第100話 大森林での狩猟と御馳走 〜御主君は家臣の娘に勝てますか?
大森林の奥へと進む旅。
幾日か過ぎた。
だんだんと森は濃密となってくる。その本来の姿を現してくるのだ。
「スゲー、さすが大森林てだけあるな」
思わず呟くユリオ。
見上げるほどに巨大な古樹が天を突き、重なり合った枝葉が陽光を細い金色の糸に変えて降り注いでいる。ルヴォニアの大森林は、人の踏み入るを拒む峻険さと、息を呑むような神秘的な美しさを併せ持っていた。
ユリオは、腰に帯びた剣と背の荷の重さを確かめながら、数歩先を歩く背中を見つめていた。
「すごい……空気が、まるで宝石の中にいるみたいにキラキラしてる」
感嘆の声を漏らしたのは、ユリオ一行の主役というべき女勇者ルル。彼女の長い黒髪が、木漏れ陽を反射して真珠のような輝きを放つ。宿命に導かれ、白月王の樹とやらを目指すルルは、この幻想的な森の景色に完璧に溶け込んでいた。
「見惚れるのはいいが、足元には気をつけろよ。慣れたと思った時が危ないんだ」
一応、後ろから声をかけるが。
森歩きには慣れてくれたようだ、ユリオもほっとしていた。
大森林の旅。一番の心配は、ルルがへばることだった。何しろ科学文明世界の都会育ちのお嬢様なのだ。足腰の鍛え方が、ユリオやエミナとは違う。柔足。でも、気丈に旅を続け、森を楽しむ余裕もあるようだ。
「ルルさん、安心してください、このエミナがしっかり先導しますから」
先頭で鉈を振り回し、道をつくるエミナ。
巨木の間の狭い径は、エミナ、ルル、ユリオの縦列。ルルを護る隊形である。
振り返るルル。
「エミナとユリオが荷物背負ってくれるおかげで、本当に楽しく旅ができる。ありがとうね」
「気にするなよ」
木漏れ日を浴び女神のようにキラキラするルル。
ユリオは、うご、と。
森林の旅で。星明かりの下、ルルの寝顔を見ることができた。それはとても幻想的な美しさだった。最初からファンタジー世界だけど、幻想的としか言えなかった。大収穫である。エミナの可愛い寝顔も拝めた。
美少女2人の寝顔を見ただけ。
これは、前進なのだろうか?
ユリオのハーレム大魔王ロード。
◇
大森林の旅で、怠らないこと。
それは食料確保。とにかく、保存食には手をつけないと決めているのだ。
森に豊富にいる新鮮な肉を、頂かなければならない。
そのためには、狩りだ。常に獲物を探す。
「いた……!」
ユリオは低く身をかがめ、背負っていた弓を静かに引き絞った。
視線の先、巨木の枝に、丸々と太った山鳥が止まっている。あれは……銀冠鳥だ。その名の通り、銀色の頭。森の珍味として知られる鳥だ。狩猟肉として価値が高い。
「よし、もらった」
ユリオは呼吸を整える。弓の鍛錬だって積んできた。狩猟の経験も散々してきた。揺れる木漏れ日、わずかな風の読み。すべては完璧だ。指先に力を込め、弦を放そうとした――その瞬間。
シュッ――!
ユリオの耳元を、鋭い風切り音がかすめていった。
直後、銀冠鳥は羽ばたく間もなく、その細い首を正確に射抜かれて地面へと落ちる。
「……あ」
呆然と立ち尽くすユリオの前を、エミナがルンルンで走り出す。
「よし、一撃です! 今夜もご馳走です! ルルさん、ご存知ですか、これ銀冠鳥です! 美味しいですよ!」
「わあ、エミナ! さすがね! あんなに遠かったのに。まるで見えていたみたい」
ルルが瞳を輝かせて駆け寄り、獲物を回収したエミナの手を取って喜んでいる。ルルは、銀冠鳥の美しい姿に、心を躍らせている。
エミナは無邪気に笑う。
「まあ、エミナには、これくらい当然なのです!」
「……くうっ」
ユリオは引き絞ったままの弓を、力なく下ろした。
もう何度目だ? ユリオが獲物を見つけるより早く、エミナは風の音や匂いで標的位置を特定し、ユリオが狙いを定める隙も与えずに射抜いてしまう。
「あ、ユリオ様も、もしかして狙ってましたか? でも、森じゃ射る機会があったら必ず射る、が鉄則です。御主君でも、譲れないのです」
元気に胸を張るエミナ。
剣の腕前も一級品のエミナだが、弓の腕に至ってはもはや芸術の域だ。ユリオも、負けを認めざるを得ない。
エミナは森林育ちではなく、ずっと王都と領地にあるルーベイ大公爵邸で住み込みで育ったが、とにかく狩りが好きで、田舎の領地では、しょっちゅう邸の近くで野兎野鼠小鳥を狩って腕を磨いていたのである。
狩猟の感、目ざとさ、機敏さは、ユリオの数段上だった。獲物を感じるや鉈と背の小鍋を放り出し、同時に弓弦が鳴るのである。王国軍の正規弓手でも、こんな早業をできる者は、そういないだろう。
実際、ユリオが獲物に気づいても、全てエミナが仕留めていた。これまでユリオが狩ったのは、野兎一匹だけ。
エミナとの森林狩猟は初めて。まさかここまでの腕前だったとは、ユリオも知らなかった。
武人として自信を、だいぶ打ちのめされたユリオ。
(くそ、ちっぽけな兎だ山鳥だならエミナに先手を取られるが、でかい獲物なら、きっと狩るのは俺だ)
などと、根拠のない強がりをする。
◇
「さあ、できました。今日は銀冠鳥に香草、キノコたっぷりのエミナ特製シチューです!」
1日の旅の終わり、焚き火の爆ぜる音とともに、食欲をそそる芳醇な香りが漂い始めた。
調理を担当するのもエミナ。
エミナの手際は、恐ろしいほどに鮮やかだった。狩った獲物を解体し、血抜きをし、森で摘んだ野草やルヴォンで買い込んだ香料を組み合わせて瞬く間に「料理」へと変えてしまう。
「美味しい……! エミナ、こんなに本格的な味が森の奥で楽しめるなんて」
ルルは、木の器に盛られたシチューを幸せそうに頬張っている。湯気に照らされた彼女の頬は赤らみ、心底この食事を楽しんでいるのが分かった。
(なんか面白くない……正直言って、猛烈に面白くない)
ユリオは、旨いシチューにがっつきながらも、微妙な気持ち。
別に料理番として評価されたいとか、そういうわけでは無いのだが、一応、ユリオだって何でもできるのである。ルルに、いいところを見せたいのである。いいところを見せれば、ルルが感激して、
「ユリオ、あなたみたいな凄い人、もうこの肉体をあげちゃう!」
とかなるわけは無いにしても。
森林の旅でのユリオの役割といえば、焚き火用の枝を集めることと、重い荷物を担ぐ位だ。エミナの万能感だけが目立つ。
「いやー、全部エミナ頼みだな。俺もちょっとは頑張らなきゃ」
一応、余裕を見せるが、ルルが無邪気に追い打ち。
「そんなことないよ。この美味しいシチューの大鍋、ユリオがずっと背負ってきたんだよ」
微妙にギャフンとなる。
【財布担当】の次は【鍋担ぎ】……?
なんとなく大魔王っぽくないような。
それに、ユリオは気にしていたのだ。
ルヴォンのルーリャ邸で。
檻の中で、メイド風情に射殺される寸前だった。
ひょっとして、あれで評価を下げてないか? ルルはどう思っているんだろう? 何とか名誉挽回と行きたいのだが、【鍋担ぎ】とは……
モヤモヤするユリオ。
「……ねえ、エミナ」
ユリオは、自分でも子供じみていると自覚しながら、空になったシチューの器を手に口を開いた。
「ユリオ様、おかわりならまだありますよ?」
「そうじゃなくて。エミナの料理……旨いけど、いつも『炙る』か『煮る』かじゃないか。もっとこう……違うバリエーションとか、できないかな? こういう旅に、飯ってすごく大事なんだぜ。俺たちゃ、生きて帰ってこれるかわからんところに向かってるんだ。ほら、王都のレストランで出るような、もっと凝ったやつとか食べたいなあ」
ルルが「ユリオ、失礼よ」と嗜めるような、半ば呆れた視線を送ってきたが、引くに引けなかった。少しでも、エミナの「完璧さ」に一太刀報いたかったのだ。
家臣の娘に、やっかみからケチをつけるとは、器量の小さい男である。
しかしエミナは、パッと顔をピンク色に輝かせた。御主君には〝善意〟しか見えないのである。
「凝った料理、ですか? ユリオ様は、私の腕前は特製シチューじゃ終わりじゃない、まだまだできるはずだ、とご不満なのですね?」
「不満っていうか……いつも同じだと、ルルも飽きちゃうかなって思って」
「ええ? 私は全然飽きてないよ?」
ルルのフォロー。逆にユリオの胸に刺さる。
エミナは立ち上がった。
「なるほど。何が起きるかわからない旅。ユリオ様は、ここでエミナの最高の料理を試したい、そうおっしゃるのですね!」
おやや。
エミナに、妙なスイッチが入ってしまったか?
嬉々として新たな調理に取り掛かるエミナ。
自分で背負ってきた小鍋に、さっきの銀冠鳥から取り分けておいた肝臓と心臓、野兎の肉、それに森で見つけた自生の木の実にベリー、香草、ルヴォンから持ってきた乾燥果物と乾酪を少々入れ、鉈の柄でトントン叩く。
なんだ?
ユリオとルルが目を見張るよりも素早く、
「はい、エミナ特製森のたたきです!」
器に盛り付け差し出す。
「どうです、ユリオ様、生肉なんて野蛮だって顔してますね? どうか、だまされたと思って食べてみてください!」
ユリオは、うひょ、と。そこにあったのは、細かく叩かれ、ベリーの果汁で宝石のように赤く輝く銀冠鳥の内臓と野兎の肉の料理。木の実や香草の、いい香りがする。
(……生かよ。お腹を壊しても知らないからな)
ユリオもルルも、なんでも刺身で生食する文化圏から来たのだ。肉だ内臓の生食に、すぐ拒否反応を起こすわけではないが。異世界じゃ山の鳥獣を生食する習慣は、あまりない。
そもそも、山の野営でのこの料理、あんまり衛生的とは思えないけど。
ユリオはおっかなびっくりだが、エミナは自信満々。主君として逃げるわけにもいかず、恐る恐るスプーンですくい取り、口に運ぶ。
「――っ!?」
衝撃が、脳を突き抜けた。
まず驚いたのは、その舌触りだ。肝臓と心臓に肉。驚くほど柔らかく、噛む必要がないほど滑らかに溶けていく。生肉内臓特有の臭みなんて微塵もない。それどころか、噛みしめるたびに、野性味溢れる濃厚な旨味が、口いっぱいに広がった。
そこに追い打ちをかけるのが、絡めたベリー。キュッと尖った酸味が内臓をほどよく引き締め、森の香草の爽やかな香りが鼻に抜けていく。そして、木の実の食感が、絶妙なアクセント。
「……なんだこれ。甘くて、酸っぱくて……内臓……なんだよな……濃くて旨い、そして、デザートみたいな軽やかさだ……」
これはやられた。エミナは、割と豪快な料理が得意だったけど。いや、このたたきも、繊細にして豪快だ。衛生のこととかも、頭から吹っ飛ぶ。
「ユリオ、顔がとろけてるわよ? 本当に美味しいのね」
ルルが楽しそうに笑いながら、自分の一皿を頬張っている。
「どうです! この料理、ルーベイ大公爵領の村の農家の人から教わったのです。本当に美味しいのはこれだって言って、教えてくれました。ユリオ様に披露して、喜んでいただけて、エミナは本当に最高に幸せです!」
ピンク色に顔を輝かせるエミナ。
どんな邪心をも、最高のご馳走に変えてしまうのである。
これには、ユリオも脱帽。
正義の大勝利だった。




