第48話 ドルジェの饗宴 (1) 〜金貨で開かぬ扉はありますか?
ユリオ、ルル、エミナの一行。
午前には、ドルジェの都についた。
ドルジェ。ヴァルレシア王国西部最大の都である。逆にここから大森林へ向けて進むと、もう大きな町はない。3人は装備をチェックし、改めて必要なものを買い込む。
繁栄した賑やかな都である。王都ほどではないが、活気に満ちている。威勢の良い掛け声が飛び交うきらびやかな商店や市場をひやかしながら、そぞろ歩きする3人。
広場の高札には。
ユリオ追捕の布告が貼り出されていた。
『ユリオ捕獲は生死を問わず。賞金額は10万パナード(約10億円)』
「ほんとだ」
背筋が冷たくなりすぎるユリオ。タイムマシン爺の言ってた通りだ。こりゃ尋常じゃない。本来、大貴族というのは簡単には殺されないものだが、こんな布告が出回っていたら、みんな目の色変えてユリオを殺そうとするだろう。
「これまでより、一層気をつけないと」
外に出る時は、変装の黒髪の鬘と茶色のくるくる付け髭を忘れない。
でも、心配ばかりしていても仕方がない。
この都でのお目当ては。
「よし、料亭に行こう!」
ユリオが宣言する。
「わーい! です!」
「楽しみ!」
2人の美少女も。
ポルぺでの金貨100デュエル。豊かな懐に胸もふくらむ。観光名所にもなっているドルジェの一流高級料亭に繰り出すのだ。
「たまには贅沢しないと」
「エミナも大賛成です!」
「いいよねっ!」
もう、街には灯がともっている。
3人は、街でもひときわ目立つ立派な料亭の扉を、意気揚々と叩いた。
「おあいにくさまです。皆様をお通しすることはできません。ここは紹介なしでは入れませんので」
現れた店員。冷たく慇懃な態度で言われた。
ぐふ、となるユリオ。
そうか。大公爵の身分の時は、門前払いなんてありえなかった。でも、一流料亭じゃ、これが普通なんだ。この世界、上級と庶民じゃ、完全に生活が分かれているのである。
大体ここは、自家用馬車で来る種族の店だ。店の前の馬車止めでは、外で所在なげに待機する御者従者たちが、冷ややかな目線をこっちに向けている。
ユリオ一行。くたびれた旅装。どう見ても、おのぼりさんだ。
しかし、こういう場合は、
ユリオ、デュエル金貨を取り出す。
「これが紹介料。それでいいだろ?」
「ダメです」
「金はタップリあるぜ」
今度は金貨の詰まった袋を取り出すユリオだが。
「ダメです」
店員の態度、にべもない。支配人も出てこない。きっちりそう対応しろと、教育されているんだ。
金があってもダメか。
「仕方ない。ここは無理そうだ。他所を探そう」
すごすごと店を後にする3人。
「ヤレヤレ、ま、大きな都だ。俺たちでも入れるいい店なんて、いくらでもあるだろ」
「そうです!」
「私は、気取らない店で十分よ」
少し行ったところで。
「もし、旅のお方」
振り向くと。
呼び止めたのは、立派な身なりの中年の紳士だった。タップリとしたガウン様の上衣。家紋が華麗な紋様となって縫い込まれている。一目で貴族とわかる。この手の種族にお決まりの従者は連れていないが。
紳士は、にこやかな目線を3人に向けてきている。
「なんでしょう?」
訊くユリオに紳士は、
「みなさま、あの料亭に行こうとして、入れなかったのですか?」
「ええ。このドルジェの都に来たの、初めてなんです。だから、いろいろよくわかってなくて……お恥ずかしいところを、お見せしました」
「ふむ。あそこは大層お高い店ですが、金を見せるだけでは入れませんな」
金貨にものを言わせて入店しようとしたところ、見られちゃったんだ。これは恥ずかしい。
顔を赤らめるユリオ。
紳士は、鷹揚に笑った。
「ハッハッハ。初めて行った店では、そういう事はよくあるのです。でも、あの料亭は有名ですからな。遠くから来る客も多い。店の方も強気で商売しておりますな。格式を維持するためには、客を選ばねばいけない、などと言っておるのです」
「なるほど。見栄は大事ですよね」
格式序列。それに伴うマナーに見栄。この世界の基本原理である。
紳士は満面の笑顔で、
「どうです、みなさま、せっかく期待した料亭に、入店拒否された。これはとても残念でしょう。よかったら、私と一緒に入りませんか?」
「え?」
目を丸くする3人。この紳士、何を言ってるんだろう?
「私は、このドルジェの者で、トクロン男爵と申します。あの店には、ちょくちょく行くのです。邸はこの都の中心街なので、1人で歩いて通っているのです。ま、仰々しいしいことは嫌いな性質なもので。堅苦しい店もあまり好きでは無いのですが、何しろあの店は本物ですからな。単なる見栄や格式でない、真の美味がある。店の流儀に付き合って通う価値は、十分にあるのです。私の紹介があれば、みなさまも入れます。なに、こうして時々、いろいろな方を、お誘いしているのです。あの料亭は、間違いなくこの都の名物。あの美味を知る人が増えれば、私も嬉しい限りでございます。本来食事と言うのは、格式だなんだ気にせず楽しむもの。どうぞ、夕餉を共にしましょう」
出会ったばかりの貴族、トクロン男爵からの突然の申し出。
顔を見合わせる3人。
「どうしよう?」
太っ腹な貴族の気まぐれか? 貴族というのは、思いつきでいろいろするものである。トクロン男爵、鷹揚できっぷのいい金持ち貴族なんだ。
「ご厚意に甘えましょう!」
と、エミナはさっそく顔をピンク色に輝かせている。
「うん。私も賛成。信用できる人みたいよ」
ルルも。あの有名店に入れる人間なら、相当の地位があるのは間違いないだろう。
「よし」
ユリオは、トクロン男爵に、
「じゃあ、よろしくお願いします。あ、申し遅れました。俺はエスト=デュレイ。ピエから来た商人です。エストとお呼び下さい」
「私は、妻のルルーシアです」
「妹のエミナです。よろしくお願いします!」
旅をするに当たって、ユリオはピエの旅商エスト=デュレイ。ルルがその妻。エミナは妹という設定にしてあった。お尋ね者。世を忍ばねばならないのである。
ルルが、かりそめの設定とはいえ「妻です」と名乗るのを聞いて、ユリオは、
「きゅうううっ!」
と、なる。ルルーシアが、琴見咲良が、俺の妻だと名乗っているのだ。
うっキューン!
妻……いい響きだ。何とも言えない気分になる……本当は妻じゃなくて奴隷だけど。妻って名乗るからには、宿の寝台も一緒にしてくれてもいいのに。
毎度の欲望目線でルルを見てしまうユリオ。
◇
「これはこれは、トクロン男爵閣下」
先程とは、打って変わった出迎えであった。
トクロン男爵が顔を見せるや、料亭の支配人がすっ飛んで出てきた。店員たちも、並んでかしこまって出迎える。
トクロン男爵は、自分の後ろのユリオ一行を指して鷹揚に、
「このご三方は、私の友人なんだ。今日は一緒に食事をする。いいかな?」
「もちろんでございます」
相好を崩し揉み手する支配人。ユリオたちの身なりだ身分だについては、何も問わない。
「さ、どうぞ」
奥へ通される4人。
「すごいな。男爵は、本当にここの常連なんだ。この都の大物なんだね」
驚くユリオ。
「うん。でも、気さくでとってもきっぷのいい方ね」
ルルもすっかり感心していた。
一流高級料亭。すべてが豪奢だった。内装も給仕のお仕着せも金ピカ。客層も派手な装いの見るからに上級の連中ばかりだ。奥の広い卓には、金の刺繍を施した真っ白なテーブルクロスが掛けられていた。
「さ、どうぞ、気兼ねなく」
トクロン男爵に促され、席につくユリオたち。フード付マントは脱いだが、普通の旅装である。身軽さを優先して、お洒落な服だは、持ってきていない。さすがに場違い感がありすぎる。歓待されて、すっかり恐縮する3人。
「どうもありがとうございます」
改めて礼を言う。トクロン男爵は腹を揺すって、
「なんの、なんの、旅の方。エストさん。あなたは、もう私の友人ですぞ。いちいち礼なんぞ言わないでください。これも何かのご縁。楽しくやりましょう。あ、ここの自慢料理、最高のものを注文してありますから。いつも私はそうしてるんです。メニューなど要らんのです。支払いについては、気にせんでください。この私が持ちます。ゆっくりのんびり楽しくやってください」
「ええっ! それは」
奢ってくれるとの申し出に、さすがにユリオも、
「あの、俺たちの分は、ちゃんと支払いますよ。店に紹介してもらって、その上奢ってもらっちゃったりしたら、さすがに申し訳ないです」
「なんの、なんの」
鷹揚に大きな手を振るトクロン男爵。
「同じ卓ですから。同じものを食べないと、具合が悪いでしょう。注文したのは私ですから、私が支払います。金のことでしたら、あなたがどのくらいお持ちか分かりませんが、私の方がずっと持っております。もう、それは間違いなくです。ここで使う金は、私からしたら、本当に端金なのです。旅のお方を歓待できて、こんな嬉しい事はございません。本当に、お気兼ねなく」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
ユリオは、なんだかんだルーベイ大公爵として、最大限の歓待饗応を受けるのに、慣れている。きっぷのよい金持ち貴族の気まぐれ、それを断るのはかえって失礼だ。好意を受けることに決める。
どんどんと、料理が運ばれてきた。




