第98話 善人は二度死ぬ (5) 〜屍人の夢を見ずに済む方法はありますか?
ヨレンの姿に、ギョっとなる村人たち。
最初に村長の家に入ったときは、ユリオたちの後ろに隠れるようにしていたのである。
「みなさん、驚かないでください」
ヨレンは、言う。
いや、そりゃ無理だろ、とユリオ。どう見ても、まともな生者の顔ではない。
「私はヨレンといいます。実は病気なのです。それで、こんな顔色をしているのです」
ヨレンの説明。顔を見合わせる村人たち。納得したようだ。屍人が地中から這い上がってきたとは、まさか思うまい。
「重い病気で、私の命はまさに尽きようとしていたのです。最後の旅をしていたのです。そこでここに出くわしました。これは天命です。騎士殺しの犯人は私です。私を大森林監督所に突き出してください。1人でやったといいます。たまたま泊まったこの村長の家で、騎士の金に目をつけ、奪おうとして殺した、そう言います。みなさんも話を合わせてください」
「そんな……いいのですか?」
村長は、信じられない、という顔をしている。
「ええ。言いました通り、もうすぐ病気で私の命が尽きます。ですから、身代わりになっても何の問題もありません。みなさんが助かれば、それに越した事はありません」
「あ、ありがとうございます」
「ヨレン様!」
ひざまずく村人たち。
ニコニコするヨレン。
◇
「ルルーシアさん、ユリオさん、エミナさん、これでお別れです」
泊めてもらうことになった部屋で。ユリオ一行とヨレンの4人。
ヨレンはさっぱりとした表情をしていた。相変わらず、ひどい土気色だが。
「本当によかったです。ルルーシアさん、これも全てあなたのおかげです」
ヨレンは、ルルをしっかりと見据え、
「実は、私はもう、この世の者では無いのです。私は牛泥棒として村に吊るされるところを救われた、あの死んだ男なのです」
うん、知ってた、とユリオ。それ、とっくにわかってるから。
「お聞きでしょう? 私は牛泥棒とされたのですが、それはこういう事情です。私は村の貧しいゴサクの家で、手伝いをしていました。奥さんが病気のゴサクは、本当に途方に暮れていました。病気の治療に必要な薬を買う金がなかったのです。そしてとうとう、ゴサクは村の牛を盗んでしまったのです。売って金を作り、薬を買おうというのです。私は驚きました。そんな事はしていけない、と説得し、バレないうちに、と2人で牛を返しに行きました。そこを、見回りに見つかってしまったのです。当然、2人で牛を盗むところだと疑われ、鐘を鳴らされました。うろたえたゴサクは、牛を返して逃げようと棒で牛の尻を叩いたのですが、びっくりした牛は暴れ、いきなり走り出してしまいました。必死に追ったゴサクですが、牛が崖から落ちるのを引き止めようようとして、不幸にも一緒に落ちて死んでしまったのです。私は、これはもうだめだと思いました。村人たちに何を言っても絶対信じてもらえないだろうと。それで森に逃げました」
それから先の顛末。村人に追われ猪に突かれ死んでしまったのである。担がれ運ばれるところ、ユリオたちに出会ったのだった。
「本当に助かりました。私は死んでも死にきれませんでした。助けようとしたゴサクをかえって死なせてしまい、何もできなかったのですから。その思いは、どうしても消えませんでした。そこをルルーシアさんに甦らせてもらったんです。夢かと思いました。どうしてもできなかった最後の人助け、なんとしても、やり遂げたい。そう思って、一緒に来させてもらったのです。折よくここで、身代わりになる人が必要でした。これは私の仕事です。天命です。私の霊魂も、ずっとこの地上にとどまっているわけにはいきません。数日で消える運命だったのです。これで何の思い残しもなく消えることができます。一度は死んだ身、最後に人助けができて、本当によかった。ルルーシアさん、ありがとうございます」
ヨレンは、ペコリ、と頭を下げた。
晴れ晴れとした表情。
◇
村長が呼びにきた。
ことの解決は早い方がいい。ぐずぐずしてはいられない。もう夜であったが、ヨレンは村長と一緒に、村の若者の松明に囲まれて監督所へと向かった。
残されたユリオたち。
部屋の敷物の上で、雑魚寝。
ともあれ、あの屍人との一泊をどうするか、もう考える必要はなかった。
なんだかいろいろありすぎて。大森林2日目も、ルルの寝顔を見るどころではなかった。
夢の屍人の顔が出てきて、思わず悲鳴をあげた。
◇
翌朝。
村人に丁重に送られてユリオ、ルル、エミナの3人は出発。
ほっとした表情の村人たち。
貧しい村。
別れ際に、金貨6枚を贈られた。
村人たちに、お礼をしたいがどうすればいいかと問われたヨレンが、礼ならユリオたちにしてくれ、と言ったのである。
ユリオは要らないと断ったが、村人たちがどうしてもと言うので、受け取った。
結局、金貨5枚でヨレンを助け、それが6枚になって返ってきたのである。
ここから先、金貨の必要もあまりなさそうだが。
「なあ、ルル」
歩きながら。朝からずっと黙っている美少女に、ユリオは、
「そろそろいいだろう? 教えてくれよ。一体お前は何をあいつにしたんだ?」
「う、うん」
ルルは、頬を少し染めて。
「説明するね。ヨレンを埋葬する時。どうしようかと思って……他に方法がなかったから、あの人の残留思念、霊魂を使うことにしたの」
「えっ?」
なんだそりゃ。
「凄く強い残留思念が視えたの。強い想いの人が、想いを果たせぬまま亡くなった時、しばらくの間、霊魂が地上に残るのよ。それではっきり視えたの。ヨレンは、どうしても助けたかったゴサクを助けることができず、自分も死んでしまった。このままじゃ死に切れない。あの人の、人を助けたいという思い、本当に強かったの。だから、大きな霊魂が視えたの」
なるほど。ルルは、牛泥棒の件が誤解だというのを、最初からわかっていたんだ。それでヨレンの遺体が公開晒し刑になるのを、防いだんだ。
助けた死体。
どうやって埋めるか?
そこでルルは、魔法を使ったのだ。
「はたらけ、はたらけ、ネクロマンシー!」
ヨレンの遺体の前で、そう唱えた。
「死霊使いの魔法よ。霊魂を実体化させ、動かすの。あれこれの作業、やってもらうことができる。あくまでも残留思念、霊魂の力を使うから、私の魔力放出は、ちょっとでいいの。で、霊魂に穴を掘ってもらったの」
唖然となるユリオとエミナ。
死者を埋葬する穴を掘るのを、死者の霊魂に死霊使いの魔法でやらせる。
なんだかちょっとそれ……かなりタチの悪いギャグというか……かなりな反則じゃね?
なるほど。あんまり見せたくない光景だから、ユリオとエミナに見るな、先に行ってろと言ったんだ。
この美少女クラス委員長優等生も、夜の森で必死に素手で穴掘りなんて、嫌だったんだ。
で、悪趣味ぽい反則技を思いついた。
うーむ。そういうことか。
それできまり悪そうにしてたんだ。
ルルは、今もモジモジしている。
「穴を掘って遺体を安置して、土を被せてもらってそれで終わり。そのつもりだったの。でも、ヨレンの残留思念、霊魂はとても強く大きかった。私の死霊使いから離れ、自分の屍体に乗り込んで動かし、私たちを追いかけてきたの。果たせなかった人助けの思い、なんとかしたかったのね。どのみち霊魂は数日で消える。だから私は、そのままついてきてもらったの。他にしようがないし」
なんだ、その話は。
死霊使いで、本当に復活しちゃったんだ。屍人ぽい感じだったけど。
でも。
人助けのヨレン。
無事に、困っていた村人を助け、満足して、霊魂は消えることができるんだ。
大森林監督所に出張したら、騎士殺しの罪で処刑され、ルヴォンの広場に吊るされるだろう。牛泥棒として村に吊るされるより、罪人としての格は、ずっと上がったわけだ。
これでよかったのだろうか。
ユリオの金貨は、1枚増えた。
善人のヨレン。
ユリオにも、確かに善きことをなした。
( 善人は二度死ぬ 了 )




