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悪夢の塔  作者: 相沢メタル
第一章
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第4話 『僕を追う彼女の瞳』

 大丈夫かと心配してもらったのに、僕は返事もせず、ゆっくりとベッドに向かう。

 彼女の目が追いかけてくる気配を感じる。

 机の上に置いてある用紙に、訪問時間を記載する。

 理由もなく保健室を訪れる生徒が増えたため、名前と時間を記入する仕組みになっている。

 僕は先生から指示を受けてここにいるわけだから、後ろめたいことは何もない。

 何もないのに、背後の視線が痛い。

 用紙には彼女の名前も書いてあった。


 成宮、ひかり。


 止めはねのしっかりした、丁寧な字だった。

 少し硬めだけど、読みやすい綺麗な字。


吾妻あづま先生なら、席を外してるわよ」


 字をのぞき見ていたのをとがめられた気がして、焦って振り返る。


「な、なに?」


 彼女もびっくりした顔をしている。

 普段の冷たい雰囲気が溶けて、歳相応の柔らかい表情になる。

 やっぱり、きれいだな……。

 いつの間にかそんなことを考えていた。

 体温が上がる。


「べ、別に、吾妻先生に会いにきたわけじゃ、ない」


 緊張して、まともにしゃべれない。


「ごめんなさい、そういう意味じゃなかったの。事実として、伝えただけで……」


 そうだ、彼女が嫌味を言うはずがない。

 単に、吾妻先生が席を外していることを教えてくれたに過ぎない。

 僕を見つめていたのも、体調を悪そうな様子を心配してくれたんだろう。


 ふうっと息を吐いて、気を落ち着かせる。

 保健室の中を見渡すと、確かに吾妻先生はいないようだった。

 吾妻先生は保健室の教員で、その容姿から、つまり美人なので男子生徒に人気がある。

 最近は落ち着いたものの、一時期は大した怪我もしていない、あるいはまったく怪我のない頭痛が痛いなどとうそぶく生徒が押し寄せて問題になったことがあった。

 当の本人は「動機は不純だが、案外本当に悩みを抱えいることもあるぞ」と飄々(ひょうひょう)としていたけど。

 そのサバサバした性格が、また独特なカリスマ性となって女子生徒にもファンがいると耳にしたことがある。

 僕はどちらかというと苦手なのだけど、吾妻先生には気に入られてしまったのか、ことあるごとに用事を頼まれることが多かった。 


「授業中に、気分が悪くなって、それで、寝に来たんだ」


 相変わらずの片言で、僕は成宮さんの視線を振り切って、カーテンを勢い良く閉め、ベッドに潜り込んだ。

 成宮さんはこれ以上言うことがないのか、黙っている。

 静かになると、それはそれで気まずい。


 いや、話すことも、話す必要もないはずだ。

 彼女、成宮ひかりは有名人だ。

 同級生はもちろん、下級生から上級生まで、彼女の名前を知らない人はいない。

 しょっちゅう告白されては、その度に断っているという噂を聞く。その時に、お詫びの品を手紙付きで渡すものだから、諦めきれない生徒が死屍累々(ししるいるい)なんて話も。


 風に揺れる、しっとりとした絹のような、長い黒髪。

 強い意思を秘めた瞳。

 ざわめきの中でもよく通る声音。

 これで成績優秀なんだから恐れ入る。

 武道をたしなんでいるなんて噂もあって、まさに文武両道だ。 


 その彼女に声をかけられて、まして同じ空間にいるとなれば舞い上がらないはずがないけど――。

 今は、彼女の存在すらうとましかった。

 悪夢のことで頭がいっぱいで、それ以外のことは考えられない。


 もう、考えることすらイヤだ。

 とにかく、横になっていたい。


 ベッドに横になり、目を閉じる。

 眠気が襲ってくる、でも、寝まいと必死にあらがう。

 寝てしまえば、白昼とはいえ、悪夢の世界に迷い込むかもしれない。

 眠いのに眠れない。これも僕を肉体的に傷つけていた。


「ねえ」


 カーテンの向こうから、成宮さんの声がする。

 僕は聞こえなかったふりをする。


「ねえ……起きてるかしら?」


 寝ている人は返事をしないだろう。

 彼女がそのことに思い至らないだろうか。

 いや、こちらが起きていることを分かっているのだ。

 とすると、寝たふりはまずい。

 こちらが無視していることがばれてしまう。

 仕方がなしに、返事をする。


「起きてるけど……何か用?」


 どうせ大した用事じゃだろうと高をくくっていた。

 けど、彼女が発したのは、


「終わらない悪夢を、見てる?」


 予想外の言葉だった。

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