第6話 『僕は屋上で秘密を話す』
ホームルームが終わり、ガタガタと椅子を鳴らしながら、生徒たちが立ち上がる。
先輩よりも遅れてなるものかと足早に教室を出る生徒もいれば、だらだらとおしゃべりにこうじている生徒もいる。
部活に入っている生徒がいなくなり、教室の中が落ち着いたタイミングで、僕も立ち上がる。
誰にも声をかけられず教室を出ることに成功、挙動不審にならないよう細心の注意を払いつつ、足早に屋上を目指す。
屋上へと続く階段の前に到着し、きょろきょろと周囲を伺う。
よし、誰もいない。
一気に階段を駆け上がり、屋上の扉に鍵をぶち入れる。
そっと鍵を回すとかちゃりと音が――しない。
鍵の開く感触がない。
どうやら、先客がいるようだ。
そして、それは約束の相手でもある。
扉を開ける。
オレンジ色の空の下、成宮さんが待っていた。
※
「随分、遅かったのね」
発言とは反対に、成宮さんはどこか嬉しそうだ。
「ごめん。人に見られない時間を待っていたら、遅くなって」
屋上の扉は一般生徒には開放されていない。
階段を昇るところを教師に見られたら説教は避けられないし、生徒にしたって入れないはずの屋上に向かう人がいたら怪しだろう。
それに、もし成宮さんが屋上に向かうところを見られていたら、同じ場所に向かう僕に対して良からぬ噂が立ってしまうかもしれない。
アイツ、身の程知らずに告白したらしいぜ、成宮さんに。
あんな平凡くらいしかとりえが無さそうなヤツが?
どうせフラれただろうけど、一応シメとくか。
そして、屈強な体育会系の先輩方が……。
「眠いのかしら?」
まずい、完全に意識が飛んでいた。
ここは誤解を利用されてもらおう。
「う、うん。ここのところ、疲れが取れなくて」
「そうよね……私も、授業中に眠くなることがあって」
よし、なんとかごまかせた。
「ところで、あなたも持ってるのね」
「え? ああ、鍵のこと?」
一般生徒には開放されていない屋上だけど、教師たちは自由に入ることができる。
とはいえ屋上に生徒が来ない以上、教師たちにも使う理由がない。
でも、吾妻先生は頻繁に屋上に来ていた。
その理由は、信じられないことにタバコだ。
以前、吾妻先生が屋上に向かうところを偶然見て、好奇心に押されるまま屋上の扉を開けたところ、青空の下ぷかりとタバコを気持ち良さそうに吸っている教員の姿があった。
大人のくせに、いたずらっ子みたいに頭をかいて、便宜を図ってやるからこのことはないしょだぞ、と僕の肩を叩いた。
便宜ってなんだ。
その答えをもらえないまま、屋上を追い出されて、誰に告げ口するでもなく数日過ごしていたら、吾妻先生から屋上の鍵をもらった。
「悩み多き青少年には、隔絶された空間が必要だろ?」
というよくわからない理屈だったけど、正直心躍った。
だから鍵を受け取った。
まあ、そのことがあってから、放課後に吾妻先生に呼び出されてジュースをパシられたり生徒の情報を密告したりと、ろくでもない関係が始まってしまったのだけど。
「僕の鍵は、ろくでもない教員からもらったんだ」
「ろくでもない……もしかして、吾妻先生のこと?」
「はは、言うね」
「あ……」
成宮さんが赤面する。
大丈夫、うちの学校でろくでもないナンバーワンは吾妻先生だから正解です。
「成宮さんは、どうして鍵を持ってるの?」
「私は、生徒会の手伝いで預けられたの」
今の生徒会長は校内新聞に青春をかけていて、よく成宮さんの写真を掲載していた。
曰く、目を引く生徒を扱っているだけとのことだけど、わざわざ屋上に呼び出して写真を撮るなんて、下心がないほうが不自然だ。
生徒たちの間ではエロカメラ会長と呼ばれているけど、本人は気がついていない。
そんなこんなで、しょっちゅう成宮さんを屋上へ呼び出すものだから、鍵も預けておいたのだろう。
職権乱用というヤツだ。
「保健室でも言ったけど……一緒に戦いたいの」
成宮さんの真剣な表情に、頭から余計な考えを締め出す。
同じ夢を見ている僕らが協力し、鎧の男を倒す。
とはいえ、僕にできることがあるだろうか。
「まずは情報共有しましょう」
「そうだね、それがいい」
高校生の僕が戦うといっても、何もできない。
せめて、情報を共有して事態解決の糸口を見つけなければ。
「夢を見始めたのは一週間前よね?」
「そうだね。一週間前の夜から」
「目覚めると、牢屋のような場所にいる?」
牢屋か……奴隷を閉じ込めている部屋、という印象だ。鉄格子はないけど、確かに牢屋という言葉がしっくりくる。
「うん、石造りの」
「目の前には木製の扉がある?」
「あるよ。鍵がかかってて、外には出られないけど」
沈黙。
僕の返答に、成宮さんが驚いた顔をしている。
「どうかした?」
「いえ……気になったことがあって」
何かおかしなことを言っただろうか。
「ひとまず、続けるわね。鎧の中身は……男性よね?」
僕のことを殺す瞬間、確かに男性の笑い声が聞こえた。
兜の奥からだから、ややくぐもっていたけど、性別を間違えるほどじゃない。
「うん、笑い声からいって、男性だと思う」
「やっぱり、あなたに対しても笑うのね。剣を突き立てる時かしら?」
「そうだね……殺される瞬間だ」
他人に説明していると、客観的に見れる反面、出来事の異常さに寒気がする。
互いに少し沈黙したあと、彼女が切り出す。
「殺された直後に目が覚めて、すぐに痛みが追いかけてくる……これが毎日続いている」
静かに頷く。
「基本の共有はこんなところかしら」
何か質問はあるかと聞かれたけど、成宮さんの確認で十分だった。
「じゃあ、気になるところをあげていくわね。まず、私からいいかしら?」
さっき彼女が驚いた表情を見せた件だろう。
「部屋の扉が開かないこと、どうして分かったの?」
「え? そりゃ、開けようとしても開かなかったからだよ」
「あなた……ドアを調べる余裕があったの?」
「鎧の男が入ってくるまで、少し間があるから、その時に。どうにかしたら、鍵がなくても開くかも知れないし」
僕の発言に、成宮さんが考え込む。
なんだ? 何が気になってるんだ?
「私の場合はね、扉について調べる余裕がないの。目が覚めた途端、鎧の男が入ってくる」
「すぐに? 相手は成宮さんが現れたことが分かるのかな?」
「たぶん、そう。待っているのよ、殺す相手を」
ひどいヤツだ。
そこまで執着される理由が僕らにあるだろうか?
「でも、あなたには時間があって、なぜ私にはないのかしら」
「順番が決まってるのかな」
「それはありえるわね。先に女、次に男……か」
「やっぱり、女性のほうがか弱いし」
成宮さんは首を傾げる。
「あなた、私のこと、案外知らないのね」
「あらゆる才能にあふれてる……というイメージ」
「才能……ね。努力は見せない主義だけど、あまり好きな言葉ではないわ」
「ああ……ごめん、成宮さんの努力を軽んじたわけじゃないんだ。ホントに知らなくて」
「素直に謝る人ね。まあ、いいわ。私の実家、剣道場があるの。おじいちゃんが、その道の権威らしくて」
そんな家、本当にあるんだ。
「だから、相手が剣を使ってくるとはいえ、簡単には殺されてやらないわ。反撃する機会を伺ってるんだけど、あの軽装じゃあね。いつも体力が尽きておしまい」
そんなことしてるのか。
僕は状況に抵抗する気なんてなくて、いつもあっさり殺されてた。
「……私の悪あがきのせいで、あなたの部屋に行くのが遅れてるのかしら」
「でも、成宮さんが戦っているような物音は聞こえてこないけど」
「そうなの? 剣の消耗を狙って、相手の剣をすんでで交わして、壁に空振りさせたりしてるんだけどな」
「変な言い方だけど、成宮さんが殺されてしばらくしてから僕は現れてるのかも」
「なるほどね……」
そうだ、互いの性格上、決定的に違う……と思われる要素がある。
「何か時間差を生んでる要因が……」
「あのー、もしかして」
「何か思い当たることが?」
成宮さんが身を乗り出す。
「就寝時間とか」
「就寝……寝る時間?」
僕はもともと夜更かしで深夜に寝ている。
成宮さんは、規則正しい生活を送ってそうだから、早めに寝るんじゃないだろうか。
「私は10時までには寝ているけれど、あなたは?」
「2時……かな?」
「2時!? 次の日になってるじゃない!」
「高校生としては一般的でしょ? むしろちょっと早いというか」
「早くないでしょ」
じーっとこちらを睨みつけた後、やれやれと肩をすくめる。
「そのおかげで時間差の謎が解けたからいいけど」
「ここ最近、寝るのが怖くて」
「そうよね。私は生活リズムを変えるのも悔しいから、普段通り寝るようにしてるけど」
「さすがだね」
なんだか褒めて欲しそうだったので、褒めておく。
「生活パターンの維持こそが、健全な魂が宿る秘訣……って、それはいいの!」
睡眠時間が時間差の原因か。
もし、早めに寝たらどうなるんだろう?
そう提案すると、成宮さんも同じことを考えていた。
「試してみましょう。今日は早めに寝てもらってもいい?」
「早め……何時かな?」
「そうね、検証の確度を上げたいから……8時には寝られる?」
「8時……寝られるかなぁ」
僕が困った顔をしていると、
「そうね、いきなりリズムを変えるのは難しいわよね。大丈夫、そのために今から特訓しましょうか」
特訓?
日常生活で聞き慣れないワードだ。
「え、遠慮しておくよ」
及び腰の僕に対して、成宮さんが笑顔で迫ってくる。
「特訓すれば汗をかいて疲れてぐっすり眠れるわよ」
「でも、もう遅い時間だし」
「まだ日も沈んでないじゃない。さ、行くわよ」
成宮さんは意外に強引だ。
認識を改めないとな。
そんなことを考えながら、成宮さんの背中を追いかけた。