第65話 賞金稼ぎのアルベロ (4) 〜悪事の横奪りはできますか?
「やあ、こりゃ、どうしたんだい?」
ごく自然な体で、アルベロが、眠り薬を盛られて酩酊状態のユリオに抱きつく。
「こりゃ酷えな。飲みすぎたか? しょうがねえ。介抱するぜ」
よいしょ、と。そのままユリオを抱え、連れて行こうとする。
慌てたのはトナコムの商人と称するキンエイとその相棒。
「お、おい、どういうつもりだ? この人と呑んでたのは、俺たちなんだぞ」
「ああ?」
アルベロは、ギロっと見る。
キンエイも思わず震え上がる凄みの眼だった。
「俺はこの旦那と昔からの知り合いなんだ。あんたらは、今日は久々に会ったんだろう? この旦那は俺が連れて行くぜ、文句あるか?」
低いが、しっかりとした声。トナコム2人組。思わず竦む。アルベロは、ふふん、と鼻を鳴らし、ユリオを抱え外へ。
「おい、お前たちも早く」
慌ててセムトはルルを、ロムニはエミナを担いで外についていく。
宿を出るとき、アルベロは振り返り叫んだ。
「おい、この旦那の勘定は、そこの2人だぞ!」
トナクム商人2人組は、呆気にとられていた。
首尾よく標的に薬を盛って眠らせた。それをそのまま他の誰かに掻っ攫われるなんて、初めての体験だったのだ。
アルベロたちは、急ぎ宿の脇に停めてあった荷馬車に前後不覚のユリオ、ルル、エミナを積むと、発進させる。
たちまち、荷馬車は宿を後にした。
◇
ガトゴト、
ガトゴト、
荷馬車は走る。
御者台に乗っているのは、アルベロである。鞭を振るい、馬を駆っている。
荷台には、敷き詰められた藁の上に寝かされた薬で眠り込むユリオ一行3人と、セムトとロムニの小悪党兄弟。
セムトとロムニ、顔を見合わせる。
何が何やら分からぬまま、とうとうここまで来ちゃった。
「兄貴」
ロムニが囁く。その声は震えている。
「なんだ」
セムトの声も、心なしか上ずっている。
「俺たちとうとう……やっちまった……これ、誘拐だよな」
「……俺たちがやったんじゃねえよ……眠り薬を盛ったのは、あいつらだ」
「でも、薬で潰れたこの旦那たちを、運んだのは俺たちだぜ」
「だからなんだ? 度胸を決めろ。金貨を失くして、はい、残念でしたで済むかよ。少なくとも、失くした分は、取り戻さなきゃいけねえ」
そういうセムトも、青ざめている。空のはず筈のユリオ誘拐計画が、現実になってしまった。いったいどうなってるんだ。
コステクは小さな宿場町である。すぐ町を抜け、人気のない街道に出た。
御者台から、アルベロが振り返る。
「お前ら、その3人の手足を縛るんだ」
「……なぜです?」
「目を覚まして、驚いて急に飛び降りて逃げられたら困るだろう」
「あ、はい」
セムトとロムニ、荷台にあった縄で、前後不覚に眠っているユリオ、ルル、エミナの手首足首を縛る。兄弟にとって、誘拐なんて初めてのことである。もちろん、人様を縛るのも初めてであった。基本的に口八丁手八丁の詐欺恐喝ちょろまかしを得意としている小悪党なのだ。
覚束ない手で、何とか縛りあげる。
「よし、そこに大きな布がある。それを3人に被せておけ。通りかかった奴に、縛った人間を運んでいるのを見られるとまずいからな」
小悪党2人組は、またアルベロに指示に従う。荷台に横たわるユリオたちに、すっぽりと大きな布をかぶせた。
曠野の街道を駆ける荷馬車。
そろそろ日没の時刻だ。
「なあ、兄貴」
また、ロムニが囁く。
「なんだ?」
「ちょっと気になるんだけど」
「何がだ?」
「アルベロの奴は、この攫った男のことを、賞金首のユリオだと思ってるんだよな」
「ああ……そう……だと思う。わざわざ荷馬車まで借りてきて他人の獲物を横取りしたんだし」
「……それにしちゃ、何かおかしくねえか?」
「おかしいって何が?」
「もし、本気で賞金首を捕まえたと思っているなら、代官所に連れて行く筈だぜ。でも、今向かっているのは、逆の方向だ。人気の無い方へ荷馬車を走らせている。こりゃ、どういうことだ?」
「うーむ」
不吉な予感に、額に汗を浮かべるセムト。
「10万パナードの賞金首、簡単に捕まえられるなんて、さすがに奴も思ってないだろう……多分、人気のないところで、しっかり身元を検分しようってんじゃねえのか?」
「うん。で、ユリオじゃない。人違いだと分かった。どうするだろう?」
「……どうするだろうな?」
「俺は、ほんとに嫌な予感がするんだ」
ロムニは、ワナワナと震えている。
「アルベロこそ、追剥を働こうってんじゃないのか? 人気のないところで、この男と連れを身ぐるみ剥いで、殺して埋める。最初からそのつもりだったんじゃないか」
セムトは、ゴクリ、と唾を飲み込み、
「奴は……間違いなく名の知れた賞金稼ぎだぜ」
「そうはいってもよ。賞金稼ぎなんて、切った張ったの荒くれ仕事だ。血を流すのを何とも思ってねえ奴だ。所詮は外道……だいたい獲った賞金だけで食ってけるわけねえし……賞金稼ぎの合間に、いろいろ悪事を踏んでるんじゃねえのか? 俺たちのと違って、もっとでっかくてヤバイやつを」
「そ、そうか?」
セムト、完全に震えている。兄もなんだかんだ小心なチンピラだ。人殺しと関わるなんて、絶対に嫌なのだ。
ロムニ、必死の形相で兄に迫る。
「逃げよう」
「え?」
「今のうちにずらかるんだ。このままじゃきっと、アルベロの目論みに最後まで付き合わされるぜ。死体を埋める穴を掘れ、とか言われる……いや、殺しを俺たちにさせるかもしれん。裏切らないようにな。あいつは強い。絶対に逆らえない。だから、今のうちに逃げるんだ。俺は追剥殺人なんて、絶対に嫌だ。それだけは無理だ。なあ、兄貴だってそうだろ?」
「あ、ああ……そりゃ殺人なんて……でも、俺たちゃ、もう虎の子の見せ金を費っちまったんだぜ。それはどうする?」
ロムニは、しっかりと兄の腕を掴む。
「大事なのは金じゃねえ。俺たちの命よ。命こそ資本だぜ。切った張った、命のやりとり上等の猛獣みてえな野郎とつるんでたら、きっと身が保たない。俺たちのちっぽけな命なんて、すぐ転げ落ちちまうぜ。追剥殺人に一度手を染めたら、絶対に抜けられない。アルベロにいいように使われた挙句、殺されるんだ。そうだ、間違いない、逃げよう。今なら、まだ何とかなる」
セムトは、汗の浮く額に眉を寄せ、
「……そうだな。確かに……おめえの言う通りだ……追剥殺人……それだけはまずい……見せ金をすったのは残念だが、確かに命あっての物種だ。よし、逃げよう」
逃げると決めると、心が軽くなった。さっきからのアルベロの不穏な様子に、心底震え上がっていたのである。
素早く状況判断し、指示するセムト。
「アルベロの奴……まさか俺たちが逃げるとは思っちゃいねえ。そもそもこの誘拐計画を持ち込んだのは俺たちだし。奴が前を向いてる隙に、ここから飛び降りるぞ。そして、茂みの中に転がり込む。いいな」
「大丈夫かな」
逃げようと言い出したのはロムニだったが、とにかく小心なのである。また、心配が先に来る。
「アルベロ、名うての賞金稼ぎ。犬みたいに鼻の利く奴だろ? 逃げても、追ってくるんじゃねえか?」
「おいおい」
セムトは、ニヤリと。
「俺たち、逃げ足の速さなら自信があった筈だろ? やばくなる前に逃げる。それが俺たちだ。逃げ隠れなら、どんな奴にも負けねえぜ」
「……そうだったな。ハ、ハ、わかった。行くぜ。てめえの命のためなんだ。絶対逃げ切ってやるぜ」
「よし。さあ、行くぞ。飛べ!」
セムトの合図で、荷台から飛び降りた小悪党2人。
目の前の茂みにそのまま転がり込んだ。
御者台のアルベロ。
まるで気づかない。
一心に前を向いて、荷馬車を御す。




