものは消化され、純礼の血となり肉となったことを意味する。
「そんな、私ヒトを……兄さんたちを……!」
信じられない。
自分の身体はどうなってしまったのか。
「昨夜は、早くに寝て、それで……それで……」
寝ると言ったあと、意識を失うように眠りについた。
そして夢を見ていた気がする。
リビングで兄たちが静かに酒盛りをしていた。
それだけならいつもの光景なのだが、振り返った兄たちの顔が一瞬で恐怖に引きつったものになった。
部屋の中で後ずさり、逃げ惑う兄たち。
どうしたのかと手を伸ばせば、純礼の背後から鉤爪のようなモノが現れ、兄の脳天をかち割った。
ドシャっと、崩れ落ちたのは三男のコウジで、溢れ出した鮮血と、ピンク色の柔らかそうなものが、まるでプリンみたいで美味しそうだと思った。
思わず純礼はそのピンク色のプリンを両手で掬い、チュルルっと啜ってみる。
甘い。とっても濃厚な味。美味しい。こんな美味しいもの初めて食べた。
すると他の二人の兄たちが絶叫するので、うるさいと睨みつけてやれば、再び鉤爪が伸びてきて、タカシの胴体を真っ二つに。逃げようとしたレンタは後ろから背中をバッサリ。
ああ、ピンク色のプリンがたくさん床にぶち撒けられた。
美味しい美味しい。もっと食べたい……という夢を見たのだが――
「夢じゃ、なかった……!」
紛れもなく、純礼は化け物となり、兄たちを殺して食べたのだ。
兄たち……純礼が物心ついた頃より、兄であり父でもあった三人。純礼が初めてできた恋人を紹介したとき、兄たちは怒り狂った。
俺たちの可愛い妹を誑かす悪い男め、などと言うので、初めて純礼は兄たちに対して怒った。すると兄たちは純礼の様に驚き、シュンと項垂れてしまった。
そのあとは、恋人を何度も家に招き、自分との睦まじい姿を見せることで、なんとか認めてもらうことができた。
恋人が家業を継ぎ、取引先と夜の街に行くようになったら、行動が怪しくなった。水商売の女に熱を上げてしまい、終いには純礼に別れを告げてきた。
悲しかった。初めて本気で好きになった男性だった。
そんなときでも兄たちは優しかった。兄たちが支えてくれなかったら、純礼は自殺をしていたかもしれない。
そんな兄たちを純礼は――
「うッ、くぅ……ごめんなさい、兄さん……!」
後悔しても遅い。
時間は戻らない。
純礼は大切なものを自ら壊してしまったのだ。
*
朝になってからどれくらいが経っただろうか。
純礼の体感としてお昼前くらいだろうか。
たまたま入った民家の庭。
そこにポツンと建っていた物置小屋だが、中は意外にも生活感があった。
かび臭くて仕方ないが、誰かの寝具だろうか、毛布や枕が置いてある。
純礼はその毛布を頭から被り、そっと庭に出た。
「うッ……!」
ビリビリと肌が焼けた。
初夏の日差し。紫外線は強い。
だがそうではない。
陽の光の下に出られない。
純礼が夜明けと共に正気を取り戻したのも、陽の光に抵抗感を覚え、ヒトに戻ったからだった。
呼吸を整え、一気に庭を横断する。
目指すは勝手口。
ここが施錠されていたら私は終わりだ――
「開いた……!」
純礼は賭けに勝った。
ドアを開け、もんどり打ってキッチンの中に倒れ込む。
「誰もいない……?」
なんという幸運。
物置小屋からも母屋に人の気配は感じられなかったが、家の者は出かけているらしい……。
「て、テレビ……!」
急ぎ居間へと向かい、テーブルの上に置いてあるリモコンを操作する。
音量を抑え、チャンネルをザッピング。昼のニュースは――
「ああ……!」
純礼の家が映し出されていた。
殺人事件。兄妹の安否は不明という見出しがあった。
もう家には帰れない。
生まれたときから過ごした生家。
あの温かい場所にはもう……。
『続きまして、今度は明るい話題です。魔法世界出身の少女たちがアイドルユニットを組みました――』
「――ッ!?」
銀髪、金髪、赤髪の美少女たちがスポットライトを浴びながら歌って踊っている。
ギュウウウっと、純礼は己の拳を握りしめていた。
自分にはもうなにもない。
家族も帰る家も無くなった。
ならばせめて、最後に復讐を。
あの少女たちを引き裂いて貪り食ってやる……!
「ふふ、うふふ……あはははははッ!」
純礼は笑った。
恐怖に引きつるあの子たちの顔を想像すると、無性に楽しくなってしまう。
自分とはこんな性格だったか。
血の色も、臓物の温かさも。
今は大好きだと言えるのだった。
『マクマティカーズは本日、王寺にあります北とぴあ王寺にてライブを行うとのことで、デビュー曲を披露されるほか、トークイベントなども行う予定です』
「北とぴあ王寺……!」
純礼は何度も何度も、自分に言い聞かせるようにその名前を口にする。
日が暮れて、自分が人間ではなくなっても、必ずそこにたどり着くように、頭にも身体にも刻み込む。
――そして夜が来た。




