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 夏川がバイトを始めたのは大学に入った年の六月だった。大学にあるバイト情報の掲示板を見て、家から歩いて行ける場所であり、経験不問と書かれていたので電話で応募した。キッチンスタッフを希望した。

 チェーン店ではないファミレスのような店で、面接はある程度予想していた質問をされた。実家が中華料理屋で手伝い程度だが厨房に入ったことがある、と話したがそれがどう受けとられたかはわからない。

 面接は緊張した。何となく面接をしている店長も緊張しているようだった。終わった後、「何度やっても馴れないな」と言って笑っていた。後日、採用の旨を伝える電話がきた。

 最初のうちは厨房のアシスタントのような仕事で、皿洗いや盛りつけが主だった。そのうち、空き時間や営業時間外に調理を教えてもらい、練習もした。バイトの先輩に教えてもらうこともあれば、店長が直々に指導してくれることもあった。

 メニュー表の写真を参考に盛りつけをするが、うまくできないことがたまにあった。どうしても実物よりも写真の方がおいしそうに見えることがある。

 夏休みのある日、店長が新メニューを追加すると言って、作り方を教えてくれた。試作品をつくり、思ったよりもうまくできたので写真に撮ろうと思い、休憩室まで持って行った。

 ロッカーの中の鞄からスマートホンを取りだして真上から写真を撮る。が、撮った写真に写ったものはあまりおいしそうではない。何度か撮り直したが、メニューの写真のようには撮れなかった。

「夏川君、おつかれさま」

 後ろから声をかけられたので驚いて振り返った。バイトでも大学でも先輩の、フロアスタッフの天水が休憩室の入ってきたところだった。

「おつかれさまです。天水さん。これ、新メニューの試作品なんですが、よかったら食べませんか?」

「おおー、いいの? おいしそう」

 料理は少し冷めてはいるが、まだ湯気がたっている。

「なんか、ありがとうございます」

「これはぜひ撮らないと」

「とる?」

 天水はロッカールームに入って、出てきたときには黒いデジタル一眼レフカメラを手にしていた。

「なんですか、その、プロっぽいのは」

「バイトのお金で手が届く値段だよ」

「そういうのを使わないと、メニューのような写真が撮れないんですか」

「メニューの半分くらいはこのカメラで撮ったしね」

 天水はカメラを少しもちあげて言った。

「え? 誰がですか」

「私が」

「そうなんですか」

「そうなんです」

 彼女は誇らしげだ。

「実はさっきこれの写真を撮ったんですが、思うようにいかなくて」

「見せてもらえる?」

 夏川はスマートホンを渡した。画面を見て、料理を見て、天井の蛍光灯を見上げた。そして、おもむろに試作品の乗ったテーブルを動かしはじめた。

「大事なのは光の強さと角度だよ。強さを調整するのは手間がかかるから、角度だけ変えてみるよ」

 窓の方にテーブルを移動させ、一眼レフカメラではなく自分のスマートホンを構えて写真を撮った。その後、夏川に液晶を見せた。つやのある、美味しそうな料理の写真だった。

「ぜんぜん違う。おいしそうだ」

 と、夏川は感想をもらした。

 料理が冷めてしまったことに気付いたのは、何枚も角度を変えて写真を撮った後のことだった。

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