第70話 女毛皮商人のルーリャ (1) 〜大森林の名物はなんですか?
馬を手に入れたユリオ一行。
西の大森林はもう間近だ、このまま馬を飛ばしていこう、となった。
なるべく旅商らしく、そして安全を考えこれまで乗合馬車を使ってきたのだが、馬の旅でも幾宿か問題なく進めた。
ルルは、ずっとユリオの後ろに乗っていた。
後ろからしっかり抱きついてきてくれるかも、と期待していたユリオだったが、ルルがしっかり掴まっていたのはユリオの腰帯だった……
とうとう。
一行は西への街道の終着点、ルヴォンに着いた。
ヴァルレシア王国西部に広がる大森林ルヴォニア。その入り口の都である。
「結構、栄えてるな」
都の広場を歩くユリオ、ルル、エミナの一行。
ルヴォン。
なかなかの大都市である。
活気がある。
だが、王都やドルジェとは、明らかに毛色が違う。
ここは、ルヴォニア大森林の産物の集散地であり、大森林へ行く狩人、猟師、採集者、採掘者、冒険者、林業関係者の拠点なのである。
従って、広場の商店には、森林で狩られた鳥獣肉に毛皮、牙、珍しい茸に香料香木、霊草霊薬など、他所では見られないものが、ずらりと並んでいる。
物珍しい産物に、目を奪われる3人。店先には蝙蝠がぶら下がり、熊の頭なんかも飾ってある。
「凄いな」
「狩人の都ね」
「エミナも、狩りは大好きです!」
大森林の産物を買い付けに来る商人の宿も整備され、賑わっている。
狩人の都ルヴォン。
決してお洒落な都ではない。
荒っぽく、無骨で、ざらついた空気の都である。
人々の目つきも、どこか鋭かった。
「とりあえず、飯にするか」
宿に馬を預けたユリオ一行、都で一番の料亭へ。
ちゃんとした宿だ料亭だがあるのも、このルヴォンが最後だ。
せいぜい鱈腹詰め込んどかなきゃ、という算段。
ルヴォンの料亭。
自慢料理は、もちろん狩猟肉。王都やドルジェのような、凝った料理は出ない。無骨で、豪快で、野趣に富んだ料理ばかり。
ユリオ一行、鹿の内臓と森林の茸の煮込みなんぞを注文する。狩猟肉は王都や大都市にも出回っているが、ここ本場のは鮮度が良いし、内臓など、他所に出回らない食材も豊富である。
太い樹の切り株をそのまま削って作った卓を囲むユリオたち。
待ちかねた煮込み。大森林の豪快さで、鍋ごと運ばれてきた。
「こりゃ、凄い」
さっそく食欲を発揮させ、猛然と料理に取り掛かる3人。
店内に、お洒落で気取った客はいない。ワイワイ大声で騒ぐ、荒ぶった雰囲気の客ばかり。一仕事終えた狩人猟師に採集者、木樵、森林の産物を扱う商人。
それに。
密猟者、密輸密売商人もいるのだ。これ見よがしに、高価な宝石の指輪に首飾りを見せびらかしている。
◇
ルヴォニア大森林は、王国の直属管轄地である。しかし、みんな勝手に入り込んで狩猟に採集、伐採、それにどこにあるかもわからぬ金鉱銀鉱の探索なんぞを行っている。
広大な森林、全部取り締まるのは、王国にはとてもできないのである。
通常の鳥獣草木類は、王国公認の狩人組合猟師組合に加入し一定の森林税を支払えば、獲り放題となっていた。獲物は好きに売って良いのである。
一方で、大森林の産物で特に重要なものは、禁制品として、厳しく管理されていた。
輸出商品として特に重要で高価な貂の毛皮や、魔法薬調合に必要な霊草霊薬、希少な鉱物鉱石などである。
これらは獲ってもよいのだが、ルヴォンにある大森林監督所に申請し、王国がすべて買い上げることとなっていた。
勿論、王国の買い上げ価格より、他国に持ち出して売りさばいた方が、高く売れる。
せっかくの獲物を、わざわざ王国に申請する者の方が少なかった。当然である。
そこで密猟密売密輸の横行となっていた。
密猟者密売人密輸商人ほど羽振りが良い、と言われる。大森林産物経済の約3割は、密猟禁制品と言われていた。
密猟密売密輸を取り締まるために王国の大森林監督所があるのだが、その目と鼻の先で、王国の禁制なんてどこ吹く風と密輸商人が幅を利かせ、潤っている、それが王国の西端、森林都市ルヴォンであった。
どこか秘密めいた、荒っぽい都となるのも、当然である。
密猟者密売人を大森林監督所の捕吏が追いかける捕物も、この都の普通の風物詩であった。
◇
都の裏表の詳しい事情は知らないユリオ一行。
ルヴォン自慢の狩猟肉料理を、堪能する。
「いやー、食ったな。でも、大森林に入ったら、もう店なんてないからな。こういうのも、食い納めだ。ここでいっぱい食べれてよかったぜ」
「エミナも、もうお腹がはちきれそうです!」
「ここから先、食料はどうするの?」
旅先を案じるのは、ルル。ルヴォニア大森林のさらに奥に、目指す白月王カリ=ミルサの聖地、禁断の森があるのだ。
しばらくは、大森林の中を旅することになる。
うん、それは、とユリオ。
ルルは異世界に来てずっと異端魔法団で暮らしていた。あちこちの旅は経験していない。
それに対しユリオやエミナは、狩りや武人の鍛錬で、無人の森林地帯の踏破や野営は経験している。心得があるのだ。
「ここで、最終装備を整える」
ユリオは、大森林初心者のルルに説明する。
「大森林は、馬じゃ入れない。だから、担いでいけるだけの荷物を持っていく。保存食はたっぷり。でも、なるべくそれは食べない。ここで弓矢を購入して、森林の中で、狩りをしながら進む。狩った獲物から食べていく」
「エミナは、狩りが大好きです! 大得意なのです! 何度も父とともに、森の中で狩りをして過ごしました! ルルさん、私の腕前をお見せします!」
食料の現地調達。森林の長旅となると、これが普通だった。
エミナは早くもウキウキして、ピンク色に顔を輝かせている。
「で、それより」
と、ユリオ。
「俺たちの目的地、禁断の森に入ったらどうなるんだ? そこで食料調達はできるのか?」
これには、ルルも困惑。
「そこまではわからないけど……聖地にも動物がいるはずだから、何とかなるかも」
うむ。頼りにならないなあ。
何とかなるかもって……ならなかったらどうするんだ。誰も知らない禁断の地へ踏み込むなんて考える時点で、無鉄砲の向こう見ずの大莫迦なんだ。
ユリオは、ため息。
「じゃ、保存食は、極力残しておく。森林じゃ、食料は狩りで調達する。それしかないな」
禁断の森じゃ、飲食店だ売店だは、まずないだろう。いざとなれば、アスティオに貰った1粒で3日は保つ元気丸がある。あの切り札があるから、なんとかなる……だろう。そう考えるよりない。
もっとも。
禁断の森とやらで、ユリオがこれまで知っている常識が通用する保証は、何もない。
近づいただけで、冒険者も狩人猟師も、みんな消えてしまうのだ。禁断の地に呑まれた者は、誰も戻ってこない。
やっぱりまずいんじゃないかな。
ここまで来て、気後れしまくるユリオ。だいたい、これはルルの宿命の旅とやらなのだが、ルルは道中のこととか、全然考えてないのだ。異世界へ来てまだ3ヶ月ちょっとだから、旅のことなんかよく知らないのも仕方ないけど。
それで、無鉄砲な突撃をしちゃうんだ。
ヤレヤレな勇者様だ。
ともあれ。
命のあるうちに。
食うだけ、食おう。
これが最後の豪華な食事かも、と、香り立つ森林の煮込みに、かぶりつくユリオだった。




