第二幕『月影に夜風の匂い』第一場
「――そういうわけで、ボクはセデュとつきあうことにしたから、君とハリウッドには行けない! ゴメン!」
カフェのテーブルに頬杖ついたマルセルは半眼のにやにや笑いを引っ込めようともせずに、「そうかい」と軽く言った。
「とうとうアイツも覚悟を決めたか。それはそれは」
「君にはいろいろ迷惑かけたね! 八つ当たりとか一杯して悪かったよ! ゴメンね!」
「僕もまあ、下心ありきで君に迫ってたわけだから、それはいいんだけど」
「うん」
「…アイツとはどこまで行ってるの?」
「え?」
「いやあ、気になるなー、僕の前だとあんなに暴れてお転婆だった君が、アイツを前にしたらしおらしくなるのかな? どんな君でも魅力的だけど――」
「人の恋人を口説くんじゃない」
ぬっとテーブルに影が落ちて、むっつりとした仏頂面の長身の男が脇に立つ。
ボクの恋人――正確には、一昨日恋人になったばかりの、セデュである。
「セデュおはよう! 時間よりだいぶ早いけど大丈夫?」
「おはよう。他の男と会うのならそう事前に伝えておいてくれ。予定を調整して同席する」
「ハリウッド行きの件、断ってたんだよー。まだ仕事が決まってるわけじゃないとはいえ、いちおう一回は承諾したことだし、信用問題は仕事にも差し障るって君もいつも言ってるだろー?」
椅子を引いて早速同席するセデュに陳述するも、彼はにやにや笑いを浮かべたままのマルセルを睨みつけてばかりでこっちを見ない。…いや、いくらボクだって恋人ができてその二日後に日中から堂々浮気なんてしないんだけどな! かなり心外だぞ!
「君とのこと聞いていたんだ。君は顔のわりに奥手そうだからちゃんと満足できてるのかな? って思ってね。物足りなくなったらいつでも僕が相手になるけど」
「……」
図星をさされて黙り込むセデュである。たしかにセデュはその見目麗しい美貌に反してすごーく奥手だし、恥ずかしがり屋だし、お堅くて生真面目で前時代の遺物みたいな道徳観念のもちぬしだ。厳格な父さんみたいな。そういうとこも、好きなんだけど。
「はいはい、ありがとね。申し訳ないけどボクらはラブラブだから。君の出番は当面ないからその点了承しておいてほしいな!」
ぐいっと隣に掛けたセデュの腕に自分の両手を絡みつかせながら言い放つ。マルセルは呆れたように天を仰ぎ、セデュはといえば――
なんか真っ赤になって口をパクパクさせてる。アジアのほうに生息してる、金魚みたいだ。おもしれー。
「じゃあもういいかな? ボクらのラブラブぶりを見学したいならもう少しここにいてもいいけど」
「ご馳走様。僕も馬に蹴られたくはないからね。退散するよ。僕は来週ハリウッドに発つけど、また何かあったら連絡して」
「ありがとー。じゃあ、気を付けてね」
「Salut. 」
無言でセデュとマルセルはレシートの取り合いをしていたけれど、一瞬の隙を突いて勝利したマルセルはそいつをひらひらさせながら若干どや顔で、カウンターへと去っていった。
傍観していたボクは空のカップ二つが載ったテーブルからかたんと立ちあがる。話は終わった。ボクにさんざんな目に遭わされたにも関わらず、拍子抜けするほどあっさり手を引いてくれたマルセルを見直す気持ちになりつつボクはセデュの腕を取る。…いや、むしろ、さんざんな目に遭わせすぎたせいかな。ごめんよーマルセル。ありがとね。
「さてと。じゃあデートしようか。どこに行きたい? 何したい?」
つい一昨日からボクのものになったばかりの美貌を見上げて微笑むと、セデュは感極まったみたいな涙目でいる。なんか、嬉しくて仕方なくて、それを必死に抑えているみたいな?
くふふ、かわいいやつだなー。ボクより6歳も年上の、お兄さんなのになー。
ウズウズしてきたボクは目を閉じて唇を突きだす。ちょっとだけ間があって、ちゅっと微かに触れた唇がすぐに遠ざかっていく。
…ものたりないけど、仕方ない。コイツはシャイなのだ。イタリア人とフランス人のハーフとは思えないほどに。
…ほんとはもっとがっついて、舌入れたキスとかしてもらいたいんだけども! それよりもっと進んじゃって、あんなことやそんなこともしてほしいんだけども!!
考えてたらなんかムラムラしてきた。いっそボクから襲ってやろうかな。セデュだってボクのことが好きなんだから、襲われても嫌じゃないんじゃないかな?
案外襲われ待ちだったりしないか?
「なにを考えている…だらしない顔をして…」
「しっつれいだなア! それが恋人にかける言葉かこのー!」
ボクらはがっしり腕を組んで、いちゃいちゃしながら(?)カフェを出た。さてと、今日はこれからどこに行こう?




