第十三話
――すべてが崩れ去ってしまった。
大切に大切に守り育てていた愛らしい花が、枯れてしまった。
寄り添う綾奈と智也を見た薫が得たのは、そんな感覚だった。
初めて、好奇心や興味本位を抜きにして、暖かく接してくれた人だった。
“普通の”人に向ける温かい笑顔を、自分にも向けてくれた。
普通じゃない――そんな自分に、笑ってくれたのだ。
『あたし、櫻井綾奈って言うんだ。あの、名前は……?』
『おはよう、宮野くん』
『だってあたし、宮野くんともっと話したいんだもん。宮野くんともっと接したい』
いつかの綾奈の優しい言葉が薫の頭で地鳴りのように響く。
それは甘美なほどに幸せな言葉たちだと言うのに、何故か頭が痛かった。
そして、現実でなければいいと願い、縋るようにして前を向けば――やはり見間違いなどではなく、しっかりと寄り添っている二人がいた。
その衝撃は大きく、まるで銃でも撃たれたかのようだった。
「……っ」
薫はもうその場に立ち尽くすこともままならず、崩れるように座り込んだ。
好きなのに。
こんなに好きなのに。
はじめて抱いた感情なのに。
(綾奈ちゃんと……一緒に、いたいのに、)
(一緒に、笑いあいたいのに、)
はじめて、“人”として幸せになれると。そう思ったのに。
「どうして…………」
頬に冷たい雫が伝う。
「どうして、なの」
薫は零すように声を漏らす。
薫はこの涙の意味を知っていた。
そして、淀んだこの感情が「絶望」という名を持つということも知っていた。
何度も何度も、身に受けてきたのだから。
以前「俺は綾奈と付き合っている」と智也は言っていたが、そんなことは信じられなかった。否、信じたくなかったのだ。
そんなの嘘だと。あの子はあいつのものなんかじゃない、と、必死に自分にそう言い聞かせてきた。
けれど――。
薫はもう、見てしまったのだ。
智也の言葉は真実だと、何よりも証拠付ける現場を。
「――」
驚くほど白く冷たい指先は、震えていた。
今すぐにでも綾奈を奪いたくて、二人を引き裂いて壊したくて――それでも、何も出来ないもどかしさに震えていた。
幸せになりたい。
彼女と結ばれたい。
願うのはそう贅沢なことではないはずだ。
それなのに――。
「……それなのに、……どうして……」
何故また、一番キライな感情を――『絶望』を感じ得なければならない?
「……綾奈ちゃんは」
心は、悲しみの一番底まで落ちた。
「……僕の、ものなんだ」
それならもう恐れるものはない。後は、上へ上へと這い上がるだけなのだ。
「綾奈ちゃんは、僕のものだ。……ぜったいにだれにも渡さない」
いつの日か言い放った言葉を、もう一度――。
再確認するように、薫は一度強く巳の手を握った。
――彼女を奪うためなら、もう手段は選ばない。そう決心して。