四
天水の紹介というこで、電話で言っていたとおり面接は形式だけのものだった。大学のことを話したり天水の小さいときのことを聞いたりした。
仕事内容は、話を聞いた限りでは古泉が思っていたとおりだった。接客して、コーヒーを淹れて、簡単な料理をする。料理は好きなのである程度はできる。接客はなんともいえない。コーヒーについては、素人が淹れたものでいいのだろうか。研修の時に聞いてみると、
「何回かやってみればうまくなるよ。俺だってちゃんと学んだわけでもないし」
と、店長の芹沢に言われたが、実際にやってみるとどうしても芹沢の淹れたコーヒーとは差が出てしまう。それに、彼は何度やっても同じようなコーヒーになるが、古泉のものにはムラがある。年季の差だろうか。
しかし、彼女は初めからうまくできるとは思っていなかった。簡単そうに見えて技術がいるということはわかっていた。できないのならば、放り出してしまうのではなく、できるようになるためにすべきことがある。
「家で練習したいので、使っていない道具がありましたら貸してください」
「どうぞどうぞ。棚の下の方に入っているのならだいたい大丈夫だ」
カウンターの中には大きな木の棚がある。見たところ漆塗りのようだ。使う機会が多い器具は棚のガラス戸に入っていて、開けたところを見たことがない棚の下の部分はあまり整頓がされていなかった。
「まずは、ここの整理をしたいのですが」
古泉は冷ややかな目線を向けた。
「願ってもいないことだ」
整頓は三十分程度で終わった。
「終わりました。見えないところだからって手を抜かないでください」
「はい」
芹沢は素直に返事をした。帰り際に、
「そうだ、コーヒーの粉もあげよう」
と言われ、密閉されたアルミの容器ごとコーヒー粉を受けとった。
「ありがとうございます」
「練習の成果を楽しみにしてるよ」
そう言われたからというわけでもないが、古泉はその日からコーヒーを淹れる練習を始めた。コーヒーを飲み過ぎて気分が悪くなることもあった。天水にも何度か飲んでもらった。
喫茶店は、江戸時代の風情を感じさせる(と観光ガイドに書いてあった)町並みの中にあり、喫茶店自体も、かつて蔵として使われていた建物を改装したものだ。この辺りは観光地になっているため、週末は観光客が多く来店するが、平日は常連ばかりだそうだ。
研修二日目、古泉が喫茶店に来ると、見覚えのある女性を紹介された。
「古泉さん。彼女がバイトリーダーで教育係で料理担当で……他に肩書きはない? 二つ名とか」
芹沢がそう言うと、
「ないですよ。だいたい、バイトリーダーなんですか、わたし」
と、女性が抗議した。
「うん」
「初耳ですよ」
「肩書きだけだから」
「時給上がったりは?」
「しない」
「じゃあどっちでもいいです」
彼女はあまり残念そうにでもなくそう言ってから、古泉の方に向き直った。
「えっと、霧島涼子といいます。わたしがバイトリーダーらしいから、何かわからないことがあったら聞いて。店長と話すとたいてい脱線するから」
「よくできたスタッフがいてくれて俺は幸せだ。上がだらしないと下が育つって本当なんだってあらためて実感したよ」
「まさに、こんな感じで」
笑顔の霧島につられたように、古泉も目を細めた。
「わかりました。古泉蓮、大学一年です。これからよろしくお願いします、霧島さん」
「こちらこそよろしく。あ、私は大学二年ね」
手を差し出されたので、古泉はそれにこたえた。握手をして、握った手を上下にブンブン振られた。
その日から霧島に、仕事の手順や料理について教わった。芹沢は時々具合を聞くくらいで、霧島のシフトが入っていないときはコーヒーの淹れ方を教えてくれた。
年が明けてからは、一人で接客や料理を任されることもあった。