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悪夢の塔  作者: 相沢メタル
第二章
67/154

27

 成宮さんの家に訪れるのは何度目だろうか。

 成宮さんがいても毎回威圧感を覚えているというのに、今回は1人で正面突破しなくては。家の人が出てきたらどうしよう。

 成宮さんが応対することを期待しながら、震える指でチャイムを押す。落ち着け僕。お見舞いという立派な目的もあるじゃないか。

 しばらく経って、どちらさま、という年配の方の声がインターホンから聞こえてきた。

 声から察するに、成宮さんのお婆さんだろうか。ぎりぎりセーフ。お父さんやお母さんが出てくるよりよほど気が楽だ。

 成宮さんと同じクラスであること、お見舞いに来たことを伝える。

 まてよ、クラスの代表という形じゃないと、たとえお見舞いとしても変だっただろうか。

 あれやこれや考えていると、出入り口の扉が開き、小柄な白髪のお婆さんが姿を現した。


「おやおやまあまあ、すみませんねぇ、わざわざ孫のために」

「ええと、成宮さんの具合が悪いと聞きまして、お見舞いに……」

「あらあらまあまあ、立派な花まで。あの子、喜びますよ。さあさ、どうぞどうぞ」


 人の良い優しそうなお婆さんだ。おっとりとした雰囲気だけど、目元がすっきりと涼し気なところが成宮さんに似ている気がする。

 玄関まで案内され、靴を脱ぎ、成宮さんの部屋の前まで来て、


「ひかりー、お友達よぉ」


 と、お婆さんが部屋の中の成宮さんに声をかけたところで、汗がドバー、めちゃくちゃ緊張していることに気がつく。

 おちつけおちつけ人人人と書いて飲み込んで、


「お友達? どなたかしら?」

「男の子よぉ」

「……ええっ!」


 部屋の中からドタバタと音がする。


「では、ごゆっくり。本当に、ありがたいことですねぇ」


 お婆さんはしずしずと廊下を戻っていく。

 部屋の中も静かになったかな、と思ったところで、


「どうぞ」


 いつものように冷静な成宮さんの声が聞こえた。


―――――


「もう、来るならそうと言ってくれれば良かったのに」

「ごめん、気が回らなくて」


 成宮さんの部屋に入るのは初めてだ。

 というか、女子の部屋に入るのは初めてだ。

 すごくすごく緊張して、手汗をかいてることがバレるんじゃないかと考えてさらに緊張する。

 正直言って、舐めていた思う。

 女子へのお見舞いがこんなに緊張するものだとは……今後があるかは分からないけど、胸に深く刻んでおこう。

 成宮さんの部屋は、全体的に落ち着いていて、清楚という言葉がしっくりくる。ただ、部屋のそこらかしこに牛のキャラクター、ギューミンの人形が置かれていて、ふんわりとした優しい雰囲気を生んでいた。


「あんまりジロジロされると恥ずかしいんだけど……」

「ご、ごめん。ギューミン、たくさんいるね」

「子供の頃から捨てずに買い続けてたら、いつの間にか、ね。」


 子供の頃から。それにしてはボロボロのギューミンはいない。きっと、大切に扱っているんだろう。僕の妹とは大違いだ。


「わざわざお見舞いに来てくれて、ありがとう」

「あ、これお見舞いの花」

「わあ……!」


 成宮さんはアレンジメントのブーケを見て素直に喜んでくれた。

 買ってよかった。

 そう思わせてくれる笑顔だ。


「ありがとう。とっても嬉しい。アレンジメントも素敵」

「よかった。店員に伝えておくよ」

「え、お知り合い?」


 店員はアルコだから――と思わず口走りそうになる。アルコの事情をどこまで話していいのかはアルコに聞くべきだろう。

 まあ、そんな感じ、とごにょごにょと言葉を濁す。


「体調は大丈夫?」

「ええ、前回の体験で、これまでの精神的な疲れが溢れたみたい。熱はないんだけど、どうにも気力がなくて」

「もう、長いこと悪夢を見てるもんね」

「今朝は慌てふためいたチャットを送ってごめんなさい。前回の死が強烈で……みっともなく混乱しちゃったわ」

「仕方ないよ、死の体験は何度味わっても辛いから。でも、元気そうでなによりだ」

「なんだか、あなたって話しやすくてつい」

「まるでスポンジみたい?」

「スポンジ? ふふ、おかしな例えをするのね」


 少し疲れた様子もありつつ、ブランケットを肩からかけてベッドの端に座る成宮さんは、いつものように落ち着いていて見えた。


「……あまり、ジロジロ見ないでくれると嬉しいんだけど……」

「あ、ご、ごめん」


 悪夢についての話題は避け、学校のことや妹の話をして時間を過ごす。


「そう言えば、成宮さんの妹さんは? ええと。みなも……ちゃんだっけ」

「また調子を崩してね。長い間寝込んでる」

「そうか……ごめん、余計なこと聞いた」

「いいの。誰かがあの子のことを気にかけてくれるだけで嬉しいわ。あの子、昏睡が始まってから友達もいなくなっちゃって……こちらこそ、気を使わせてごめんなさい」


 成宮さんの表情が暗い。

 元気づけようと、ポジティブな話題を探す。

 そうだ、今夜からアルコが合流することを――どう説明しよう?


「どうしたの?」

「――と、トイレはどこかな?」


 恥ずかしながら、初めて訪れた女の子の家で、トイレまで借りてしまった。

 便座には座らず、立ちっぱなしでアルコに連絡を取る。

 チャットに出てくれるかと不安だったけど、すぐに、返信がきた。


『まだ仕事中ですけど』

『ごめん。いま、成宮さんの家で』

『ヒカリの様子は?』

『元気そう。少し疲れてるけど』

『そうですか、よかった。それで、用件は』

『今夜から合流することになったこと、伝えていいかな』

『ああ、説明がめんどうですね。偶然道端であった、気が変わった、でいいと思います』

『そうか、そうだね』

『では、仕事がありますので』

『ねえ』

『なんでしょう』

『チャットだと、そっちの口調なんだ』

…。

……。

………。

『家族とのチャットの癖がでました。では、また今夜』

『うん、ありがとう』


 部屋に戻ると成宮さんは横になっていた。


「ちょっと疲れちゃって」

「あ、いいよ、そろそろお暇しようかと思ってたから。一つだけ、伝えたいことがあって」

「なにかしら」

「えーと、道端でアルコに出会って、今夜から8時に就寝してくれるってさ」

「え……? アルコに会ったの?」

「た、たまたま」


 嘘は言ってない。花屋で会ったのは偶然だし。


「どうして、急に心境が変わったのかしら……」

「信頼関係も築けてきたし……」

「そうか、そうかもね。ありがとう、少し肩の荷が下りたわ。どうしようかなって気になってたの」

「よかった」


 成宮さんの表情に明るさが戻る。

 そろそろ帰ろう。また疲れさせてはかわいそうだ。


「それじゃ、帰るね」

「今日は本当にありがとう。お花、いい香り」


 成宮さんの部屋を出て、玄関に向かうとお婆さんがいて、礼儀正しく見送ってくれた。

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