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「たぁっ!」
ナメクジの。そのとてつもなく巨大な体に剣を叩き込む。
弾かれるか、と思ったが、通路のナメクジと感触が異なる。
ずぶり、と剣が体に沈み、傷を負わせることに成功する。相手がどれだけダメージを受けているかは分からないけど…。
「はっ!」
成宮さんも残り少ない弓矢を、相手の顔面を狙って射る。
ぶすり、と弓矢が突き刺さる。
コイツ…体が柔らかいのか?
剣を弾く強靭な弾力を持っていた通路のヤツと違い、攻撃が簡単に通る。
「効いてるのか、分からないわね…」
僕らの意志が伝わったのか、主のナメクジが怒ったように叫ぶ。
「ぶがおぉぉぉもうぅん」
どうやら、僕をターゲットに据えたらしい。
図体が大きいせいで、動きは鈍重…けど、電車ほどの巨体が旋回し近づいてくる様子は凄まじく恐ろしかった。轢かれでもしたら、全身を砕かれて絶命するだろう。
成宮さんから敢えて距離を取り、ナメクジを自分の方へ誘導してみる。
ゆっくりと、着実に近づいてくる。
恐ろしい威圧感があるが、何かしてくるわけではない。
部屋の隅に追いやられないように注意しながら、側面に回り込み、斬りつける。
効いているか分からないので、何度も何度も、縦斬りや横切りを混ぜ、どんどん傷をつけていく。
傷口から青い体液がこぼれ始め、ようやく効いている実感が湧く。
「コイツ、デカイだけか…!」
盾を構え、正体不明の体液を被らないように気をつけながら斬りつ続ける。
いつの間にか成宮さんも接近し、短剣で斬りつけ始めていた。
僕の様子を見て、残数の限られる弓矢を使わずとも、近接攻撃で十分だと判断したのだろう。
少し安堵し始めたその時、ナメクジがこれまで以上に力強い雄叫びをあげた。
「ぶおぉぉぉぉぉぉおぉむぅぅ!」
そして、その巨体からは想像できない素早さで身を起こした。
「うわっ」
「離れて!」
尚も叫び続けたあと、体の全面に大きな穴が開き、そこから黄色い体内がのぞき始めた。
穴はどんどん広がり、次第に体全体を覆っていく。
「反転してる…」
「そんなバカな」
異常な光景に、僕らは静かに身を寄せ合う。
もはや、体の中と外は完全に入れ替わり、体全体が黄色くなっていた。ナメクジの姿は留めておらず、黄色い崩れた肉塊という見た目だ。
そして、動いた――
――ばかんっ!
「っ?!」
足元床板を黄色い触手が貫いた音だった。
速すぎて、目に追えない。
――ぶおんっ!
顔の横を触手が通り過ぎ、風圧が頬を撫でる。
「マズい…僕の背後に」
成宮さんを背後に誘導する。
身を守るには心もとないが、盾を持っているのは僕だ。
成宮さんは不安そうな表情を浮かべながらも、前を任せてくれる。
触手の嵐が始まった。
部屋中を黄色い触手が暴れまわる。
盾で防ぎきれるわけもなく、手足や体を少しづつ貫かれ始める。
凄まじく痛いが致命傷ではない…しかし、それも時間の問題だった。
ただ盾を構えて縮こまり、嵐が過ぎるのを待つことしかできない。
嵐が過ぎ去ったとき、既に僕たちは傷つき疲れ、息も絶え絶え、立ち上がることすら困難な状態だった。
ナメクジはゆっくりと反転し始め、再びとも元の姿に戻った。
そして、ゆっくりと、確実にこちらに迫ってくる。
「はあ…はあ……」
地べたを這いずりながら、必死に逃げる。
でも、逃げ切れない。
「あっ」
成宮さんが身を崩す。
――ぱりん。
音を立てて、ネックレスの中心に付いていた宝石が割れる。なんだ…イミテーション…ガラスだったのか。今はどうでもいいことだ…。
「あついっ!」
直後、成宮さんが悲鳴を上げる。
触手の痛みにしては、熱いというのは変だ。
「ど、どうしたの?」
「しまってた石が…見て!」
罠の通路を抜けたあとの小部屋で見つけた不思議な石。これが燃えるような赤色に染まっていた。
「どうして…?」
「ネックレスの宝石が壊れたから?」
「…この形」
成宮さんが石をネックレスに重ねると、ぴたりと宝石があった場所にはまる。まるで、最初からそこにあったかのように。
「一体なんだ…? くそっ」
いつの間にか、ナメクジが至近距離に迫っている。もう、剣を振るう力もない。
成宮さんが最後の弓矢を放とうとする。
最後まで諦めないのは彼女らしい…そう思った時――
――ぼっ…
「!?」
弓矢の先端が赤く燃え上がった。
松明から燃え移したのとは違う、もっと力強い熱量を感じる明かりだった。
その火が矢全体に広がる。
不思議なことに、弓には燃え移らず、熱くないのか成宮さんが弓矢を放り出すことはなかった。
なぜ――疑問に思うと同時に成宮さんが火矢を放つ。
ナメクジにあたり、盛大に肉体を焦がし溶かす。
「す、すごい…」
窮鼠猫を噛む反撃に、怒り狂ったナメクジが反転し始める。
またあの嵐が。
僕らは身を寄せあい、再び盾を構えた。




